Beginning

 親の仕事の都合で転校することになった。中3になるタイミングで転校なんて、とも思ったけれど仕方がない。転校先は千葉県の外房にある六角中学校というところだった。友達、ちゃんとできるのだろうか。

 そんな不安は現実となった。六角中は、みんな仲が良い。小さい時から仲良しでみんな幼馴染。そんな中によそものの私が入っても、正直疎外感しかなかった。
 女子はすでにグループができていて、なんとなくそのグループのうちの1つに入れてもらってはいる。優しい子がいてくれてよかった。でもやっぱり心を完全に許せているかといえばまだそこまででもなくて。毎日学校が終わるたびに、ホッとしていた。ああ、やっと今日も終わる。緊張がとける。

「支倉さん」
「――佐伯くん?」
「俺の名前覚えててくれたんだな。良かった」

 放課後、家に帰ろうとする私に話しかけてくれたのは、佐伯くんだった。まだクラス全員の顔と名前が一致しているかと言われたら少し自信はないけど、佐伯くんのことは認識していた。なにせ、彼はその容姿が華やかで目立つのだ。普通に立っているだけで星でも身に纏っているようなオーラがあるというか。でも、そんな彼が、転校生の私に何の用だろう?

「うちの学校、慣れた?」
「えっ」
「ちょっと気になってさ。ほら、うちの学校の雰囲気って独特だろ?みんな幼馴染だから」

 佐伯くんが言わんとしていることはわかった。きっと彼は、私の感じている疎外感に気づいて、気にかけてくれているのだ。ただ、一度も話したことのない佐伯くんからいきなりそんなことを問われて、何と答えてよいかわからない。困った様子の私を見て、佐伯くんは眉を下げる。

「……あー、いきなりごめんな」
「ううん、その、佐伯くんが気にかけてくれてること、ありがたいなって思ったから」
「俺自身、引っ越ししてきた身だからちょっと気持ちわかるよ。もっとも、俺がこっちに来たのはもっと小さい時だけど。だから中3でいきなりこの環境に来るっていうのはなかなか慣れるまで大変じゃないかって思ったんだ」

 そうだったんだ。佐伯くんはクラスの中心みたいな存在だったから、まさか佐伯くん自身が元々はここが地元じゃないなんて気づかなかった。

「支倉さんが良かったら、だけど。俺、3つ提案がある」
「? 提案?」
「ああ。まず1つ目。みんな俺のこと『サエ』って呼んでるから、支倉さんも『サエ』って呼んでみない?」

 佐伯くんの言う通り、クラス全員、いや、学年のほぼ全員が彼のことを『サエ』と呼んでいた。佐伯くんと呼ぶのは逆に目立つ。ただ、そんな馴れ馴れしく呼んでいいものなのかと逡巡していた。

「いいの?」
「俺達、クラスメイトだろ?全然良いよ」
「……そしたら『サエ』って呼ぶね」
「うん。じゃ、次2つ目の提案だけど」

 佐伯くん、改め、サエは言う。

「支倉さんをあだ名で呼びたい」
「えっ?!……あだ名?ニックネームってこと?」
「そう。うちの学校そういう文化だろ?」
「た、確かに……でも思いつかないな」
「じゃ、普通に下の名前でもいいかな」
「えっ、あっ、うん」
「そしたら、これから『麻衣』って呼ばせてもらうよ」

 男の子から下の名前で呼ばれることは、少なくとも前いた中学校では経験がなかったので、ドキッとする。とはいえ、ここは六角中、サエをはじめ男子が女子を下の名前やあだ名で呼ぶことは当たり前に行われている。だから逆に恥ずかしさはあまりなかった。それより、こうして名前の呼び方を変えることで、私も六角中の一員だと認められているようで、嬉しい。

「最後、3つ目の提案。麻衣、今部活入ってないよな?」
「うん……転校してきてからは入ってないよ」

 中3から改めて部活に入るのもな……と思い、特に部活には所属していなかった。

「六角中のテニス部ではマネージャーを募集してて。よかったら、マネージャーやらない?」
「えっ?!」
「うちのテニス部、自分で言うのもなんだけど結構強くてさ。部長は1年生、副部長は俺。俺たちだけで手が回らないこともないけど、マネージャーがいてくれたら、俺たちも今より雑務の時間が減って練習に集中できると思うんだ。そしたら全国優勝も夢じゃない」
「ぜ、全国?!」

 そんな強かったんだ、六角中のテニス部って。全然知らなかった。

「部活の仲間はみんないい奴らだから。麻衣がマネージャーやってくれたらみんな大歓迎だと思うし、麻衣にとってもかけがえのない仲間になるんじゃないかと思うんだ」

 サエは言う。きっと一人ぼっちでいた私を気にしての言葉だ。少し勇気がいるけれど、きっとこの一歩を踏み出したら、私の孤独な六角中での生活が、180度変わるような気がして。

「……マネージャー、やりたい。やらせてください」
「えっ、即決?!嬉しいけど」
「うん。きっとテニス部のマネージャーやらせてもらえたら、卒業する時に六角中に来て良かった、って心から思える気がするから」

 そう伝えると、サエはとても嬉しそうな顔で笑った。どこか14才という年齢の割に大人っぽい雰囲気を醸し出していた彼だったけれど、今のサエは年相応に見える。

「――よし。じゃ、今から部室行こう」
「えっ、今から?!」
「みんなに紹介するよ。あと入部届も書いてもらわなきゃ。ついてきて」

 サエは私の手首を掴むと、軽く引っ張りながらテニス部の部室の方向へ歩き始めたので、私も慌てて彼の背中を追った。これが、私の中学生活最後にして最高の1年の幕開けとなった。

Fin.
2021.11.27
続きそうで続かないよ(^^)