財前くんに再会した日の夜、私たちはDMで次のカフェ巡りについて打ち合わせをした。日程は、お互いの都合を合わせて土曜の午後に。どこのカフェへ行くかは、当日のお楽しみにさせてもらうことにした。そんなわけで財前くんが待ち合わせ場所を決めることになったのだけれど、なんと彼が指定した待ち合わせ場所は、四天宝寺中の掴みの正門だった。
時間より少し早く着いた私は、懐かしい門の前で中学時代に想いを馳せた。遠くからはテニスボールを打ち合う音が聞こえる。きっとテニス部が練習しているんだな。オサムちゃんはまだ四天宝寺でテニス部の顧問しているのかな、それともさすがに異動になったかな。そんなことを考えていた時、ふと目の前に影ができて顔を上げると、目の前に財前くんが立っていた。
「──待たせたみたいやな」
「あ、財前くん。ううん、さっき来たとこやで。それにしてもずいぶん懐かしい場所、待ち合わせ場所にしたなぁ」
「目的地のカフェから近い場所で、わかりやすいとこがここやってん」
ほな行こか、と歩き始めた財前くんの半歩後ろを着いていく。きちんとアイロンのかかったサックスブルーのシャツにシンプルなパンツを合わせた財前くんは、おそらく誰が見てもかっこよくて、ふと初恋の気持ちが蘇る。中2の私は、まさか7年後にこんなふうに財前くんと待ち合わせしてカフェに行くなんて未来が来るなんて全く想像していなかった。
元彼を引きずっていたのもあってあまり意識してなかったけど、もしかしたら今日は初恋の人と2人でカフェデートと言っても過言ではないシチュエーションなのではないだろうか。そう思ったら、急に緊張したし、緊張した自分にほっとした。元彼以外の男性に対して、こういう意識を持てるようになれるほどには、少しずつ前を向けてきているのかもしれない。
*
「めっちゃ素敵なお店やんなぁ。こんなお店あった?」
「2ヶ月前くらいにできた店や。俺も来るんは2回目」
「そうなんや。まだhikさんのインスタの方には載せてへんカフェやんな?見たことないもん」
校門から歩くこと5分、そのお店は隠れ家的な外観をしていたが、その外観からすでにオシャレ感が伝わってきて、私好みのカフェだった。中に入ると、こちらもセンスの良い内装。席数は多くなく、単価も高めなせいか、客層も落ち着いている。
財前くんはコーヒーとカヌレを、私は紅茶とアップルパイをそれぞれオーダーした。10数分後にテーブルの上に運ばれてきたそれらは、見た目からしてきらきらしていた。
「すごい…!まず器がかわいい…!」
「この店、食器、全部マイセンらしいで」
「それ、割ったら弁償できないやつやん。でも最高に可愛い。上に乗ってるアップルパイも美しい…!」
テンションが最高潮の私は、スマホアプリを使って何枚も何枚もアップルパイや紅茶の写真を撮影していたけれど、財前くんは全く写真を撮ろうとしない。
「あれ、財前くん、ミラーレス一眼で撮影せえへんの?」
「今日は『hik』としての活動はオフ」
「ふうん、そうなんや」
「こっちも撮るやろ?」
財前くんはコーヒーとカヌレを指さしながら言う。
「ええの?」
「おん」
「ほな、遠慮なく」
財前くんが注文したコーヒーとカヌレを手元に移動させてもらって、またスマホで撮影会をする。財前くんは私の撮影が終わるまで文句ひとつ言わずに待っていてくれて、感謝だ。
撮影が終わり財前くんの手元にコーヒーとカヌレを戻して、私たちは声を揃えて「いただきます」をした。きらきらしたアップルパイにフォークを刺すのは少し罪悪感だけれど、食べないわけにもいかないので、一思いにフォークを刺し、一口大のパイを口に運ぶ。えっえっ、なにこれ、
「──っ味の宝石箱や?!」
「ぷっ、何で彦摩呂」
「え、めっっっちゃ美味しい。え、何これすごい。りんごの甘さとシナモンの香りがフッって鼻に抜けんねん。それで、パイもな、サックサクでバターの香りがして……今まで食べたアップルパイの中でいちばんかもしれへん」
「……支倉、食レポの仕事できるんちゃう」
何がウケたのかよくわからないけれど、財前くんは珍しく笑っている。
「……この店、インスタに上げたら絶対混むようになるな思て、敢えて上げてへんかった」
「確かに……こんな素敵な店、hikさんの発信力やったら絶対流行ってまうなぁ」
「初めて来た時、支倉のアカウントのこと思い出してん。まだあのアカウントが支倉のやって知らんかったけど、あの人が好きそうな店やなって。せやから、あのアカウントが支倉のアカウントやって知った時、投稿する前に先連れてこよ思ったんや」
財前くん、そんなふうに思っててくれていたんだ。なんだかじーんと心が温かくなる。
「ありがとう。ほんまにこんな素敵なカフェに連れてきてもらえてめっちゃ嬉しい」
「気に入ってもらえたんやったらよかったわ」
「うん」
そういえば、こんなに食べ物をおいしいと感じたことも、心から笑えていることも、久しぶりな気がする。ほんまに財前くんのおかげやなぁ。
*
そのまま財前くんとはカフェ話に花が咲いた。私が失恋で立ち直れない間にできたカフェ情報を教えてもらったり、お互いお気に入りのカフェについて語り合ったり。お店に入ったのは15時ごろだったのに、気づいたら17時半を回っていた。
「そろそろ出なあかんね。財前くん、このあと予定あるんやろ?」
「ま、中学の先輩らとただの飲み会やねんけど」
「へえ。テニス部の先輩たち?」
「おん」
「すごい、今でも仲良しなんや」
1つ上の代のテニス部の先輩たちは有名だったので私も知っている。パーフェクトイケメンの白石先輩に、めっちゃ足速い忍足先輩に、お笑いライブでめっちゃ人集めてはった一氏先輩&金色先輩。今頃何してはるんやろ。
そんな時、財前くんが伝票をまたスッと持っていってしまったので、慌ててその腕を両手でつかむ。
「今日は、私が出す。この前おごってもろたもん」
「……。ほな、わりかんな。俺まとめて払うから外で待っとき」
財前くんはそう言うと、早よ行け、とでも言いたげな顔でこちらを見たから、私は仕方なくお店の外で待っていた。10月下旬の18時前の空はもう真っ暗だ。夜空を見上げていると、会計を済ませた財前くんがお店から出てくる。
「財前くん、全部でいくらやった?前回出してもろてるし、わりかんはダメやで。私全部出す」
「……忘れた」
「は?今払ってきたばかりやろ?レシートは?」
「断った」
「え?!嘘やん、確かアップルパイが700円で…」
「あーもうめんどくさい女やな。ほな1000円」
「……絶対1000円ちゃうもん」
そう言いながらも、あんまり頑固だとせっかくの財前くんの厚意を無駄にする気もして、観念した私は1000円札を財前くんに渡した。
「次こそ。絶対私が出す」
「ハイハイ。ほな次はフレンチのフルコースやな」
「えっ、カフェちゃうの?!」
「冗談に決まっとるやろ」
財前くんは呆れた顔をしていたが、私はなんとなく自分から発した「次こそ」という言葉に、財前くんが肯定的に返してくれたことに感動した。財前くんとのカフェ巡りは、今日単発ではなく、次があるんや。
そのまま財前くんと、歩いて駅まで向かう。その道のりは、校門を通り過ぎた後は、中学の時の帰り道と全く一緒だ。
中2の頃、よく妄想していた。好きな人──財前くんとこの道を一緒に歩いて帰れたらいいな、なんて。7年越しにまさかそんなことが叶うなんて思っていなかった。中2の頃より少し背が伸びて、顔つきも大人びた財前くんが、隣にいる。
「……めっちゃこっち見るやん」
「え?!あ、ご、ごめん」
「いや、別に謝らんでもええけど」
「……感慨深いなぁ思てしまって」
「感慨深い?」
「財前くんと隣の席だった時あったやんな」
「──ああ、覚えとるわ」
「そんとき、財前くん、テニス部で部長しとったやんな」
「……せやったな」
「あの時、こんなふうに財前くんとカフェ行く未来なんて想像できひんかった。人生って不思議やね」
「ぷっ。人生て。大げさやな」
「また笑う…!」
財前くんの笑いのツボがよくわからないけど、先程の彦摩呂に続き、財前くんは口元を押さえて、また笑っている。
「ま、今度支倉がおごってくれるんやったら、フルコースはさすがに冗談やけど、メシやな。単価高いし」
「……うっ、バイト頑張ります」
「おん。金貯めとき」
そして、私たちは地下鉄の駅へたどり着いた。乗る方向は逆方向だ。
「ほな、またDMするね」
「おん。つかDM、どーでもいいPR案件依頼で埋もれんねん。あとでLINE ID送っといて」
「あ、うん、わかった」
そのまま財前くんは急ぎ足で天王寺方面の改札へ続く階段を降りていく。残された私は、少し現実を咀嚼するのに時間がかかっていた。LINE ID送っといて、ってことは、今後はLINEで連絡取るってことやんな。hikさんとしてではなく、ほんまに、財前くん個人と連絡取って良いってことやんな。
そう思ったら、時間差で、少し鼓動が早くなった気がした。7年ぶりの感覚に、懐かしいような、恥ずかしいような気持ちになる。
──私は、7年ぶりに、初恋を体験しているのだ。
2021.10.11