第6話 意識

「麻衣、一緒に回ろ!」

 友香里は麻衣の手を引っ張りながら、人でごった返している廊下をくぐり抜ける。二人がたどり着いた教室の前には「テニス部女装喫茶」の看板。そう、今日は四天宝寺中の文化祭、木下藤吉郎祭なのだ。
 親友の友香里の兄・蔵ノ介が部長を務めるテニス部の模擬店。そこに友香里が行きたいというのだから、行かないという選択肢はない。友香里に着いていくと、教室は大勢の女子生徒でごったがえしていた。

「あら、友香里ちゃんやん♡ 蔵リンなら中におるで」
「小春先輩、ありがとうございます」

 さすがテニス部員はみな白石の妹である友香里を認識しているようで、顔パスだ。友香里が「麻衣、着いてきて」と繋いでいる手をさらに強く引っ張る。人混みをかき分けて教室の中に入ると、そこは刺激の強い光景が広がっていた。中学生とはいえ、テニス部員たちはそれなりに筋肉がついていたり身長もあったりと、体つきはすっかり成人男性のそれに近づいている。そんな彼らが、本気の女装をしているのだ。単純に四天宝寺の女子制服を着ている部員もいれば、メイド服、ナース服、警察官など、なかなかにハードなコスプレをしている部員もいる。麻衣にとっては衝撃が大きかったが、物怖じしない性格の友香里は楽しんでいるようだ。
 そんな中、教室の奥の方で一際黄色い歓声が聞こえた。聞き間違いでなければ、「キャー!白石くん可愛い~!」と。そんな声に友香里と麻衣は顔を見合わせ、奥の方の席まで進んで、着席する。すると、その歓声を受けていた主もこちらに気づいたのか、彼は言う。

「あれ、友香里に麻衣ちゃん。来てくれたんや」

 そう言う彼は、彼の地毛に近いミルクティー色のストレートロングのウィッグをつけて、クラシカルなメイド服に身を包んでいる。そんな彼の顔を見るなり、友香里は言った。

「クーちゃん……お姉ちゃんそっくりやん」
「やっぱり? 鏡見た瞬間、俺も思ってん。これ姉ちゃんやんって」
「ま、顔だけやで。お姉ちゃんはそんなゴツないもん。クーちゃん、そない脚見せんといてや」
「しゃーないやん、布代かてタダやないし、ロングスカートにはできひんかってん。ユウジが衣装作ってくれたんやから文句言いなや」

 そんな兄妹の会話を横で聞きながら、麻衣は衝撃を受けていた。
 ――白石先輩、めちゃくちゃキレイ。美人。どうしよう、男の人のはずやのに。
 中性的な顔立ちだから女装もきっと似合ってしまうのだろうとは予測していたけれど、予想以上の結果にドキドキしてしまった。本物の女子であるはずの自分よりずっと美しい白石を見て、麻衣は感嘆するとともに落ち込んだ。
 私、一応女子として生まれてきたはずなんに、白石先輩の女装のほうがずっと可愛いとか、ほんまに何なんやろ。完敗や。

「友香里、俺も可愛いやろ?」
「わ。謙也くん! 謙也くんもゴッツいナースやなあ」
「注文取りに来たで! 何にするん」

 そんな時、友香里と麻衣のテーブルに現れたのは謙也だった。友香里にとって謙也は兄の親友だが、麻衣にとっては初対面の先輩である。その事実に気づいた友香里は、謙也と麻衣にそれぞれお互いを紹介した。

「忍足先輩、支倉麻衣です。よろしくお願いします」
「そない緊張せんでええって。あと謙也でええよ。よろしゅうな、麻衣!」
「謙也、お前は最初っから慣れ慣れしいねん。しかも今ナース服着とるし絵面も強すぎるわ。麻衣ちゃん引いてへんか?」
「それを言うなら白石、お前もやろ。お前かてメイド服着て何を言うてんねん、カッコつかんわ」

 白石と謙也のそんな様子を見ながら、クスクスと笑いが漏れる。今まで頼りがいのある先輩としての姿しか白石のことを見たことがなかったが、白石が親友と絡むとこのような年相応の少年になることが、微笑ましかった。

「白石先輩も、謙也先輩も、めっちゃ美人で可愛えから大丈夫です、引いてません」
「「…………」」
「あれ、変なこと言いました?」
「……いや、変なことは言うてへんけど、女装っちゅーネタを真面目に評価されるんは普通に恥ずかしいわ。ツッコミ待ちしてなんぼなんに。なあ白石」
「はは、せやな……」
「何でもええけど。謙也くん、注文取りにきたんやろ?私、メロンソーダ飲みたいねんけど」
「あ、せやった、すまんすまん。友香里はメロンソーダな。麻衣は?」
「ほな私はオレンジジュースで……」

 一生懸命ナース服姿で伝票に注文を書き込む謙也を見上げる友香里は、今まで見たことのない表情をしていた。そして麻衣は一瞬にして気づいてしまった。友香里は――謙也に恋をしているのだと。そんな時、ふと白石に話しかけられる。

「麻衣ちゃん、店来てくれておおきにな。麻衣ちゃんの性格的に、女装喫茶とか、ほんまはあんま得意やないやろ」
「えっ、いや、そないなことないですよ、新しい扉開いた感はありますけど……」
「はは。新しい扉て。おもろいな」
「それに、さっきも言いましたけど、白石先輩、めっちゃ美人で可愛えし。見れてよかったです」

 そう伝えると白石は無言で苦笑したので、麻衣は一気に心臓が冷えた。あれ、何かあかんこと言うてもうたやろか。

「……やっぱりちょお複雑な気分やな」
「あっ、その、ごめんなさい」
「いや、麻衣ちゃんは何も悪ないねんけど、その――麻衣ちゃんには『可愛い』より『かっこいい』言われたいな思て」
「えっ?!」
「って、女のカッコして何言うてんねんって話やな。変なこと言うて堪忍な」

 と目の前の白石は笑うので、麻衣は一瞬冷えた心臓が、今度は急速に動き始めるのを感じた。
 私には、『可愛い』より『かっこいい』言われたいって、どういう意味なんやろ。
 そうこうしているうちに、白石は遠くから別のグループに指名を受けたようだ。

「ほな、そろそろ行くな。楽しんでってや」

 そう言い残して白石は、友香里と麻衣のいるテーブルを去る。その去っていく後ろ姿、白石の耳が少し赤くなっているのを麻衣は見逃さなかった。さっきの言葉の意味と、彼の赤くなった耳を、交互に思い浮かべる。思い浮かべれば浮かべるほど、麻衣は自分が勘違いに落ちてしまうことを恐れた。まさかあの白石先輩が、こんな妹の親友でしかない私を、そんな風に気にかけることなんて、あるはずがないのに。

2022.8.7