基本的に困っている人を見ると放っておけない性格だ。道行くじいちゃんの荷物が重そうだったら、気づいたら代わりに持ってしまっているし。道行くばあちゃんが信号で立ち止まっていたら、気づいたらおんぶしているし。捨てられた犬猫を放っておけずに拾っては、オカンに怒られ、何度里親探しをしたことか。だから、今回もその延長線上のはずだったのに。
「……もしかして、道迷っとる?」
道に迷ってそうな女の子がいたので、つい放っておけず声をかけた。すると、その子はこちらを振り返ったのだが――まず、第一印象は、シンプルに「可愛い」だった。ただその子は警戒してそうな視線をこちらへ投げかけたので、慌てて言い訳する。
「あっ、ナンパとかそんなんちゃうから、ビビらんといて! その、自分、さっきからきょろきょろしとるから、もしかして道わからへんのとちゃうかな思って話かけてみてん」
「そうでしたか! すみません、ありがとうございます」
そう頭を下げて謝るところに、誠実さを感じた。そして彼女とは同い年であることがわかり、自然と会話が弾んだ。わざわざ大阪に引っ越してった親友に新幹線乗ってまで会いに来るやなんて、友達想いのええ子なんやな。そして彼女は、とても言葉や所作が綺麗で、どことなく育ちの良さを感じる。四天宝寺の女子が育ちが悪いとは言わないが、周りの女子たちから「いい人どまり」だのなんだのとイジられてばかりの俺としては、そんな彼女との時間が新鮮だった。同い年の女の子にも、こういう子がおるんやな。そのまま目的地であるグランフロントに着いて、彼女とはそこで別れたのだが。
「謙也の割に時間ギリギリやったな」
「おん、すまん、グランフロントの方まで行っとって……」
「何でそんなまた」
「道案内しててん」
「ハハ、謙也らしいな。ほな、行こか」
白石との待ち合わせ場所であるヨドバシ前に辿り着いた。今日は午後から京都・舞子坂中の偵察――というのは半分建前で、偵察した後は白石と京都で遊んで帰ることにしていたのだが、どことなくうわの空の俺に、白石は訝しげに尋ねる。
「謙也、何かあったん? 覇気が足りんのとちゃう?」
「いや、さっきな、道案内しとったんやけど……」
歩きながら、起こった一部始終を白石に話すと、白石は眉を下げて「あー」と言いたげな顔をしている。
「何やねん、その顔」
「……いや、お前、それ、その子んこと普通に気になってるんちゃうの」
「え!?」
「せやけど、連絡先もわからんし、名前もわからんし、そもそも東京の子やし。もう手遅れやな」
「えええ!?」
「ご愁傷様や、謙也。ま、一瞬の恋は早よ忘れて、テニスに集中や」
「鬼……」
*
「……侑士、俺、ほんまにアホや」
『どないしたんや謙也。お前がアホなのは今に始まったことやないやろ』
「なっ、お前! シバくぞ」
『で。何があったんや、突然電話してきよって、第一声がそれかい』
京都から帰ってきたあと、侑士に電話をかけた。呆れ声の侑士がそう俺に問う。白石からはバッサリ忘れろと言われてしまった今、頼れるのは侑士だけだ。
「俺、一目惚れしてもうた」
『は!? 一目惚れ!?』
「せやけど……名前も連絡先も聞き忘れてん……ほんまアホやろ、もう一生どこの誰かわからへん」
『まあ……普通に考えたらそうやな。ご愁傷様』
「お前は~~~! 白石と同じこと言いよって! それでもイトコか!」
『ハイハイ。とりあえず話なら聞いたるから話してみ』
そう言う侑士に、一部始終を話す。
『なるほどな。今年中三になる東京都民の女子なんてゴマンとおるやろ。そこから探し出すんは工藤○一でも難儀やな』
「そこは服○平次やろが! お前東京に心売ったんか」
『売ってへんわ』
「まあええわ……ハァ、さよなら俺の初恋」
『キモッ……そもそもお前、初恋、通天閣組の未来ちゃんやろ』
「うっさい!」
『ま、その子が氷帝の女子とかやったら、まだ俺も探してやろうっちゅう気も起こるんやけど』
「そんな奇跡あるかい」
『ないわな』
……何で俺の周りって、白石といい、侑士といい、こないドライな奴しかおらんのや。
*
新学期、三年H組という新しいクラスにはまだ慣れていないが、数少ない去年から同じクラスのメンバーに話しかけられると、内心ほっとする。
「忍足くん」
「ん、何や? 支倉さん」
支倉さんもそのうちの一人だ。ただ、去年、同じクラスだったとはいえ、彼女との接点はそう多くない。だから、話しかけられることは新鮮だった。俺に何の用やろ。
「今年も同じクラスだね、よろしくね」
「おん。よろしゅう」
「でね……恥を忍んで……忍足くんに実は聞きたいことがあるんだけど……」
少し赤い顔をした彼女。今更俺のこと好きとか、そういうんちゃうとは思うけど――内心少し構えていたが、彼女の次の言葉に俺は拍子抜けした。
「大阪の中学校で、学ランの制服で、テニス部あるとこって、知ってる!?」
「は……? いや、そんなん、ぎょうさんあると思うで」
「だよねえ……」
彼女はそのまま肩を落とす。いや、質問の意図が全然わからへんのやけど。こんな天然な子やったか?
「そもそも何でそんなこと知りたいん?」
「……実は、ちょっと人探しをしてて」
「人探し?」
「うん。春休みに理沙に会いに大阪に行ったんだけど、大阪駅で迷子になっちゃって。でもね、同い年の男の子が助けてくれて……」
ん? あれ、これってどっかで聞いた話ちゃうか。
「ただ、名前も連絡先も聞くの忘れちゃって……。その男の子が、テニスバッグ背負ってて学ラン着てたから、もしかすると、大阪出身で、今氷帝でテニス部に入っている忍足くんが何か知っているかも、と思って、聞いてみたの。ちょっとストーカーみたいで気持ち悪いよね、ごめんね……」
目の前の彼女はそう言って俺の前から去ろうとしたけれど、思わず俺は呼び止めてしまった。
「ちょお待って。もしかして自分が会うたのってこんな感じの奴ちゃう?」
慌ててスマホで制服姿の謙也の写真を探す。そういえばこの前アイツから四天宝寺のみんなに誕生日祝ってもろた言うて写真送られてきとったな。見つけ出したそれを表示して、スマホのディスプレイを彼女に向ける。
「!? えっ、忍足くん、何で――」
「やっぱり謙也のことやったんやな」
「ケンヤ……?」
「そうや。コイツの名前。忍足謙也」
「オシタリ……ケンヤ? え?」
「謙也は、俺のイトコや。アイツからこの前、同い年の女の子が大阪駅で迷子になっとったから案内したっちゅう話は聞いとったんやけど、まさかそれが支倉さんとはなぁ」
そう彼女へ視線を向けると、彼女は真っ赤な顔をしていた。無理もないだろう。彼女にとっては、俺が、気になっている相手のイトコ、すなわち血縁者なのだから。
「……そ、の。謙也くんには迷惑かもしれないけど、あの時のお礼もちゃんと伝えたくて……。忍足くん、もしよかったら謙也くんにそう伝えてもらってもいいかな?」
「何や、謙也に一目惚れでもしてしもたん?」
「あっ、いや、その、そんな――」
そう言いながら慌てる彼女。もうそれ、思いっきり肯定やないかい。元々彼女は、氷帝の中でも人気のある女子ではあるが、その新鮮な反応を見て、俺自身も初めて彼女に対して「可愛い」という感想を抱いた。謙也と何があったんか知らんけど、謙也もこういう純粋そうなところに惚れてもうたんやろか。
「一応聞くけど。もし謙也に彼女おったらどないするん」
「いや、その時は、もう、大丈夫……変に彼女さんに誤解されるようなことしたくないし……」
「そうか。まあ、アイツに彼女なんかおらんから安心しぃや」
「っ! 忍足くん……!」
「試して堪忍。せやけど支倉さんが誠実な子やってわかってよかった。謙也に自信もって紹介できるで。連絡先共有して良いんやろ? アイツから連絡するよう言うとくわ。あと、謙也にも自分の写真送りたいから、一枚撮らせてな」
そう言ってカメラを向けると、彼女は真っ赤な顔をしながらも、少し緊張した笑顔を作った。謙也これ見たらどんな反応するやろ。しばらくアイツと会うときは、全部アイツのおごりやな。
to be continued…
2023.4.3