――あかん、遅なってもうた。
部活が終わった後、自主練で少し残るつもりが、集中していたのか、気づけばあっという間に予想以上に時間が経過してしまっていた。
慌てて部室に戻る。もう誰もいないはずの部室、なぜか電気がついている。誰や、電気つけっぱなしで帰ったヤツ。電気代無駄やんか。そんなことを思いながらガチャリとドアを開けると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「……寝とる?」
制服姿で机に突っ伏したまま動かない彼女は、うちの部のマネージャー、かつ、俺の大切な恋人だ。部活を引退するまでは、お互いにテニス優先としているが――意図しない形で二人きりになると、少し動揺する。
――制服っちゅーことは着替えたあと部室に戻ってきたんやろな。
枕がわりになっているノートは、公式の日誌ではなく、彼女が個人的に練習メニューや選手の状態などを記録として残しているものだ。彼女に支えられているからこそ戦えているのだということを改めて実感する。
「……起きや。風邪ひくで」
「……ん」
肩をぽんと軽く叩き声をかけてみたが、彼女は鼻に抜けるような声を出すだけで全く起きる様子はない。思ったより眠りが深いようだ。無防備な寝顔が、自分の中の庇護欲と、それとは真逆の独占欲を刺激する。
少し屈んで彼女の寝顔を眺めながら、右手の人差し指で彼女の頬をそっとなぞる。そしてそのまま、人差し指を彼女の唇へ。
「……あんまり起きんと、ちゅーすんで」
言いながら、自分の脈が速くなっていくのを感じた。惚れた欲目かもしれないが――寝顔、可愛すぎちゃうか。今ここに俺しかいなくて良かった。こんな寝顔を他の部員に見せられたら、たまったものではない。寝込みを襲うようなことはしたくないが、彼女の可愛さを前に、理性が少しずつ働かなくなる。
そっと彼女の前髪をかき分けて、そのまま唇と唇を重ねる。彼女とのキスははじめてではないが、まだ、数回目だ。さすがに彼女も、唇に何かが触れた違和感を感じたのか、目が覚めたようだ。
「し、らいし……?」
「……二人の時は何て呼ぶんやった?」
身体を起こした彼女の頬は真っ赤になっている。寝起きではっきりとしていなかった意識も、そんな質問のせいで覚醒したようで、彼女は恥ずかしそうに俺の下の名前を紡いだ。
「……部室で居眠りはあかんで」
「ごめんなさい」
「今日は俺だけやからええけど。他の部員に寝顔見せんといてや」
「えっ、そっちの意味?」
「麻衣と付き合うまで気づかへんかったけど、俺、意外と独占欲強いらしいわ」
そう言うと、彼女は一瞬きょとんとしたが、そのあと嬉しそうに笑った。
「私もいっしょだよ」
「?」
「蔵と一緒に帰りたかったから、部室で待ってたの。これって『独占欲強い』ってやつでしょ?」
ドヤ顔でそう言う彼女に、それはたぶんズレている、とは言えず「そうかもしれへんなぁ」と言葉を濁す。なあ、それは独占欲やなくて、単純に俺のこと好きなだけやで。
Fin.
2022.3.7