「ユウくん、アタシのこと好きなフリせんでもええんやで」
部活が終わりいつものように小春と2人で下校していた時だ。突然小春にそんなことを言われ、戸惑った。いや、好きなフリ言われても、俺が好きなんはマジで小春やし。一心同体少女隊修行を始めてから、いつでも俺らは一緒で、俺の一番は小春や。
「小春、俺、小春のことホンマに好きやで?フリなんかちゃう」
「確かにユウくんはアタシのこと好きやと思うけど。それって恋愛の『好き』とちゃうやろ」
「!」
「ホモのフリせんでええよ、ユウくん」
そう言う小春は俺に向かって軽くウインクをする。さすが小春、めっちゃ可愛え。そう思う俺は、つい最近まで自分でも俺マジでホモなんちゃうかと思っていたけれど、本当は小春の言わんとしていることに気づいている。後ろの席の支倉麻衣。アイツのせいや。
前後の席の関係だと、掃除当番が同じ班になるのだが、最後のゴミ捨てのジャンケンでヤツは負けた。ただ、その日だけやたらゴミが多く、支倉1人では運びきれない量だったから、見かねて手伝ってみたのは気まぐれだった。
「しゃーないな」
「えっ、手伝ってくれるん?!」
「……無駄口叩いてる暇あったら早よ行くで」
「わ、一氏くん、ほんまにありがとう!」
礼を言う支倉の満面の笑顔を見た瞬間、俺の中で何かが弾かれたような感覚があった。それからだ、女子を見ても今まで何とも思わなかったのに、支倉だけは。一番傍にいる小春が、そんな俺の変化に一番最初に気づいていた。せやから小春は、ホモのフリせんでええよ、なんて言うたんや。
*
木下藤吉郎祭と言う名の文化祭の最後に、3年生はフォークダンスを踊ることになっている。面倒くさいが全員参加ということで仕方がない。小春と踊れるんやったらええのにな、とは思うが、小春もさすがに生物学的に男子だ、俺と同じ男子側でダンスをすることになっていて、それは叶わなかった。
「小春ぅ〜〜!俺はお前と踊りたかったで……」
「ワガママ言わんの。それよりユウくん、アタシよりもっと一緒に踊りたい子がおるやろ?」
支倉ちゃんとか。と、語尾にハートをつけたような声で小春は俺の耳元で囁く。
「な、ななな何言うてんねん!」
「ホンマに素直やないんやからぁ。支倉ちゃん可愛えから他の男子もまあまあ狙っとるらしいで?ユウくんがシャイなんは知ってるけど、自分から行かんと誰かに取られてまうよ?」
ほなまたね、と小春は俺の隣から去って、フォークダンスのために指定された位置に戻っていく。俺も俺で位置に着くと、文化祭実行委員からアナウンスが入る。
「最後は3年生によるフォークダンスです。……」
そして、そのアナウンスが終わった後、例の陽気な音楽がグラウンド中に響く音量で流れ始めた。オクラホマミキサー。あまりやる気がしないまま、最初のペアとなる女子の手を取った。──やっぱり、何とも思わへん。
前にプリントを回したときに、一瞬だけ支倉と指と指が触れたことがあった。あの時は自分でも信じられないくらい、全身が熱くなったというのに。
もう何人と同じステップを踏みながら踊り続けただろう。早よ終わってくれ。少し疲れてきた時、不意に俺の視界にヤツは現れた。3人先に、支倉がいる。そう認識した途端に、早よ終わってくれと思っていた気持ちが一瞬で消えたのを感じて、そんな自分自身に呆れる。
たった4小節ごとにペアが変わっていくのだ、あっという間にくるくると隣にいる女子は移り変わっていって。そして、ついに俺の隣に支倉がいる。
「ひ、とうじくん、よろしく」
支倉の声は少し上擦っていた。何や、もしかしてコイツも緊張しとるんか?そう思いながら彼女の背後から手を取った瞬間、彼女の耳と頬が一気に赤く染まっていく。
──何やねん、ホンマ。そんなん見たらこっちも意識してまうやろが。
休み時間、俺が小春の席に行くたびに支倉からの視線は薄々感じていた。だから、もしかしたらコイツも俺のこと、とは思っていたが。
右斜め下から視線を感じて目をやると、支倉は赤い顔で俺の顔を見つめていて、目が合った。情けないが、きっと俺もコイツと同じくらい赤い顔をしているのだろう。他の女子と手を繋いでも何とも思わへんかったのに、何で支倉にだけこない反応せなあかんのや。
否、理由は知っている。
認めるのが癪だっただけだ。
俺は、支倉麻衣のことが好きらしい。
*
文化祭が終わって、いつも通り小春と帰ろうと思い、しばらく姿を探してみたが見つからない。浮気か。その代わり、後ろから声をかけられる。
「一氏くん」
「……何や」
「……今から聞くこと、先に金色くんに聞いてん。そしたら『直接ユウくんに聞いてみたら』って言われて」
支倉は蚊の鳴くような声で俯きながらそう言ったので、なんとなく色々察した。小春を探している間に他の生徒はもう帰ってしまい、教室には2人だけだ。
「──他の女の子とフォークダンス踊ってる時、一氏くんいつも通りやったけど、私の時だけめっちゃ赤なったの、何で?」
何で、て。
どう考えても理由なんて1つしかあらへんやろ。
だが、目の前の支倉は不安げな顔をしている。支倉にここまで勇気出させておいて、何も言わへんのも男がすたる。しゃあないな。絶対一回しか言わんからな。耳の穴かっぽじって良う聞いとき。
「そんなんお前のことが好きやからや、ドアホ」
Fin.
2021.11.11