クロワッサンとコーヒー

 朝の情報番組をぼーっと見ていたら、美味しそうなクロワッサンのお店が紹介されていた。蔵は、そんな私の前に、結婚祝いで頂いたマリアージュフレールの茶葉で淹れてくれた紅茶を置く。あ、良い香り。

「気になるん?その店」
「うん。美味しそう」
「どこにあるん?」
「たぶんうちの近所だよ」
「ほな、今日はきっとテレビのせいで混むからアレやけど、来週でも行ってみよか?」

 土曜日の朝だというのに、しっかり7時に起きた私を見て、先に起きていた蔵は「クロワッサンパワーはすごいな」と笑った。人気のお店で、朝から並ばないとお昼には完売してしまうらしい。
 2人とも朝ごはんは食べずに、外に出られるように身支度を整える。お店は午前9時オープン。きっとクロワッサンが私たちの朝食になる。
 お店までは徒歩15分程度。11月も下旬、外はすっかり冬の空気だ。朝は特に冷えていて、外に出るなり寒さで眠気が飛んでいった。

「寒いやろ」

 蔵はそう言って、自然と私の手に自分の手を絡める。手袋はわざとしてこなかった。こうやって蔵と手を繋いで歩くのが好きだから。もしかしたら、蔵はそんなのも全部お見通しなのかもしれないけど。

 そして、お店の前に着いたのは開店5分前。なのに既に行列ができていた。私たちの前に5組くらいが並んでいる。

「やっぱり人気なんだね」
「せやな。けど、今から並んどったらさすがに売り切れることはなさそうや」
「……寒い中、並ぶの付き合わせちゃってごめんね」
「何遠慮してんねん。俺ら、家族なんやで?」

 家族。そんな言葉に、まだまだ新婚のせいか、どきっとしてしまう。そうだ、隣にいるこの人は、もう恋人ではなく、夫であり、家族なのだ。
 ふと、お店のドアが開き、CLOSEDに裏返されていた看板がOPENに変わる。ついに開店だ。一度にお店に入れるのは2組まで。私たちがお店に入れたのは、結局そこから10分後だった。

「美味しそう!」
「はは。良かったな」

 家に帰ってきて、買ってきたクロワッサンを大きなお皿の上に並べる。プレーン、チョコ、クリーム、黒蜜きなこ。見ているだけで幸せだ。
 そんな私の様子を蔵はニコニコと見つめながら、キッチンで何か作業をしている。ふとコーヒーの香りが漂ってきた。きっとクロワッサンに合わせて、今日はコーヒーを淹れてくれているのだ。
 スマホアプリでクロワッサンの撮影を一通り終わらせたタイミングで、蔵はコーヒーカップを2つ運んできてくれた。ダイニングテーブルに並ぶクロワッサンとコーヒー。これが私たちの今日の朝食だ。

「好きなやつ選び」
「……プレーン以外がいいな」

 きっとプレーンは蔵が食べるから。

「ほんまにうちの奥さんはええ奥さんやなぁ」

 テーブルを挟んで向かいに座る蔵は、そう言いながら、プレーンのクロワッサンを取り皿の上に載せた。そんなのお互い様だ、健康に気を遣っている蔵は、本当はプロテインだったり、和定食みたいな朝食が食べたいはずなのに、私に合わせて、あろうことかクロワッサンというハイカロリーな朝食に付き合ってくれている。
 ああ、やっぱり好きだなぁ。この人と結婚できて良かった。そう思いながら、蔵が用意してくれたコーヒーカップに指をかけた。

Fin.
2021.11.22