その夜から、財前くんとLINEでやりとりするようになった。今まではhikさんとのDMだったけど、LINEとなるとなんとなく一気にプライベート感が増して、少し緊張した。──電話しようと思えば、電話もできるし。
「……麻衣」
「ん?何?」
「最近やっと前みたいによう笑うようになって安心した。3ヶ月くらい、ずーっと辛そうやったから」
2限の後、親友の理沙は、ランチを食べながらそう言った。突然ふられてからしばらくは、本当に理沙にはお世話になったのだ。
両親は父の転勤に母も着いていく形で東京に引っ越してしまったので、私は大阪で一人暮らしをしている。そんな私が失恋のショックであまりにも何も手につかなくなり、心配した理沙が泊まりにきてくれたりもした。
「……あの時は心配かけてほんまにごめんなぁ。ありがとう。理沙のおかげで何とか生きれたんやで。もう、完全回復やし、今度お礼させてな」
「お礼なんて別にいらんよ?あ、でも麻衣のつくるクッキー食べたいかも」
「え?」
「一回バレンタインかなんかで作って持ってきてくれた時あったやん?めっちゃ美味しかってん」
「……あはは、ありがとう。クッキーは中学の時めっちゃ練習したから」
中学の時、財前くんにあげよう思って、たくさん焼いたなぁ。そんなことを思い出すと、不意に今の大人になった財前くんがふわふわと頭に浮かんできて、慌てて何もない頭上の空間をパッパッと手で払ってしまった。
「ん、何今の動作」
「……あ、いや、えっと、」
あれだけ失恋した時にお世話になった理沙には、話しておくべきだろうか。
「じ、実はなぁ、気になる人できてん」
そう言うと理沙は少しだけ驚いたような表情をしたけれど、すぐに、やっぱり、と言いたげに笑う。
「やっぱり失恋を癒すのは次の恋やなぁ」
「……ちゃうもん、理沙のおかげやもん」
「ええって。まぁ、私とその彼のおかげってことにしとこか。どんな人なん?どこで出会ったん?」
そう聞かれ、今までの経緯を話す。
「……え、何の少女漫画?」
「いや、ほんまに……」
「ええなぁ、私もそんな漫画みたいな恋したいわ」
「もう、理沙にはめっちゃ素敵な彼氏さんおるやん、何言うてんの」
「……せやけど、普通偶然再会した同級生とそんな2回もお茶せぇへんやろ。しかも次、ごはん行くんやろ?財前くんも麻衣のこと結構気に入ってるんとちゃうの?」
「えっ」
動揺する私をみて、理沙は楽しそうに笑う。
「そっかぁ〜麻衣のクッキーが美味しいのは財前くんのおかげなんやな〜」
「あーもう恥ずかしいからそれ言わんで…!!」
それに本人だって、私からクッキーをもらったことなんて遥か昔の話だし、きっと忘れているだろう。
*
財前くんとはじめてのごはん。カフェじゃなくて、今日はちゃんとごはんをいっしょに食べる。カフェの趣味が完全一致の私たちは、ごはんのお店選びも好みが完全一致で、お互いに行きたい店の情報を送りあっていたら、すぐに私たちの『行きたい店リスト』ができてしまっていた。
今回は、そのリストの中の一番上のフレンチバルに行くことになっていて、待ち合わせの時間までバタバタしていた。服は何を着ていこうかな、髪は巻こうかな、それともストレートにしようかな、アクセサリーは何をつけよう?リップとチークは何色を乗せる?
こんなふうに悩む時間がとても久しぶりで、そんな自分を客観的に見て気付いた。私はやっぱり財前くんに再び恋をしてしまっている。
「財前くん、お待たせ!」
「別に。時間通りやし」
待ち合わせの19時ギリギリに待ち合わせ場所にたどり着くと、財前くんはすでにその場所に立っていた。やっぱり財前くんのコーディネートはシンプルでセンスが良い。
「お店の予約、してくれてありがとう」
「……あんなんWEBで入力するだけやろ」
「それでも。ありがとう」
そう言うと財前くんは、おん、とだけ小さく言って、そのままバルに向かって歩き出す。不思議と財前くんとの会話はいつも困らなかった。そういえば中学の時も、なんだかんだ、隣の席の時はいつもおしゃべりしていた気がする。
お店に着いてからは、アラカルトで好きな料理を注文して、そしてお互いハタチを超えた私たちは、はじめていっしょにお酒を飲んだ。
「財前くんとお酒飲むのも新鮮やなぁ」
中学のときの印象がお互いに強いけれど、やっぱり私たちは大人になったのだ。財前くんは料理に合わせてワインを注文している。私はまだお酒初心者だから、甘いカクテルしか飲めないけれど。
「気ぃつけや。カクテルも度数意外とあんねんで」
「そうなん?甘いからジュースみたいに飲んでまう」
「帰れんくなっても知らんで。チェイサーちゃんと頼まな」
「チェイサー?」
「平たく言うたら水のことや」
財前くんはそう言うと、ウェイターさんにそのチェイサーとやらを頼んでくれた。しばらくしてウェイターさんはお水の入ったグラスを持ってきてくれる。カクテルの後にお水を飲むと、それまでぼーっとしていた頭が少しすっきりしたような気がした。
「……財前くんはいつもスマートでかっこええなぁ」
「は」
「いや、今もチェイサー?頼んでくれたり、この前もお会計さらっとすませてくれてたり」
「普通やろ」
「普通ちゃうよ」
「……自分、さてはろくな男とデートしてへんな」
「えっ?!」
確かに元彼とはいつもわりかんだったし、たぶん彼はチェイサーなんておしゃれな言葉を知らない。同い年だったし、高校を出てすぐにできた彼氏だったから、当たり前かもしれないけれど。
ところで今、財前くん、さらっと『デート』って言った……?
「……財前くん」
「ん?」
「あの、今、『デート』って言うてたけど」
「おん」
どうしよう、聞くのがちょっと怖い。
けど、お酒のせいにして聞いてしまおう。
「──今の、この時間は『デート』なん?」
わ、わ、わ。言ってもうた。
我ながらよう言うわ……!
財前くんは口に運ぼうとしていたグラスを一旦テーブルに戻して、私の顔を見つめる。やばい、頬に熱が集まっていくのを感じる。
「めっちゃ今更やな」
「え?」
「俺は、初めからそのつもりやけど」
うわ。何やろこの破壊力。財前くんはまるで当たり前かのようにそう言うから、一気に心臓が高鳴った。今日のこの時間は『デート』なのだ。たぶん目に見えて動揺していたのだろう、私の様子を見て財前くんは楽しそうに笑う。
「テンパりすぎやろ」
「せ、せやかて」
「見てておもろいわ」
「ちょ、見せ物ちゃうで…!」
「──ほんま、そういうとこ昔から可愛えな」
は?!可愛い?!しかも昔から?!
やばい、飲みすぎて都合の良い空耳しか聞こえなくなってしまったのかもしれない。
2021.10.20