ロマンチスト・エゴイスト

 マネージャーである支倉が謙也を好きだったことには、気づいていた。彼女自身は、恋愛の話題になるといつも言葉を濁していて、好きな人おるん?なんて聞かれても、おらんよ、という回答を貫いていた。では何故俺が彼女の気持ちに気づいてしまったのか、それは、俺自身が彼女のことを特別に観察してしまっているからなのだろう。

「なぁ、白石、俺、彼女できてん」
「え、ほんまなん?」
「おん。去年同じクラスやった子やねんけど」

 謙也は照れた顔で俺にそんな報告をしてきた。謙也に彼女ができたと知って、一番に思い浮かべたのはマネージャーのことだった。
 彼女がこの事実を知ったら――人知れず傷ついて、せやけど、きっとそんなこと微塵も悟らせずに笑てるんやろな。

「白石、お疲れさま。日誌書いといた」
「ん。おおきに」

 その日は部活後に顧問のオサムちゃんとミーティングをしていたが、終わった後に部室に戻ると、まだ彼女が残っていた。いつもと変わらない会話。いつもと変わらない彼女の様子。ただ、意地悪な俺は、少し突いてみたくなった。

「なぁ、謙也、彼女できたらしいで」
「うん、知ってる」
「自分、情報早いな」
「だって謙也にずっと相談されてたもん。『女子の気持ちわからんから、助けてくれ』って」

 ――うわ。エグいな、謙也。
 彼女は何の感情も乗せずに淡々とそう言うが、好きな男から好きな女の子の恋の相談をされる彼女の気持ちを考えたら、俺の方が少し苦しくなった。けれど、彼女は人間ができているし優しいから、きっと親身になって謙也とその子が上手くいくようにアドバイスしたのだろう。

「……そら、なかなかしんどかったやろ。エラいな」

 何と言っていいかわからず、とりあえず思った感想だけをそう呟く。彼女はそんな俺の言葉に目を見開いた。

「えっ、白石、もしかして」
「……俺は部長やから気づいてもうただけで、他のみんなは、謙也も含めて、知らんと思うから安心しぃや」
「……はは。さすがだなぁ、四天宝寺の部長さんは」

 彼女は眉をハの字にして困ったように笑っている。彼女は、辛い時も弱音を吐かずに、俺たちを笑顔で支える敏腕マネージャーだ。だが、俺はそんな彼女の笑顔の能面の下に隠れた本音や本当の表情が見たいし、そんな彼女を支える存在でありたい。

「俺しかおらんし、無理して笑わんでええよ」
「……白石の前で泣くのも恥ずかしいよ」
「こうすれば泣き顔も見えへんから」

 失恋後のボロボロの状態につけ込んで、というのは好きではないが――彼女は、こんなに気丈に振る舞ってはいるけれども、本当は立っているのもやっとなのではと思ってしまって、思わずその身体をそっと抱き寄せてしまった。制服のカッターシャツの肩口にちょうど彼女の顔が当たる。

「うわー、白石のファンにバレたら殺されそう」
「冗談言うとる場合か。声震えてんで」
「うん……」
「よう頑張ったな」

 そう言うと、俺の腕の中で彼女は震えながら、時折控えめに嗚咽を漏らした。制服のシャツが彼女の涙で濡れていき、自分の肌にシャツの布が張り付くのを、やけにリアルに感じた。
 今は謙也を好きなままでいい。俺のことを好きになってくれなんて言わない。ただ、いつも周りのことばかり考えて弱さを見せられない彼女の、唯一の拠り所になれたら。そう思う俺は、エゴイストなのだろうか。

Fin.
2021.12.30