ついに白石さんのことを異性として好きになってしまった。ただ、あんな素敵な人が、こんなダメなところばかり見せている私のことを異性として好きになってくれるわけない。後輩だから、こうして可愛がってもらえているだけ。そもそも、白石さんには既に彼女がいるかもしれないし。というか、あんな素敵な人に彼女がいないわけがないし。きっとこれは、全く望みのない恋だ。
それでも、白石さんの優しさ一つ一つが嬉しくて、胸が熱くなる。あの夜、「最寄駅からも寒いと思うし、明日の朝返してくれればええから」と、彼はそのままマフラーを貸してくれた。元々白石さんの首に巻かれていたそれは、私の首に巻かれた瞬間から温かくて。白石さんの体温と、そしてふわっと彼の香りを感じて、一気に体温が急上昇してしまった。彼女さんがいらっしゃるなら、他の女にそんなに優しくしちゃダメですよ、白石さん。心の中で、そんな小言を言ってみる。だって、こんなことされたら、きっと私じゃなくても、軽率にときめいてしまうだろう。
*
「合コン?」
「そ。急で悪いんだけど、今晩お願い! 元々五対五だったんだけど、一人女の子が来れなくなっちゃって」
数少ない本社勤務の同期にそんな頼まれごとをされたのは、三月のある日の昼休みのこと。ラウンジでいつものように冷凍食品を詰め込んだお弁当を食べている私に、その子は話しかけてきた。
「それとも麻衣、今、彼氏いる?」
「いや、いないけど……」
「ならいいじゃない、新しい出会い! 仕事も良いけど恋愛も楽しまないと。ま、仕事で毎日あんなイケメン白石さんといっしょだから、仕事も楽しいんだろうけど」
「あはは……」
「というわけで、後でお店の場所送っとくね。七時開始だから、よろしく」
「えっ、決定事項!?」
「ま、どうしても仕事あるとかなら無理しなくていいけどね。本当に急に誘っちゃったし」
じゃあね、とその子は嵐のように去っていった。ただ、このまま望みのない片想いを続けるよりは、確かに合コンに参加するのも良いのかもしれない。白石さん以外の男性に目を向けることができれば、白石さんへの感情も、元の先輩として尊敬する気持ちまで、戻すことができるのかな。
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時計を見ると、午後六時。そろそろ仕事を終えて、合コン会場へ向かわなければ。そう思って急いそとデスクを片付けていると、隣の席の白石さんから声をかけられた。
「支倉さん、今日、もう帰る?」
「あ、はい、そのつもりでしたけど……何かありました?」
「いや、予定あるんやったら大丈夫や。ほな、また明日」
「え、それ絶対何かあるやつじゃないですか。教えてください」
そう問うと、白石さんは、申し訳なさそうに言う。
「今月頭から、大規模のキャンペーンしてるやろ。その中間報告を急遽明日十時からの役員会議で報告せなあかんくなってもうてな。その資料づくり手伝ってくれたら、って思ってんけど。せやけど定時過ぎてるし、こんな時間に聞いた俺があかんかったわ。気にせんといて」
白石さんはそう言うと、モニターに向き直って、GAの分析に戻った。白石さんに頼ることはあっても、こうして頼られるのは初めてで。戦力として頼られることが嬉しくて、断りたくなかった。それに、今から白石さん一人で資料作りとなると、彼は日付が変わるまでにこのオフィスを出ることができないだろう。
「ぜひ手伝わせてください。お願いします」
「せやけど、予定あったんやろ?」
「大丈夫です。気にしないでください。何からやれば良いですか?」
もう一度席につき、PCの電源を入れ直しながらそう問うと、白石さんは「恩に着るで」と本当に嬉しそうな顔をしてくれたので、胸の奥がきゅんと疼く。本当は合コンで新しい恋を探すはずだったのに、結局私は白石さんのことを、現在進行形でどんどん好きになってしまっている。同期には、『ごめん、残業になったからやっぱり合コン行けない』と、こっそりメッセージを送った。
*
気づけばオフィスには、私達以外の人間はいなくなっている。もう少しで午後十時。十時を過ぎると深夜残業になってしまい、これ以上残るには上司の許可が必要なので、この十時がきっとタイムリミット。データ分析とグラフ化を白石さんが、それを利用した報告資料づくりを私が、という連携プレーで、何とか明日の役員報告は乗り切れそうな状態となり、二人で胸を撫で下ろす。
「何とか間に合うた。ホンマに支倉さんのおかげやで。おおきにな」
「いえ、お役に立てたなら嬉しいです。いつも白石さんにはお世話になってばかりなので」
「資料も、めっちゃわかりやすい。まとめるの上手なったな」
そう白石さんが褒めてくれるので、自信になる。この調子で、もっと仕事頑張ろう。そう心に誓っていると、不意に白石さんが、とんでもないことを宣った。
「――ホンマは今晩、合コンやったんやろ?」
何で知ってるんですか!? 急にサアッと血の気が引いて、指先が冷えていく。何も言えなくなってしまった私に、白石さんは続ける。
「今日、俺も昼メシ、ラウンジで食うててん。キミの同期、なかなか声が通る子やんな」
「……ぜ、全部、聞いていらっしゃったんですか」
「盗み聞きするつもりやなかってんけど、俺の名前も出とったさかい、耳が拾ってもうてん。堪忍な」
「いえ、大丈夫です。合コンより、仕事の方が大事なので……」
「まあ、年頃の女の子やし、恋愛も大事やと思うけど――今日は仕事選んでくれて、ホンマ助かった。改めておおきに」
白石さんはそう言うけれど、そういう白石さんこそ、毎日こんな仕事漬けで良いのだろうか。白石さんだって二十代男性で、プライベートだって大切なはずなのに。どうせ叶うはずのない恋なのだから、潔く諦めたくて、白石さんに問うてみる。
「白石さんこそお仕事ばかりで大丈夫なんですか? 彼女さんは寂しくないのかなって」
そう問うと、白石さんは一瞬目を見開いた。え、そんな驚くような質問だったかな。
「……支倉さん、キミ、俺に彼女おると思っとったん?」
困ったような呆れたような表情でそう言う白石さん。今度は私が驚く番だった。
「えっ、白石さん、フリーだったんですか?」
「そない驚くことか?」
「だって、白石さんのこと好きな人、うちの社内だけでもいっぱいいらっしゃいますし……」
「有難い話やけど、自分が好きや思う子から好かれへんかったら意味ないやろ」
まさか白石さんからそんな回答をされるとは思わなかった。さっきまで仕事の話をしていたはずなのに、いつの間にか恋愛の話になってしまっている。この感じ、白石さん、片想いしている人がいるのかな。――そう思ったら、胸の奥がキリキリと痛む。きっと、私なんか比にならないくらい、素敵な女性なのだろう。
「白石さんに想われる女性って、どんな方なのか気になります」
「……ホンマに気になる?」
火中の栗を拾いにいく覚悟で、こくりと首を縦に振ると、白石さんはデスクの上を片付けながら、そうやなあ、なんて語り出す。
「毎日一生懸命仕事しとる子かな。せやけど、その子、俺に他に彼女おるって思ってたみたいや」
「へ……」
「さ、帰ろか。そろそろ十時やで」
え、ちょっと、待って。白石さん、今、何て……!?
いやいやいや、毎日一生懸命仕事をしている社会人なんてたくさんいるし、白石さんに彼女がいると思っている女性なんてそれこそ山ほどいる。だから、勘違いしてはいけない。いけないのだ。そう自分に言い聞かせる。情緒がおかしくなりそうなので、深く考えることをやめて、私もデスクを片付けることにした。
2023.10.31