ばんそうこうの話

 自習時間中、前の席から課題プリントが配られる。 1枚とっては後ろにプリントを回すというこの単純作業で、俺はミスを犯してしまった。
 スパーン、と勢いよく紙が俺の右手の人差し指を滑った。
 その瞬間感じる、あの独特の痛み。

「…っ、あかん、やってもた」

 俺の人差し指の腹には、細長い傷ができていて、そこからうっすら血が滲んでいる。そんな俺に話しかけてきたのは、同じ保健委員で、今は隣の席の支倉さんだった。

「? どないしたん白石くん」
「ああ、今な、紙で指切ってもうてん」
「え、大丈夫!? 血ぃ出てない?」
「血は微妙に出とったけど、全然大した傷やあらへんし大丈夫やで」

 ――そういえば、バッグん中に絆創膏入れとったよな。
 そんなことを思い出しながらひそかにテニスバッグに左手を伸ばそうとすると、支倉さんは「あ」と声を上げた。

「そや、白石くん、私、絆創膏持ってる!傷から菌とか入ったら危ないし使って?」
「ほんま?ええの?」
「うん。ちょっと待ってな」

 彼女の言葉に、俺はテニスバッグに伸ばした左手をひそかに元の位置に戻した。彼女の厚意を無碍にすることはできないし、何よりその厚意が嬉しかった。
 支倉さんは自分の鞄を机の上に置くと、何やら中を一生懸命ごそごそと漁る。
 だが、肝心の絆創膏は見当たらないらしい。

「……あれ?」
「見つからへんのやったらええよ?」
「いや、絶対あるはず!あと1分以内に探し出すから!」

 漁るだけでは見つかりにくいのか、ノート、ペンケース、ポーチ、財布、手帳……と、彼女は鞄の中にあるものを1つずつ机の上に乗せていく。その小物1つ1つが、俺だったら絶対に持てないようなピンクや赤の女の子らしい小物ばかりで、思わず笑みが零れた。

「随分かわええ手帳、使っとるんやなぁ」
「……、似合わへんことくらいわかってますよー」
「誰もそないなこと言うてへんやろ。支倉さんらしいやん」
「あはは、何言うてんの白石くん。ほめたって何も出えへんよ?」

 支倉さんは笑いながらも、絆創膏を探す手は止めずにうっすらと頬を染めた。
 ――なんで、持ってるもんからその受け答えから、いちいちかわいいんやろ。
 惚れた欲目かもしれないが、そんな素朴な疑問が浮かぶ。
 そんな俺の疑問など知る由もない支倉さんは、本日2度目の「あ」という声を上げた。

「あった!」
「お、絆創膏見つかったん?」
「うん。このケースの中に入れとったはず……」

 取り出された小さなカンケースが、支倉さんの手によって開かれる。
 ――そして、そのケースが開かれた瞬間、彼女は言葉を失い、俺は吹き出してしまった。

「……ほんまにごめんなさい…白石くん………」
「――あかん、めっちゃかわいいわこの絆創膏。リラックマやん」
「普通の絆創膏この前靴擦れしたときに使ってもうたの忘れててん……白石くん、こんなん嫌やろ?」
「何で?全然嫌やあらへんで」
「ほんまに?心の底では『男がつけるもんちゃうやろー』とか思ってない?無理してへん?」
「してへんしてへん。せやから――1枚もろてええ?」
「……こんなんでよければもちろんええよ」

 彼女は丁寧に絆創膏のつづりを取り出すと、絵柄が控えめな水色のものを選んで、ミシン目に沿って1枚切り取った。別に絵柄や色はどれでもよかったのだが、少しでもキャラものらしくないものを選ぶ支倉さんの何気ない気づかいに少し感動する。

「ほな、白石くん、怪我した指出して?」
「え?」

 支倉さんがあまりにも普通にそう言うものだから驚いた。

「私、まだ小学生の弟おんねん。せやから一応こういう手当、慣れとるんよ」

 人差し指を出すと、支倉さんは手際よく俺の傷口にきれいに絆創膏を巻いていく。
 その動作をなんとなく眺めていて、俺はやっと重大なことに気付いた。
 ――よう考えたら好きな子に手当てしてもらうとか、俺、今めっちゃしあわせなんちゃう?

「…あれ、白石くん、なんかいいことでもあったん?」
「何で?」
「いや、何や顔、にこにこしとるから」

 できたで、と支倉さんは俺の指先から手を離す。そこには例の水色のばんそうこうが巻かれていた。

「そう見えるんやったら、きっとそれは支倉さんのおかげやで」
「え、どういう意味?」
「さあ、どないやろ?」

 わざとらしくそう言うと、支倉さんは少し困った顔をして悩みはじめた。
 ――少しは俺の気持ちにも気づいて、意識してくれたらええのに。

「……あ、わかった!白石くん、リラックマファンやったんや?」

 ちゃうわ!
 ぽん、と手を叩いて自信満々に答える支倉さんに思わず脱力する。

「え、違った?」
「……いや、もう、そういうことにしてくれてええよ」
「そないなこと言うってことはやっぱりちゃうんや……」

 すると、支倉さんは再び悩み始める。しばらく黙りこくった彼女は、突然頬を染めて、「いやいや、それはありえへん」と小声で呟き、ふるふると首を横に振った。

「ん、どないしたん?」
「え、あ、な、何でも……」
「何でもないことないやろ」
「いや、ごめん、言えへん――」

 支倉さんは、真っ赤な顔で俺と目を合わせないように視線を泳がす。
 この反応は――ちょっとは感づいてくれたんちゃう?

「俺は支倉さんが今何をどう考えてるか知らんけど、たぶん、それ、あってると思うで」

 上機嫌な俺は、容赦なくそんな台詞を投下した。


*おまけ・放課後部室にて*

「…部長、指、何やかわええことになってはりますね」
「どや! めっちゃエクスタシーな絆創膏やろ?」
「………(エクスタシーな絆創膏ってどないやねん)」

Fin.