未分類 – ページ 2 – Bonita Princesa

香港でのあの三日間から、半年が過ぎた。あれから私たちは東京と大阪という遠距離恋愛を続けている。とはいっても、月に1、2回は頑張って会う機会を作っているし、会うときは週末や三連休をずっと一緒にすごすことがほとんどだ。だから、慣らせば、普通のカップルと同じくらい、会えているのかもしれない。 そして、今月は蔵が東京に来てくれることになった。ちょうど、彼の学生時代の友人の結婚式が東京であるためだ。 「すまんなぁ、。今日一日は結婚式出席やけど、明日は日曜やし、ゆっくりデートしよな」「大丈夫。おかげでスーツの蔵見れたから」「はは、何やねんそれ」 彼は、土曜の朝の新幹線に乗って、在来線に乗り換えて、十時ごろにやってきた。一旦私の家で着替えて準備をして、午後から始まる挙式披露宴に出席するとのこと。 彼に会う時は基本的にお互い休日だし、そもそも彼は新薬開発？ 詳しいことはよく知らないが、研究職なので、通常仕事でスーツを着ることは少ない。だから、こうしてパリッとスーツに身を包む恋人を見るのが初めてなのだ。 ――自分の彼氏ながら、ちょっとかっこよすぎないかな！？ 初対面の時にはその容姿にだいぶインパクトを受けたものだけど、慣れとは恐ろしくて、なんと彼の容姿に私は慣れつつあった。ただ、やっぱりこう改めて見ると……いや、かっこいいな……。 別に蔵の外見に惹かれたわけではない。彼と一緒に過ごす中で、その在り方に惹かれた。ただ、やっぱりその容姿も彼の魅力の一つだ。 「二次会も行くの？」「いや、行かへん。っちゅうか、公式のは無いらしいねん。せやから遅くとも夜八時くらいには帰ってくるわ」「ん、わかった」 蔵には合鍵を渡してしまっているので（ちなみに私も彼の部屋の合鍵を持っている）、もはや何時に帰ってこようと問題はないのだけど、普段気軽に会えない分、会える時間は一分一秒でも一緒にいたい。私もせめて七時くらいには家にいるようにしよう。 ＊ ピンポン、とインターホンが鳴る。彼が帰ってきたらしい。下のオートロックは自分で開けてきたのに、家のドアはインターホン押すんだな。不思議な人だ。ドアを開けて、彼を出迎える。 「おかえり」「……ん、ただいま」「あれ？ 何か元気ない？」 そう問うと、蔵は一瞬黙ると、「やっぱりに隠し事はでけへんな」と少し困ったように笑う。 「せやけど、の『おかえり』で癒されるわ」「……もしかしてそれ聞きたくてわざと？」「ん、何の話？」「いや、オートロックは自分で開けてきたのに、何で家はピンポン押すのかなって」「はは。ばれてもうた？ が玄関で出迎えてくれるんが好きやねん」 ……！ こういうことよくさらっと言えるなぁ。一気に胸がきゅんとしてしまう。ただ、彼が元気のなさそうな理由は未だ不明だ。 「……ありがとう。でも、蔵が元気なくなっちゃった理由まだ聞いてないよ、私に話せること？」「話せることやけど……一旦家ん中入って落ち着いてでもええか」「あ、ごめん、確かに……！」 蔵を玄関に立たせっぱなしだった。引き出物の入った大きな袋を預かって、１Ｋの部屋の奥へと持っていく。蔵はその間に靴を脱いで、勝手知ったる我が家の洗面所で、手洗いうがいなどをしていた。 ＊ ジャケットを脱いで、少しネクタイを緩めた蔵は、今、私の隣に座っている。やっと二人の時間だ。手を伸ばしたらすぐ触れられる距離に彼がいることに、自然と顔が綻ぶ。ただ、蔵は神妙な面持ちだ。 「……なぁ、さっきの話やけど」 いつもより強張ったような声色に、こちらも緊張する。まさか別れ話とかじゃないよね……！？ 「は、今、仕事楽しい？ どないや？」「えっ、突然だね！？ うん、楽しいよ。大変なこといっぱいあるけど、先輩も相変わらず優しいし。先輩みたいな女性管理職だったら目指してみたいなぁって思う」「……せやんなぁ」 蔵はその返答を聞くと、はあ、と悩ましげなため息をつく。えっ、どういうこと！？ 「まさか別れ話じゃ……」「アホ。そないなわけないやろ。っちゅうか、むしろ逆で悩んどんねん」「！？ ますますわけわかんないよ」「、香港に旅行来た時に言うてたやろ。元彼との一件があって、それまで彼と結婚すること前提に人生考えとったけど、これからは自分自身がやりたいことすんねんって」「うん、確かにそんなこと言ったね……」「は、今の仕事、めっちゃ楽しそうやし。今の仕事続けるんやったら、東京から異動せえへんのやろ」「うん、異動ない会社選んじゃったから……」「俺は俺で、関西から勤務地動かへんしなぁ……」 あれ。もしかして。彼の悩みの原因がなんとなくわかってきた気がする。 「今日な、友達の結婚式行ってきてんけど。二人ともめっちゃ幸せそうやってん」「うん」「……思わず、のこと考えてもうた。ウエディングドレス似合うんやろな、めっちゃ可愛いんやろな。とこの先の人生いっしょにおれるんやったら俺ほんまに幸せやろな、って。俺、と付き合うまで結婚願望とか一切なかってんけど、と付き合うてからは、とやったら――って思うようになった」 ……えええ、待って、これナチュラルにプロポーズみたいになってるよね！？ 一気に血が巡っていく。身体中が熱い。 「せやけど、例えば俺のせいで、がキャリア諦めたりとかそういうんは絶対嫌や。この先の人生、がらしく生きてる姿を、俺は一番そばで見たい。一方で、俺も俺のやりたいこと諦めたない。俺よりもが、それしたら嫌がるって知っとるからや」「……うん、私のせいで蔵が自分のやりたいこと諦めるとか絶対嫌」「そうなると、俺ら、基本東京と大阪で離れっぱなしになるやんな。別居婚もええと思うで。世の中そういうカップルもぎょうさんおるし。せやけど――今日の友達の結婚式見とったら、やっぱり俺もと毎日一緒におりたい」 とおると、俺どんどん我儘になるなぁ。どないしたらええんやろな。彼はそう呟いて、本当に悩んでいるようだった。ただ、私にとって、蔵の我儘はいつだって我儘なんかじゃなくて、愛情表現なのだ。なんだか急に彼が可愛く思えてきて、ふふ、と笑いが漏れる。 「……我儘な蔵ノ介くんに朗報です。私も蔵と毎日一緒にいたいって思ってるよ。でも蔵の勤務地が、職種も職種だし、関西から基本動かないのも知ってる。私も今のままじゃ東京から動かないのもわかってる。ただね、今の仕事は面白いけど、別に今の会社じゃなきゃダメだとも思ってないよ？」 そう言うと蔵は、驚いたように私の顔を見る。 「もちろん自分自身のやりたいことは諦めたくないけど、例えば先輩みたいな女性管理職になることは、他の会社でもできると思うんだ。だから、これからのことは、二人で一緒に考えようよ。ね？」「……俺の彼女は何でこう、俺より男前なんかな」「えっ、全然嬉しくないけど」「はは。すまん。せやけど、の言葉は、いつも俺を救ってくれる。感謝しかあらへん」 先程までの悩ましい表情から一変し、蔵はいつもの穏やかな表情に戻っていた。良かった。 そのまま、無言で見つめ合っていると、お互いの間の空気が変わるのを感じる。蔵はふと私の首元に視線を落とすと、言う。 「……今日も、つけてくれてんねんな」「うん、宝物だもん」 香港のＰＭＱで、蔵が買ってくれたネックレス。以来、私の宝物だ。 「おおきに。ほな、明日は宝物もう一つ増やしに行こか？」「へ？」「俺はお互いのキャリアんこと考えると、これから言うセリフ、言えへんかった。せやけど、さっきのの言葉で背中押してもろたわ」 蔵はそう言うと、とても真剣な顔でこちらを見つめる。次から紡がれる言葉が予測できて、息をするのを忘れる。 「。キミと半年一緒におって――俺は、キミと、これからの人生を一緒に過ごしたい思うようになった。ずっと俺のそばにおってほしいし、俺もずっとキミのそばにおりたい」「……蔵」「――俺と、結婚してくれませんか？」 その言葉を聴いた瞬間、私の身体は勝手に動いて、勢いよく蔵に抱きついてしまった。そんな私に、蔵はそっと腕を回す。 「……はい。お願いします」 彼の腕の中でそう答えたので、だいぶくぐもってしまったけれど、彼はそんな私の答えを聞いて、ほっと息を吐いた。 「が言うた通り、これからのことは二人で考えような。指輪、仕事、住むとこ、挨拶いく日。他にもいっぱい考えることあるなあ」「そうだね……ゼクシィ買わなきゃかな」「はは。せやけど、そういう検討事項、全部、明日からでええ？」「ん？」「……今夜は、のことだけ考えてたい」 そう言う蔵は、一旦腕を緩めて、今度は左手で、私の頬をなぞる。一気に胸の奥がきゅうっと締め付けられて、また私は呼吸をするのを忘れてしまう。 次の瞬間、その整った顔が近づいてきて、少しだけかさついた唇が、私の唇に重なった。かと思えば、そのまま彼は味わうように、角度を変えて何度も何度も口づける。どんどんと激しくなる口づけに、私の微かに残る理性が反応する。あれ、もしかしてこの雰囲気、キスだけじゃ終わらない……？ 「……蔵、ちょ、えっもしかして」 一旦唇が離れたので、呼吸を整えながらそんな風に訊ねてみると。 「……あかん？」 そう、彼は珍しく上目遣いなんかして、可愛くおねだりをしてくる。もう、ほんとにいつからそんなに我儘になっちゃったのかな？ ただ、出会ったときのことを思うと、蔵からこんな我儘が聞けることが嬉しくて。私はそのまま、彼に身をゆだねることにした。 Fin.2023.2.18

保護中: Be Selfish.