社会人も三年目。九月の半ばに支社長から呼び出されたかと思ったら、まさかの展開だった。
「支倉さんは、来月から本社勤務だ」
「えっ!? 異動ですか?」
「そうだ。元々、本社の広告宣伝部を希望していただろう。その希望が叶った形だ。良かったね」
目の前の支社長は、微笑んでいる。新入社員研修を終えて配属された、地方都市の支社。そこでずっと取引先相手に営業をしていた。支社長をはじめ上司や先輩に恵まれて、仕事も楽しかった。ただ、私が元々入社したときに臨んでいたのは、販促企画やプロモーション業務。希望を出してはいたけれど、まさか叶うなんて。
「……嬉しいです。支社長のおかげです」
「私は何もしていないよ。ただ、支倉さんが支社からいなくなると寂しくなるな」
「私も、支社のみなさんには、何にもわからない状態から育てていただいて、すごく良くしていただいたので、今すでに寂しくて泣きそうです……」
「ハハ。寂しがる時間もあまりないぞ。引継資料の作成に、君の場合転居も伴うから、引っ越し準備もだな」
「そうでした……! 引っ越さないと!」
「色々大変だと思うけど、最後まで、よろしく頼むよ」
「はい!」
*
そんなわけで初めての異動が決まりバタバタと毎日を過ごしている中で、いよいよ正式に会社のイントラネットで人事通達も出たので、同期とのグループチャットが盛り上がる。今回の通達での主役は私のはずなのに、主役不在でも会話は勝手に盛り上がり、通知がピロンピロンと鳴りやまない。
『麻衣、本社の異動良かったね!』
『しかも広告宣伝部だろ!? 花形! すごいじゃん』
『本社の広告宣伝部といえば、超イケメンな先輩いるとこだよね』
『超イケメンな先輩って誰?』
『女ってやっぱりイケメンが好きだよな~』
『えっ、知らないの? 白石さんって、有名だよ。今六年目の人』
『本社勤務じゃないからわかんないな~』
『私今本社だけど、白石さんが私達の部署のフロアに来るたびに、女性社員がキャーキャー言ってる』
『あ、俺も今本社の営業部だけど、帰社したときに、たまにそのシチュエーションだわ』
久しぶりにスマホの画面を見ると、こんな会話が繰り広げられていた。白石さんって誰。私も、ずっと支社勤務だったので、初めて聞いた名前だ。ただ、これから同じ部署の先輩になる人だし、失礼のないようにしなくちゃ。
『ごめん今スマホ見た~。みんな盛り上がってるね。私も白石さんって初めて聞いた』
『これから白石さんの顔毎日見ながら仕事できる麻衣がうらやましすぎる~!』
『いやいや、広告宣伝部も色んなチームに分かれてるし、違うチームなら全然関わらないかもよ』
そんなメッセージのやりとりをしながら、引っ越し業者の見積もりを比較する。会社からお金が出るとはいえ、なるべくリーズナブルに引っ越しをしなくちゃ。
*
そして、十月一日、私は本社に出社した。初日なのでちょっと固めにジャケットを着て、始業時間よりも少し早くに、広告宣伝部のあるフロアへ。すると、部長と、私が配属されるチームの皆さんが待っていてくれていた。
「ようこそ、広告宣伝部へ」
「ありがとうございます、支倉麻衣です、これからお世話になります……!」
そして簡単に自己紹介をすると、部長が、ご自身とチームの皆さんを紹介してくれる。
「まず私が部長の長谷川で、隣が水野次長。君の直属の上司に当たる人だ。その隣が北本主任。最後に、君にとっては一番年が近い先輩になる、六年目の白石君」
ん? 白石君――って、もしかして、あの、同期とのグループチャットで話題になっていた白石さん!? 今まで緊張のあまり皆さんをまじまじと見ていなかったのと、白石さんの背が高いのもあって、そのご尊顔を拝見してはいなかったのだが、おそるおそる顔を上げると、――ああ、なるほど、納得です、これは百人いたら百人がイケメン判定する完璧な造形美でした、アーメン。あまりに黄金比すぎて、色々通り越して、キャーとはならずに逆に彫刻でも眺めているような感情になる。
「君の前任はいなくて、単純に業務拡大による増員だ。もっと言うと、最近白石君の業務負荷が高くなってしまってね。なので、支倉さんには白石君が持っている業務の一部を引き継いでもらう形になる。白石君から色々教わってくれ。白石君も、彼女のこと、よろしく頼むよ」
部長がそう言うと、白石さんは「はい」と凜とした声で答えた。声までイケボなのか。ただ、ここは職場で、合コンのような異性との出会いを求めるではないのだ、そんなことに一々動揺している場合ではない、私はこの白石さんから仕事を学んで、一日でも早く戦力にならなくては。
そして会社は始業時間を迎え、部長は「それでは、後ほど朝礼で」と席を外し、私たちチームのメンバーが残る。次長が「早速今日は歓迎ランチだ! うちのチームでよく使う店を予約してるから、楽しみにしてて」とおっしゃってくださり、今回も良い上司に恵まれたなぁ、と思う。そして主任は女性で「子供のことで早退遅刻も多いかもしれないけど、よろしくね」と微笑んでくれた。同性の人がチームにいてくださるのはありがたい。そして、何と言っても白石さん。これから一番お世話になる人だ、改めて挨拶しなくては。
「白石さん、これからよろしくお願いします……!」
そう頭を下げると、白石さんは言う。
「こちらこそよろしゅう。支倉さん、直近まで支社勤務やったって聞いたで。今回の異動で東京に引っ越してきたんやってな。仕事以外のこと、例えば会議室の場所でも、うまいランチの店でも、何でも聞いてや」
まぁ、ランチは主観入るさかい、自信ないけどな。なんて肩をすくめる彼は、彫刻のような外観から想像していなかった、驚きの関西弁と親しみやすさだった。フッと緊張の糸が切れ、思わず笑ってしまう。
「お、やっと笑った。さっきまでめっちゃ顔こわばっとったからなぁ。他の人の前ではともかく、俺の前ではそない緊張せんでええよ。チームの中では唯一同じ二十代やし、これからいっしょに頑張ろな」
白石さんは、微笑みながら、そう優しく声をかけてくれた。すごい、この人は、一瞬で、私が緊張でガチガチなのを全部見通して、それを解してくれたんだ。まだ出会って五分くらいだが、すでに尊敬の念が湧いた。
2023.8.6