とある日曜日の午後、郊外のショッピングモールにお母さんと二人で買い物へ。そんなとき、ふと私達の十メートルほど前を歩いている家族連れが気になった。構成としては、四十代後半から五十代前半くらいの女性と、三歳くらいの男の子。そしてなぜか、見間違いでなければ――同じクラスで、こっそり片想い中の財前くん。財前くんは男の子と手を繋いで歩いたり、たまに抱っこしてあげたりと、とても面倒見が良くて、男の子の方も随分財前くんに懐いている様子だった。思わず視線がそちらに取られてしまっている私に、隣を歩くお母さんも気づいたらしい。
「前を歩くご家族、あんたの知り合い?」
「……多分、あの男の子、同じクラスの財前くん」
「財前くん? あ、そういえばお母さんこの前あんたのクラスの保護者会のとき、隣、財前さんやった。ホンマや、あの人、財前さんやわ」
「え、お母さん、財前くんのお母さんと知り合いやったん」
「うん。この前は楽しくお話させてもろたよ。せっかくやし挨拶しよか」
「えっ!?」
私自身は別に声をかけるまでは考えていなかったけれど、お母さん、いや、大阪のおばちゃんの行動力は半端ない。次の瞬間、お母さんは財前くんのお母さんに「財前さん、まさかこんなとこで会うなんて~!」と無駄に大きな声で話しかけている。そして財前くんのお母さんは「あら! ほんまに奇遇やなあ~」なんて楽しそうに答えている。財前くんのお母さん、初めて見たけど、やっぱり美人やな……!
そして、そんな様子に怪訝そうな表情でくるりと振り返った人物こそ、やはり財前くん本人だった。休みの日に思いがけず好きな人に会えた嬉しさはあるけれども、それ以上にお互いにすぐそばに親がいるシチュエーションが気まずい。しかも、よりによって今日は服も適当だ。財前くんに会うんやったらもっとおしゃれしてきたのに、恥ずかしい。
母親同士話が盛り上がっているところ、財前くんと私の間には何とも言えない空気が流れる。
「――ざ、財前くん、何やごめんなあ、うちのお母さん、気づいたら財前くんのお母さんに話しかけてしもてて……」
「別に謝ることないやろ」
「あ、うん……」
はい、会話終了。親の前ということで、財前くんもいつもより言葉少なだ。お互いに気まずさが増す。そんな時だ。
「おねーちゃん、ひーくんのお友だちなん?」
例の三歳くらいの男の子が、くりくりとした可愛いお目目で私の顔を見上げながら、問う。ひーくん……? あ、もしかして財前くんのこと!? と頭の中で考えているうちに、その問いに先に回答したのは財前くんだった。
「そうや。俺のお友だちや」
「財前くん、この子は弟くん?」
「いや、兄貴の子」
「えっ、っちゅーことは甥っ子くん? にしてもめっちゃ可愛い。財前くんにやっぱり似とるなあ」
しゃがんで甥っ子くんの目線に合わせると、甥っ子くんも私の方にトテトテと歩み寄ってくれて、満面の笑みで名前と年齢を教えてくれた。やっぱり三歳なんや、めっちゃ可愛い、天使……!姿かたちは財前くんをそのまま小さくしたようだけれど、性格は財前くんとは違って、とても愛想が良いみたいだ。
そのまま甥っ子くんと会話を楽しんでいると、母親同士の会話が一段落ついたようで、財前くんのお母さんが今度は私に話しかける。
「うちの孫の相手してくれておおきに。見た目は光に似てるやろ?」
「あ、はい……! 財前くんそっくりですね」
「ひーくんひーくん言うて、光のそば、ついて歩いとってねぇ。今日も『ひーくんおらんと嫌や』ごねて、わざわざ光が部活終わってから買い物来たんやわ」
「……オカン、要らんこと言いなや」
「またそない生意気な口きいて。光もこない別嬪さんの前では照れてまうんかな〜」
財前くんはとても不機嫌そうなのに、財前くんのお母さんは、さすが母親、ぜんぜんめげていない。そしてこの状況で、今度はうちのお母さんが財前くんに話しかける。
「財前くん、うちの子と仲良うしたってね。これからもよろしゅうお願いします」
「お母さん、余計なこと言わんと……!」
「余計やないやろ? 何恥ずかしがってんねん。こないイケメン君がクラスにおって、お母さんうらやましいわぁ」
「……ほんまに、もうやめて」
あ、さっきの財前くんの気持ちがわかった気がする。本当に親ってどうしてこうデリカシーのかけらもあらへんのやろ。中学生の頃の繊細な気持ち、忘れてまうんかな。
「ほな財前さん、また」
「うん。今度はゆっくりお茶でも」
やっとこの半分地獄のような時間から解放された。明日学校で財前くんに会うん、ちょお気まずいな。
*
翌日の月曜日。いつも通りに登校し、いつも通り授業を受ける何の変哲もない日――のはずだったけれど。財前くんとはやはり気まずい空気が流れている、ような気がしている、勝手に。いつもなら、もっと普通に話せるのに。そんな時、財前くんのほうから話しかけられる。
「……なあ」
「ざ、財前くん、どないしたん!?」
「声デカイ。昨日のことでちょお話したいんやけど」
「えっ、あ、ハイ」
何やろ……と、内心怯えながら、財前くんの後ろをついていく。すれ違う同じクラスの男子が財前くんに向かって「何や財前、ついに告白か〜?」なんて揶揄うのを、財前くんは「せやな」なんて適当に流していた。いや、この空気感で告白なわけないやろ。私だって、どうせなら告白で呼び出されたかった。
財前くんの背中についていった結果、空き教室にたどり着いた。昼休み、空き教室。本当に告白にバッチリなシチュエーションだ。ただ、私は目の前の財前くんにビビっている。好きな人なのに、ビビるというのも不思議だけど。
「昨日は、」
「ご、ごめんなさい」
「は」
「そ、その! 昨日はうちのお母さんが家族団欒中話しかけてもうてほんまにごめんな! それに財前くんに甥っ子くんがおるんも、甥っ子くんが『ひーくん』呼んどることも、全部言わへんから……!」
財前くんに責められる前に、一旦こちらから頭を下げて、誠心誠意謝った。ふと、頭の上から、呆れたようなため息が落ちてくる。
「……はぁ、ほんまに自分、アホやな」
「えっ、まあ、確かにアホやけど……」
「何勝手に早とちりして自己解決しとんねん。別にオカン同士仲良うするのは自由やし、何も思てへんわ。せやけど……甥っ子んことは他の女子には言いなや。アイツには、俺のせいで悪影響及ぼしたないねん」
財前くんは真剣な顔でそう言う。彼の意図していることはよくわかった。財前くんはとてもカッコいいから、女の子に人気がある。そんな財前くんに甥っ子(しかも財前くんそっくりで超可愛い)がいるなんてバレてしまったら、積極的な女の子たちは、甥っ子くんにもしつこく絡んだりしてしまうかもしれない。財前くん、甥っ子くんのことほんまに大切なんやな。素敵なおじさんや。おじさんという年齢でもないけど。
「もちろん。誰にも言わへん。約束する」
「ん。頼むで」
約束ということで、右手の小指を立てた状態で財前くんの前に出した。すると、その小指に、財前くんのの右手の小指が絡んでくる。えっ、ちょ、ま、えっ……!? まさか財前くんが本当に指切りするなんて想像だにしておらず、頭の中がプチパニックになる。ざ、財前くんの、指、触ってもうた……!
そんな私の状態なんて無視して、絡めた小指を解いた財前くんは、話を続ける。
「……それにしても、何でよりによって偶然遭遇する相手が自分やねん」
ため息混じりに紡がれたそんな言葉に、指切りで上がっていたテンションが、一気に落とされる。えっ、そない私に会いたなかった……!?
「ごめんなさい……」
「また何や絶対勘違いしとるやろ。あーもうほんま、めんどいな」
「勘違い?」
「自分にかっこ悪いとこ見られたなかっただけや。オカンや甥っ子とおるとこ見られるの、普通に恥ずいねん」
「そう? 全然カッコ悪ないよ! 面倒見ええ財前くん、新鮮で逆に見れて良かったし、遭遇したんが他の女の子やなくて私で良かった思て……って」
と、ここまで言いかけて、気がついた。待って、私何を言うてんの!? こんなん告白してるみたいなもんやん!? 恥ずかしさと共に恐怖が襲う。やばい、財前くんの反応が怖い。
「……ごめん、財前くん、今の忘れて」
「無理やな」
「ですよね……いっそ一思いに斬ってもらえると……」
「せやから、さっきからほんまめんどいねん。自分何でそないマイナス思考なん? 俺が自分のこと好きやとか、そういう可能性考えたことあらへんの」
「んんん!?」
びっくりしすぎて、変な声が出た。財前くんが、私のことを、好き!?
「ほんま鈍すぎや。まあ、そんな奴を好きになった俺も俺やな」
「え、財前くん、私のこと好きなん……?」
「そうや言うてるやろ」
「せやかて……私のこと好きになるポイントがわからへんもん。鈍いし、アホやし……」
「ほんまに何でやろな」
財前くんに告白されている。というのに、告白されながらディスられているような気もして、感情が追いつかない。ただ、実感が湧いてくると、身体は熱くなって、だんだんドキドキしてくる。
「……ま、そういういちいち表情くるくるするとことか、素直な反応が、いじってておもろいし、可愛い思ってんねんけど」
「かっ、かかかわ……!?」
あの財前くんから可愛いなんて言われてしまって。財前くんと私、両想いやったん……? まだ状況が飲み込み切れていないけれど、告白されたのだ、返事をしなければ。
「その、私も……!」
「?」
「私も、財前くんのこと、好き、です」
「そうやろな。顔に書いてんのとちゃうかってくらい、わかりやすいねん」
「えっ、もっと驚きとかあらへんの……!?」
「驚きはせえへん。せやけど――まあ、録音してへんかったこと後悔するくらいには、嬉しいもんやな」
そう言って財前くんは珍しく微笑んだので、私の心臓は破裂した。いや、実際破裂したら死んでしまうのだけど。感覚的には破裂したかのような衝撃だった。と、尊すぎてやばい。そんな尊い財前くんが私のこと好きでいてくれたやなんて。
「っちゅーわけで今度はショッピングモールで偶然遭遇やなくて、ちゃんと約束して二人で会いたいんやけど」
「……うん。私も、今度はちゃんと会いたい」
「ほな、次の週末な。土曜は一日部活やから、日曜の午後、空けといてや」
そう言い放つと財前くんは「ほな、教室戻るで」と、いとも簡単に私の手を取り空き教室を出る。空き教室を出た後は、さすがに手は離されたけれど、それでも恋人になったばかりの財前くんと廊下を並んで歩くのだけで、緊張してしまった。
Fin.
2023.3.1