※高校生設定、バレンタインの話かつモアプリクリア記念
「麻衣、すまん。14日、終日で部活になってもうた……」
すごく落ち込んだ顔をしてすごく落ち込んだ声でそんなことを伝えてきた蔵に、おもわず吹き出してしまった。
「あはは、何もそんなこの世の終わりみたいな顔しなくても」
「……せやかて……せっかく久しぶりのデートのはずやったんに……最悪や」
「もう、仕方ないでしょ、部長さん?」
「絶対この埋め合わせは今度するから。なぁ、麻衣、許して?」
いくら人気がないとはいえ天下の公道だというのに、そんな言葉とともに平気で頬にキスを落としてくる蔵を憎めない私は、相当彼のことが好きなのだと思う。
*
「…さっむ~……。いつになったら終わるのかな部活……」
2月14日、日曜日、午後4時半。校門にもたれながら手づくりのチョコが入った紙袋を抱きかかえた。あれだけ自分とデートができなくなったことで落ち込んでいた可愛い彼氏に、ちょっとしたサプライズ。そんなつもりでこうして高校の校門まで来てみたのだけれど、なかなか蔵は現れない。
――確か、4時で部活は終わってるはずなんだけどなー。
その証拠に、先ほどからちらほらと四天宝寺のテニス部のジャージのまま校門を出て行く男の子達の姿も見えた。そんなときだった。
「麻衣!」
「え、蔵?!」
テニスコートから校門までは結構な距離がある。全力疾走してきたのか、制服姿の蔵の息は少しだけ荒かった。
「っはぁ、びっくりするやろ……お願いやから、来てるんやったら言うてくれ」
「や、だって、言っちゃったらサプライズにならないよ」
「せやけど、俺、部活終わるの4時や言うたのに、今4時半まわっとるやろ。寒い中、こんな長い時間待たせてもうて……」
すまんな、と蔵は私が紙袋を抱きかかえていないほうの手を取って、そのまま自分の両手で包みこむ。 あ、蔵の手、温かい。
「……指先、めっちゃ冷えてるやん。女の子は身体冷やしたらあかんで?」
「だって、手袋家に忘れちゃったんだもん……」
「うっかりしすぎや」
「……っ、言い返せない……」
「ははは。ホンマかわええな。麻衣」
こんな綺麗な顔の人にかわいいと言われるのは、いくらその人が彼氏だとしても恐れ多い。けれど、大好きな人にかわいいと言われるのはうれしい。そんな矛盾を抱えてどう反応して良いかわからなくなった私は、こっそり話題をすりかえた。
「…でも、蔵、さっきここまで走ってきてくれたけど、どうして私が校門にいるってわかったの?」
「いや、ホンマはついさっきまで全然気づけへんかってんけどな。部活終わって校門向かっとったら、あれ、校門に女の子立っとる思て。よお見たら麻衣やったから思わず走ってもうたわ」
「え、すごい。よくそんな遠くから見て、ここに立ってるの私だってわかったね?」
「麻衣やからな。他の女の子やったら、あんな遠くにおったら誰が誰か全然わかれへんけど」
「私だから、って、それ理由になってないよ……」
「なってるて。まあ、簡単に言うと、愛の力っちゅーことや」
「あ、愛って…!」
「あー……ちょおクサかったな。やっぱり今のナシ」
蔵は少し照れながらそう言って、私の手を包んでいたその手をそっと離すと、今度はその手を私の頬にもっていく。
「指先もやけど……ほっぺも負けず劣らず冷えとるなぁ」
「そんな冷たいほっぺ触ってたら、蔵の手こそ冷えちゃうよ」
「俺の手ぇはどうでもええねん。それより麻衣、それ渡すためだけにわざわざ来てくれたん?」
蔵の視線は、私が片手で抱きかかえたままの紙袋を見つめていた。中には、昨日の夜がんばって作ったトリュフチョコが入っている。
「……蔵、今日デートできなくなってすごく落ち込んでたから、サプライズしたら喜ぶかなぁって思って……。それに、今年のバレンタインって日曜日でしょ?蔵、金曜日にもチョコたくさんもらってたし、たぶん、明日の月曜日もたくさんチョコもらうと思うの。だから、私は、今日――ちゃんと14日に渡したくて」
でも、もしかしたらこんな部活のある日に校門まで押しかけてしまうなんて、蔵にとっては迷惑だったのかもしれない。しかし、ごめんね、迷惑だった?と尋ねようとした私の声は、蔵の呟きによって遮られた。
「あかんなぁ……」
「あ、やっぱり迷惑……」
「そういう意味やない。むしろ逆や。こんなええ彼女もって、俺、バチ当たりそうやわ」
「え…!もう、何言って…」
「ホンマやって。俺にチョコ渡すためだけにこの寒空の下待っとったんやろ?あーあ、今ここが外やなかったら抱きしめてキスしとるのになぁ……」
「そんなこと言って、この前道端でキスしてきたくせにー……」
「あれはほっぺやろ? ――今はこっちがええねん」
頬に触れる手を滑らせて、蔵はその人差し指で私のくちびるに触れる。彼のそんな動作がやけに滑らかで、肩と心臓がびくっと震えた。
「……そ、そんなに口がさびしいんだったら、チョコあるよ?」
「もちろんチョコも後でぜーんぶもらうで。 絶対姉貴にも妹にも一口もやらん」
「あはは」
「せやけど、今は、チョコより――麻衣がええ」
蔵のばか、そんな真剣な顔でそんなこと言われたらこっちだってキスしたくなっちゃうよ。
だからなのかもしれない。
「……部室、行かへんか?」
そんな彼の言葉に、ゆっくりと私はうなずいた。
Fin.
2010.2.12