きらきら

 バイト先の先輩、でも実年齢は2つ年下の謙也くんに恋をした。きっかけは、大学生になってファーストフード店でバイトを始めたのだけれど、そのお店の先輩クルーが謙也くんだったことだ。

「はじめまして、忍足謙也いいます」
「支倉麻衣です。店長が、仕事は忍足さんから教えてもらい言うてはったんですけど……」
「俺も店長から話は聞いとります。支倉さん、大学生なんやろ?俺、高2やし、敬語ナシでええですよ」
「えっ、でもバイトでは先輩やし……」
「ほな、お互いに敬語ナシっちゅーのはどや?それと『謙也』でええよ。俺も麻衣ちゃんって呼ぶわ。うちの店、みんなこんな感じやし」

 はじめて会った時、謙也くんが弾けるような笑顔でそう言ってくれたのを、昨日のことのように覚えている。
 私の教育係になった謙也くんは、ハンバーガーの作り方から閉店時の清掃まで、いろんなことを教えてくれた。年下なのに謙也くんはしっかりしていて、もちろんハンバーガーの作り方は完璧、しかも速いし、接客の時のキラキラの笑顔はバックヤードから見ていても眩しいくらいだった。謙也くんの名札のところにはたくさんのバッジがついていて、それだけ色んな技術を習得したクルーということがよくわかる。
 私はというと、せっかく謙也くんから教えてもらっているのに、いまいち仕事の覚えが悪かった。でも、私が失敗するたび、謙也くんは怒ることなく、「最初からうまくできる奴なんておらんし大丈夫や」と根気強く励まして続けてくれて。たまに上手にハンバーガーを作れたり、スムーズに接客できたりすると、「麻衣ちゃん、今のめっちゃ良かったで!」と褒めてくれて。
 ――どうしよう、謙也くん、まだ高校生やのに。
 それに、絶対こんなに優しくてかっこよかったら、彼女もおるやろうし。
 頭ではそう思うのだけれど、心はどうしようもない。明るくて優しい謙也くんに恋をするまで、そんなに時間はかからなかった。

 少しずつバイトにも慣れてくると、謙也くんと同じシフトの日も少しずつ少なくなってきた。でも今日は久しぶりに謙也くんと同じシフトだ。土曜日のオープンからお昼過ぎまで。ユニフォーム姿の謙也くんはやっぱりキラキラ眩しい。

「麻衣ちゃん、久しぶりやな」

 謙也くんは私の姿を見つけるなり、すぐにあの笑顔で声をかけてくれた。そんな些細なことが嬉しくて思わず顔が緩む。

「謙也くん、久しぶり」
「俺とシフトあんま被らんっちゅーのは、もう俺がおらんでも色々できるようになった証拠やな。せやけど、あんまりシフト被らんのも何やさびしいわ」
「ひとり立ちできたんは謙也くんに教えてもろたおかげやで。ほんまにありがとう。せやけど、私も謙也くんとシフト被らへんのはさびしいなぁ」

 開店前の店の奥でそんな会話をする。今日は謙也くんも私もレジの担当なので、開店した後はお客様対応が続き、もうこんなふうにゆっくり会話はできない。今のうちに、久しぶりの謙也くんとの会話を楽しもう。そんなときだった、謙也くんからこんな質問をされたのは。

「……麻衣ちゃん今日バイトの後予定あるん?」
「ううん、特に予定入れてへんよ」
「ほな、バイト終わった後遊びに行かへん?」
「えっ」

 これはバイト終わった後、プライベートで、ってことやんな……?どういうつもりのお誘いなんやろ。単純に暇やから誰かと遊びたいだけなんかな。思わず謙也くんを見上げると、謙也くんはそんな視線に気付いたのか、慌てはじめる。

「……あ、その、嫌やったら無理せんでも……」
「ううん!嫌とかやなくて……ちょおびっくりしただけ。誘ってくれて嬉しい」
「ほんま?それならよかった」
「うん。今からバイト終わりが楽しみや」
「俺もや!行きたいとこ考えといてな!」

 謙也くんはそう言っていつものキラキラの笑顔をまた見せてくれる。真意はわからへんけど――きっと謙也くんが私を誘ってくれたのは気まぐれではなさそうで。もしかして、これ、デート、なんかな。期待はずれの時にがっかりしたくないから、期待はしないようにするけれど。それでも胸はどんどん高鳴っていく。

「麻衣ちゃん、行きたいとこ思いついた?」
「んー、具体的には思いついてへんけど、まずはお昼ごはん食べたいなぁとは思っとった」
「あー、せやな。俺も腹減ったわ」

 謙也くんと私服で街中を歩きながら、そんな会話をする。まさかこんな日が訪れるなんて思わなかった。平日にバイトが被ることが多かったから、制服姿の謙也くんは何度か見かけたことがあるけれど、私服の謙也くんを見るのは初めてかもしれない。カラフルでスポーティーな私服は、着る人を選ぶかもしれないけれど、背が高くてスタイルのいい謙也くんにはとてもよく似合っている。

「……謙也くんの私服見たん、はじめてかも」
「あー。確かに麻衣ちゃんとバイト被る時大体学校帰りやしなぁ。私服、派手やろ?大体イジられんねん。中学の時よりは服の趣味大人しめになったつもりなんやけど」
「あはは。確かに派手やけどよう似合っとるよ」
「ほんま?そんなん言われたら調子乗るで?」

 そう言う謙也くんはまんざらでもなさそうだ。

「麻衣ちゃんもいつも可愛え服着とるよなぁ」
「えっ、私?!」
「おん」
「……ありがとう」

 まさか謙也くんにそんなふうに私服を見られていたなんて思わなかった。バイト先へ着て行く服、手を抜かなくて良かった。
 そんな中、ふと見つけたオムライス屋さん。とても美味しそうで、じーっとお店の前の食品サンプルを見つめていると、謙也くんは「ここにしよか。俺オムライス食べたい気分やねん」とそのまま迷わずお店に入る。
 ――ああもう、ほんま、謙也くん、何でこんな優しいんやろ。
 こういうさりげない気遣いに、胸がきゅうっとなる。

 結局その日はオムライスを食べた後、二人でウインドウショッピングを楽しんだ。謙也くんと過ごす時間は楽しくてあっという間で。土曜の夜6時過ぎ。おそらく謙也くんはそろそろ家に帰らないと、忍足家の夕ごはんに間に合わない時間だ。

「改札まで送ってくれてありがとう」

 なのに、律儀に謙也くんは私が使う地下鉄の改札まできちんと送ってくれた。こんなん、ほんまにデートみたいや――そう思った矢先、謙也くんは言う。

「……麻衣ちゃん」
「ん?」
「また、誘ってもええ?」
「えっ」
「……俺としては今日、デートのつもりやってんけど」

 少し赤い顔をした謙也くんが、真剣な瞳でそんなことを言うから。一気にこっちの体温まで上がってきた。期待せんようにしてたけど、こんなん、期待してまうやん。驚きと緊張で声が出ず、その代わり、全力で縦に顔を振った。するとそんな私を見た謙也くんは、吹き出して笑う。

「麻衣ちゃん、真っ赤や。可愛え」
「もう、謙也くんかて赤い顔してるやん」
「……また、どっか行こな」
「……うん。ほなまた」
「おん。気ぃつけて帰りや」

 改札でお互い小さく手を振りながら、私はその先の階段を下りていく。すると早速スマホが震えて、内容を確認すると謙也くんからのメッセージだった。

『麻衣ちゃん、今日はおおきに。念のため、無事家着いたら、教えてな』

 ――どないしよ、もしかして私、謙也くんと、結構いい感じなんかな。

 そんな時、バイト先に新しく高校生の女の子が入ってきた。私とまだシフトが被ったことはないけれど、聞けば彼女は高1で、謙也くんと同じ高校に通っている子らしい。そして、彼女の教育係は、やっぱり謙也くんだった。店長が謙也くんを教育係に指名するのはよくわかる、だって彼は、彼自身仕事もできるし、教えるのも上手いのだ。それでも、何となく気持ちはもやもやする。バイトと恋愛は別物。そう考えなければいけないはずなのに、私が今まで謙也くんに仕事を教えてもらっていた時間――私にとっては謙也くんと親交を深めた大切な時間。それと同じような時間が、きっと彼女にも訪れるのだ。
 そんな中、謙也くんとは、バイトのシフトが重ならない間もメッセージアプリでの連絡は頻繁にしていたけれど、謙也くんの部活(テニス部)が忙しく、なかなか2回目のデートが実現していなかった。そうなるとどんどん思考はマイナスになっていく。
 ――ほんまは忙しいとか嘘で、もう私への気持ち、覚めてもうたんかな。あの女の子が入ってきたのと、謙也くんが『部活忙しい』言い始めた時期、被っとるし。それに輪をかけて、こんなことがあった。

「新しく入ってきた高校生の子、めっちゃ可愛えよな~」
「俺もそれ思ってん。せやけど教育係はケンヤやろ?絶対アイツに持ってかれるで」
「ケンヤ、イケメンやし性格もええしな。俺が女やったら絶対アイツと付き合うわ」
「わかるわ。実際あの子とも何やすでにええ感じやもんな」
「えっ俺、ケンヤは麻衣ちゃんとええ感じや思っててんけど、もう鞍替えしたんか?」
「知らんけど。まあ、若い子のほうがええんちゃう?あえて年上に行く必要ないやろ」

 ある日のバイト終わり、更衣スペースの中に私がいることに気づかない同僚の男子クルーたちは、隣の休憩室でそんな会話をしていて、一気にぎゅうっと胸が押しつぶされた。客観的に見た、謙也くんと彼女とそして私の評価。高校生の男の子の気持ちの移ろいが早いのはしょうがない。彼女の登場によって、彼の私に対する関心は、なくなってしまいつつあるのかもしれない。

 そんな謙也くんと彼女と私の3人のシフトが重なる日がはじめてやってきた。謙也くんと彼女の仲睦まじい姿を見るのが怖くて、本当は逃げ出してしまいたかった。ただ、バイトとはいえ仕事だ、仕事に穴をあけるわけにもいかず、更衣スペースでユニフォームに着替える。ふと、サンバイザーをした鏡の中の自分と目が合った。スマイル0円。口角上げて頑張らな。

「おはようございます」

 バックヤードから気持ちを切り替えて店に出ると、先にシフトに入っていた謙也くんと彼女が反応する。

「麻衣ちゃん、おはようさん」
「あっ、麻衣さん、はじめまして、」

 彼女は頭を下げてフルネームを名乗った。噂通り、どこかのアイドルグループにいそうな小柄で清楚で可愛らしい、そして礼儀正しい女の子。第一印象は思いのほかとても良く、拍子抜けする。そして謙也くんも、当たり前に、いつものキラキラした明るい謙也くんだった。私ばかりが思い詰めていたようだ。

「麻衣ちゃんは今日レジやんな?」
「うん」
「頼りにしてんで!俺らは今日は作るほうやわ」

 謙也くんはそう言うと、彼女に対して「ほな、今日はテリヤキの作り方覚えよな!」とまたキラキラの笑顔で指示をしていた。その様子は、私に対して仕事を教えてくれたときと全く同じで。私だけ特別ではないのだということをまざまざと突き付けられる。そして彼女はそんな謙也くんを見て、ぽーっとした表情をしていた。やっぱり、そうなるやんな。まるで少し前の自分を見ているようだ。

 今日は珍しく来店客が少なめだったので、レジに立つ私にも余裕があった。後ろの方から、謙也くんと彼女の会話が聞こえてくる。

「そういえばそろそろ実力テストの時期ですよね」
「あーせやな。勉強せなかんな」
「謙也さん、数学得意やって聞いたんですけど、テスト範囲で1個わからへん問題あって……後で聞いてもいいですか?」
「おん。ちなみに何の問題なん?数Iとか数Aとか」
「数Aなんですけど」
「ほな、バイト終わったら問題見せてや」
「っ、はい!ありがとうございます」

 その声色から、彼女の彼に対する好意が溢れ出ていた。めっちゃ可愛いなぁ。隠しきれへんのやろなぁ。純粋にそんな感想を抱く。
 謙也くんにとっても、あの同僚の男子クルーたちが言っていたように、後輩の女の子のほうが若いし可愛いし魅力的だろう。もっと大人になれば2才の年の差なんて誤差なのだろうけれど、今の私たちにとっては高校生と大学生という立場の違いもある。――謙也くんのこと、まだ好きやけど。彼女のような女の子のほうが謙也くんにはお似合いだろう。諦めたほうがええんかなぁ。

 その晩、謙也くんからメッセージがきた。いつもなら嬉しくてたまらないはずなのに、今日は複雑な気分だ。それでも無視はできなくて、お風呂上がり、ベッドに腰掛けながら、その通知を開いた。

『来週テスト期間で部活もあらへんし早よ帰れるんやけど、麻衣ちゃんの都合良かったら、またどっか行かへん?』

 謙也くんから誘われるのはとても嬉しいけれど――今ならまだ諦められる。

『テスト期間中は勉強したほうがええよ。また今度にしよ?』
『今度でもええけど、麻衣ちゃん逆にいつ空いてるん?』

 そう言われるとたじろいでしまう。まさか毎日予定がありますなんて言えないし。少し返信に迷っていると、謙也くんからさらにメッセージがくる。

『すまん、やっぱり電話で直接話したい。かけるわ』

 謙也くんはいつもメッセージを打つのが早いけれど、今回もすぐそんなメッセージがきて、次の瞬間、スマホがコールに合わせて震えていた。慌てて通話ボタンを押す。展開までもが早すぎちゃう?!

「もしもし……?!」
『麻衣ちゃん、急にすまん』
「……ううん、大丈夫。びっくりしたはびっくりしたけど」

 機械越しに謙也くんの声がする。思えば、謙也くんと電話をするのははじめてだ。

『……今、何しとったん?』
「お風呂上がって、ぼーっとしてた。謙也くんは?」
『テスト勉強』
「めっちゃ偉いやん」
『いや、テスト週明けからやし、切羽詰まってんねん』

 その声色から必死さが伝わってきて、思わずふふと笑いが漏れてしまった。こうして私の緊張がほぐれるのを待っていたかのようだ。謙也くんは電話越しに、安堵したように息を吐き、そして言葉を続ける。

『――麻衣ちゃん、本題やねんけど』
「うん」
『麻衣ちゃん、今日バイト中いつもと様子違たから気になってん』
「えっ」
『何ちゅーか、元気ないっちゅーか。あと、何や俺のこと避けとるような気もして』

 オムライスのお店に入った時も思ったけれど、何という観察眼、洞察力だろう。できるだけ悟られへんようにしてたつもりやねんけどなあ。黙ってしまった私に対し、謙也くんは続ける。

『……俺が誘うの迷惑やったやろ、ほんまごめん』
「えっ、そんなこと、」
『無理せんでええ。断りにくい言い方してもうて後悔してんねん。俺、勝手に一人で盛り上がって麻衣ちゃんの気持ち考えてへんかったなって』

 え、もしかして謙也くんめちゃめちゃ勘違いしとる?
 私が謙也くんのこと好きやないから、謙也くんにデート誘われて迷惑しとるって思ってる?
 逆やのに。このまま勘違いされ続けたくない。

「無理なんてしてへん、謙也くんに誘われるのめっちゃ嬉しい」
「……ホンマか?」
「せやけど――今日、後輩の女の子と謙也くん見てたらめちゃくちゃええ感じやし、どんどん自信なくなってん。ああいう年下で可愛え女の子のほうが謙也くんに似合うんやろなぁって……せやから、今日はバイト中、謙也くんのほう見れへんくて……」

 言った後気づいた。――こんなんほとんど告白やん。謙也くんのこと好きや言うてるようなもんやん。
 きっと謙也くんもそう受け取ったのか、電話の向こうで少し息を吸うような音が聞こえた。謙也くんの反応が怖い。

『麻衣ちゃん』
「?」
『……そんなん言われたら、俺、めっちゃ期待してまうんやけど』
「っ、」
『俺のほうこそ、麻衣ちゃんからしたら2つも年下のガキやし、まだ高校生やし、そういう対象にならへんのかもしれん思ったこともある。それに、せっかく麻衣ちゃんとどこか出かけたい思っても、最近部活も詰まっとるし、部活ない日はバイト詰まっとるしで、会われへんし。麻衣ちゃんこそ、もっと大人の男やないと釣り合わへんのちゃうかとか思ったりな。――せやけど、やっぱり俺、麻衣ちゃんのこと諦められへん』

 そんな言葉に、心臓が震える。

『……この続きは、直接会うて話したいねんけど』
「うん……私も」
『やっぱり来週どっかで会えへん?テストよりこっちの話のほうが大事や』
「うん。月曜やったら、4限までやし、バイトも入ってへん」
『ほな月曜で。また連絡するわ』

 4限が終わって、テスト1日目を終えた謙也くんと待ち合わせ。謙也くんは前に服をほめてくれたけど、今日は謙也くんにとって可愛い服で来れてるんやろか。念のため商業施設のきれいめのレストルームに入って、直前にメイク直しもしたけれど、自信はない。緊張しながら待ち合わせ場所に向かうと、そこには私服の謙也くんがいた。あれ、制服ちゃうんや。

「麻衣ちゃん、お疲れさん」
「謙也くん、私服なんや。テスト終わりやし、てっきり制服かと思った」
「1回家帰る時間あったし――それに麻衣ちゃんとデートやのに制服もカッコつかんやろ」

 謙也くんは少し照れたような表情でそう言うから、改めて今日この時間がデートなんや、と認識する。今日は景色のきれいなところでゆっくり話そうということになって、あべのハルカスに上ってみることにした。先日の電話では緊張してしまったけれど、こうやって謙也くんと会って話しているとやっぱり楽しくて、時間があっという間に過ぎ去ってしまう。

「そういえば謙也くんって、何でバイトしてるん?」
「え?」
「……謙也くんの学校、進学校やし、それに謙也くんは部活もしてるやろ?めっちゃ忙しいんちゃうかな思って」

 大阪の街をベンチに座って見下ろしながらそう問うと、隣に座る謙也くんは言う。

「中学時代よりはマシや。中学んときはマジで部活しかしてへんかったけど、今の高校は進学校っちゅーこともあって、テニス部もそこそこしか活動してへんから、その分余裕あんねん。その余裕ある分、バイトしてるっちゅーわけや」
「遊ぶ時間にもできるのに、あえてバイト選ぶんは偉いなぁ」
「……たぶん初めて話すと思うねんけど。ウチな、医者一家やねん。じいちゃんもオトンの兄ちゃんもオトンも医者、オカンは看護師。ちゅーわけで俺もたぶんこのまま医者コースやねん。まあ、せやから勉強せなあかんのやけど」
「へぇ、謙也くん、お医者さんの息子さんやったんや」
「おん。ただこのまま高校行って医学部6年通って医者になって家継いだら、医者しか知らん人生になるわけやん?それはつまらんなー思て。せやから、今のうちにバイトしとこ思ったんや」

 そう語る謙也くんはとてもしっかりしていて、ホンマに年下なんやろか、と疑問がわいてくる。私は何も考えんと大学に入ってもうたなあ。

「バイトは別に何でもよかってんけど、ファーストフードは仕事のイメージもつきやすいし、シフトもわりと自由そうやったから選んでん。実際やってみたらめっちゃ楽しいしな。裏でハンバーガー作ったりポテト揚げるんも結構楽しいし、前で接客したりするんも面白いし。気づいたら1年半も働いとった」

 謙也くんは本当に楽しそうにそう話すから、その横顔が眩しかった。謙也くんが、好きなことを語るとき、こんな顔するんや。いつもキラキラの笑顔やけど、特にキラキラしてる気がする。

「……って、めっちゃ自分語りしてもうた。恥ずいな」
「ううん。聞けてよかった」
「麻衣ちゃんは、何でウチの店で働こ思ったん?」
「家からも大学からも通いやすいロケーションやったし、シフト自由そうやったからかなぁ。せやけど最初は仕事覚えるん遅くて、向いてへんなって心折れそうやった。謙也くんにもいっぱい迷惑かけたやろ?」
「別に迷惑やなんて思ってへん。確かに麻衣ちゃんはすぐ覚えられるか覚えられへんか言うたら後者のタイプやったけど、一生懸命メモ取って覚えようとしとったし、実際1回覚えたら絶対忘れへんやん」

 そう言うと謙也くんは改めてこちらをじっと見る。

「……ほんまは最初な、2つ上の人の教育係やれ言われて複雑な気分やってん。せやけど、麻衣ちゃんはめちゃめちゃ腰低いし、素直で頑張り屋さんやし、いい意味で予想外れやった」
「……うん」
「麻衣ちゃんが一生懸命仕事覚えようとしてる姿がええな思ったし、例えば上手くハンバーガー作れた時とかの嬉しそうな顔がめっちゃ可愛えなぁ思て、気づいたら麻衣ちゃんのこと好きになっとった」

 今日告白されるんやろなとは思っていたけれど、実際に謙也くんから「好き」の二文字を聞くと、嬉しさや安堵の気持ちやらで、鼻の奥がツンとする。あれ、私こんなに涙腺緩かったっけ?私のそんな表情を捉えた謙也くんは少し慌てて「麻衣ちゃん?」と私の名を呼ぶ。

「……私も」
「?」
「私も謙也くんが好き」

 年下やのにしっかりしとるところも、そのキラキラの笑顔も、さりげない気遣いをしてくれるところも、全部好き。本当はそう伝えたいのに、胸がいっぱいで言葉が出てこない。でも、謙也くんは左側からそんな私の顔を覗き込んで、そのままその大きな右手で頭をぽんぽんとしてくれる。

「……おおきに。その言葉だけで十分やで」
「ほんまはもっとたくさん伝えたいねんけど」
「俺ら今日から付き合うんやし、これからぎょーさん時間はあるやろ!そのうち聞かせてや」
「……うん。これからよろしゅう、謙也くん」

 そう伝えると、謙也くんは「おん」と、とても嬉しそうに笑って、「ほな、そろそろメシ行こか」とベンチから立ち上がり、右手を差し出す。左手でその手を取ると、謙也くんの体温が伝わってきて。その温度がまるで心臓にまで伝わってきたかのように、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

Fin.
2022.7.31
すけみさんお誕生日おめでとうございます!
年下謙也×年上ヒロインのリクエストに応えられたのだろうか…