今日は世間で言うクリスマスイブ。そんな日に、どうして俺は残業なんてしているのか。そうか、社会人になったら、クリスマスイブはイブなんかじゃなくて、単なる12月24日なのか。去年のクリスマスイブは、卒論を提出し終えたそのままのテンションでゼミのみんなで飲んで、そして、同じゼミの後輩だった麻衣ちゃんを家に送るついでに告白をして、そのまま彼女のアパートでしあわせなクリスマスを過ごしたというのに。
やっと仕事から解放された俺は、急いで自分のアパートに戻る。今頃麻衣ちゃんは俺の部屋で、料理を作って待っている。だって、今日はクリスマスイブでもあり、俺達がつきあってちょうど1年の記念日でもあるのだから。麻衣ちゃんにはもちろん連絡をしているけれど、それでも俺は全力で急いで家に帰らなければいけない。
「――――ただいま!」
まるで突進するかのようにドアを開けた。しかし、おかえり、という声は聞こえない。もしかして麻衣ちゃん、俺が遅くなったから怒ってる……とか?慌てて靴を脱いで部屋に入る。すると、その声が聞こえない原因がわかった。
「あー……なるほどなるほど」
ソファの上で、エプロンをつけたままの麻衣ちゃんはそれはそれは安らかな寝息を立てていた。いつ見ても麻衣ちゃんの寝顔は可愛い。起きているときはどっちかというとキレイ系なのに、寝顔になると一気にあどけなさが出てくる。そのギャップに俺は弱い。
コートをかけてネクタイを緩めると、そのまま俺は麻衣ちゃんの眠っているソファの前の床に座り込んだ。気づけば髪に手が伸びていて彼女の頭を撫でる。相変わらずサラサラした髪だ。そして、よくよく彼女の寝顔を観察してみると、気づいてしまった。目じりに、少しだけ、泣いたような痕跡。
俺の部屋で俺を待っている間、麻衣ちゃんが何を考えていたのか、俺にはわからない。しかし、普段彼女は、さびしい、とかそういったことを口に出さないから、俺もそんな彼女に甘えていたのは確かだ。
普通に考えて、クリスマスイブ、そしてつきあって1周年の記念日に、はりきって料理を作って待っていたというのに、なかなか恋人が帰ってこない。街はこんなにカップルであふれてイルミネーションもきれいなのに、自分はひとり。
やっぱ、さびしい思いさせちゃったよなー……。
だが、仕事は仕事だ。社会人1年目の俺は、仕事より彼女との時間を優先させるわけにはいかない。麻衣ちゃんもそのことをわかっているから、きっと、わがままを言ったりしないのだ。
そう思うと、目の前の存在がとても愛おしく思えてくる。起こすのはかわいそうだけれど、あと1時間ちょっとでイブ、そして俺達の記念日は終わってしまう。そして、テーブルの上の料理もどんどん冷めてしまう。
「麻衣ちゃん、麻衣ちゃん」
「……ん、」
「俺、帰ってきたよ」
「……え、あ、……きよすみくん……?」
半分寝ぼけたままの麻衣ちゃんは、瞼を重たそうに持ち上げて俺の顔を確認したかと思えば、飛び起きた。
「清純くん!ごめんね、私寝てたみたい…」
「いいんだよ。待ちくたびれたでしょ? 謝るのは俺のほうだって」
「ううん、仕事だし、仕方ないよ」
麻衣ちゃんはいかにも、ものわかりのいい彼女です、というような笑顔を浮かべる。もう、そんな顔したって俺の目はごまかせないよ?
「でも、さびしかったのは嘘じゃないだろ」
「え?」
「顔見たらわかるよ。たまにはわがまま言ったり甘えてくれたっていいのに」
「んー……でも、逆にわがままの言い方とか甘え方とか、わかんないんだよね……」
麻衣ちゃんが過去にどんな男の子とつきあってきたのかは、実はあまり詳しく聞いたことがない。でもその元彼さんたちは、君に甘えることも教えてくれなかったのかい?
「麻衣ちゃんが今、俺にいちばんしてほしいことを言えばいい。どう?簡単だろ?」
「清純くんに、今、いちばんしてほしいこと……」
「うん」
「……あ、そうだ、じゃ、キスして?」
予想外の台詞に思わず固まった。まさか彼女からそんな言葉が聞けるなんて。この1年、いつもキスもその先も、きっかけは俺からだった。こんな積極的な麻衣ちゃんははじめてだ。
「清純くん待ってる間、ドラマ見てたんだけど、そのキスシーン見てたらキスしたいなって思って」
単純かな、と笑いかける彼女に、わざと、少し物足りない触れるだけのキスをする。
「……これで足りる?」
「――清純くんってさ、ほんと意地悪だよね」
「嘘。冗談だよ」
そのままソファの上に乗って、彼女を押し倒しながら今度はもっともっと深い口づけをする。いつもなら「ごはん冷めるよ」なんて話題をそらすのに、意外にも今日の彼女はそれを抵抗せずに受け入れる。そんな間にも彼女が腕によりをかけて作ったテーブルの上の料理は、どんどん冷えていく。
「……どうしよ、先にごはんにしたほうがいい?」
逆に俺からそう問うと、俺の腕の中の彼女は、「後でレンジでチンすれば大丈夫」と笑った。――よし、今日だけは甘えっこな麻衣ちゃんのクリスマスに、たくさんの愛をプレゼントしよう。
Fin.
2009.12.24
Happy Merry Christmas!
