あまのじゃく

 好きな人の好きな人が男の子だなんて、なんて不毛な恋。目の前でいちゃいちゃされても、相手が男の子ではやきもちをやくにもやけない。今日はユウジといっしょに日直で、夕方の教室にふたりきり。シチュエーションとしては最高なはずなのに、なぜだろう、左胸の深いところがきりきりと痛い。

「ユウジ……窓の外ばっか見てるんやったら手伝ってくれてもええやん」

 日誌を書く手はそのままに、窓枠に寄りかかったまま外を眺めているユウジの背中を見つめる。 私の声は聞こえてすらいないらしい。

「もう、ユウジ、聞こえとんのやろ?」
「小春……めっちゃかわいい」
「は?」
「こっからテニスコート見えんねん」

 いまいち噛み合わない会話に思わず脱力する。ユウジはずっと小春ばかり見つめていて、私の日誌を手伝う気が全くないというのはその背中から伝わってきた。なのに、さらにユウジから直接「日誌やったら手伝わへんで」とのダメ押しの一言。

「俺はさっき黒板消したからな」
「ケチー…」
「何でケチになんねん。朝、分担したやろ。日誌はお前、黒板は俺」
「……せやけど。黒板なんて消すだけやん」
「それ言うたら日誌かて書くだけやん」

 全くもってそれは正論だった。それはわかっているけれど、なんとなく悔しい。本当は日誌を手伝ってもらうというのが目的なのではなかった。私の胸は、さらにきりきりする。ユウジはさっきからずっと窓の外ばかりを見て、ちっとも私のほうを振り向いてはくれない。
 ――どうしてこないな男のことを好きになってもうたんやろ……。
 確かにモノマネはうまい。漫才も面白い。実は結構整った顔をしているというのも周知の事実だ。しかし、小春以外には愛想だってそんなに良いわけではない。むしろ、私を含めて女子は結構適当にあしらわれているような気もする。マイナスな点を挙げようと思えば、いくらでも挙げられる。
 それでも、たまに、本当にたまにだけど。ぶっきらぼうにやさしくしてくれる、そんなユウジが好きで、私はそんなユウジの背中をいつも見つめていた。ユウジが私に振り返ることはない。だって、その視線の先には小春がいる。
一瞬でも、こっちを向いてくれたら。一度だけでも、小春より、私のほうを見てくれたら。
 何度そう思ったことかわからないけれど、結局ユウジは一度も私のほうを見たりなんてせずに、今みたいにずっと小春を見つめている。
 さっきからカリカリと日誌を書いていたけれど、なんとなく、手を動かすのも億劫になってペンを投げ出した。望みのない片想いって、こんなに辛いんや。

「麻衣?」

 ペンの音すら聞こえなくなった教室は静寂に包まれる。静けさに異変を感じたのかユウジはやっとこちらを振り返った。ユウジが振り返ってくれたというのに、私の胸の奥のきりきりとした痛みは全く消えてくれない。むしろ、もっともっと、息ができなくなりそうなくらいに、胸が軋む。

「ユウジ、」
「何や…?」
「なぁ、小春もええけど――ちょっとはこっち、見てくれへんの?」

 どうせ望みがないのなら、気持ちを知られたって隠していたって結果は同じだ。それなら、少しでも直球を投げてすっきりしてしまったほうがいい。
 ユウジに真意が伝わるように、ゆっくり、はっきり、そう伝えたつもりだった。ユウジは鈍い男ではないから、私の意図することに気づいたのかその表情がすうっと真顔になる。滅多に見れないユウジの真顔を、かっこいい、なんて心のどこかで思ってしまった私は、本当にあほだ。しかし、そんな真顔のユウジはすぐにその表情を呆れ顔に変えてしまう。

「今、見てるやろ」
「……そないなボケ期待して言うたのとちゃうんやけど」
「ボケてへんわ」
「え?」
「……せやから。ずっと見とるっちゅーねんボケ。お前がニブイだけや」

 ため息まじりにそんなことをのたまうユウジに、私の頭はこんがらがっていく。まさか、そんな。ユウジの言葉を真に受けるとすると、まるでユウジが私のこと、好きみたいやんか。

「……嘘や、信じられへん」
「ほな、信じさせたる」

 間髪入れずに私の言葉にそう答えたユウジは、あっという間に私の頬をその骨ばった手で捉えて、そのまま掠めるように私のファーストキスを奪っていった。

Fin.