わたしと彼は、保健委員

 保健室の先生が出張でいないため、保健委員の白石と私は留守を預かっていた。具体的に何をするのかというと、昼休みに保健室で待機して、怪我や病気の生徒が現れたら、自分たちのできる範囲で手当てをする。そして、自分たちのキャパシティを超える事態が起こったら、即職員室に内線で電話をかけて、先生に知らせる。そんなお仕事だ。報酬としては、先生が出張先のおみやげを私たちに買ってきてくれるらしい。

「……暇やなあ」
「ええことやん。怪我人も病人もおらんっちゅーことやねんから」
「それはその通りやねんけど。せっかく昼休みつぶして仕事してんねんから、どうせやったらちゃんと忙しいほうがいいやん。こんなに暇やったら、私たちここにおらんでもええなあって思って」

 ため息まじりの私とは裏腹に、白石はとてもさわやかに言う。

「俺は、個人的にも暇なほうが嬉しいなあ思ってんねんけどな。なぁ麻衣、」
「何?」
「――俺ら、今、ふたりっきりなんやで。こんなんめったにない機会やろ?」

 その含みのある言い方に私の頬は一気に熱を帯びた。白石と私は、実は保健委員という関係以外にもっと大切なつながりをもっている。そう、私たちは実は恋人どうしなのだ。しかし、そのことが公になるといろいろ面倒なことになるのは目に見えているから、周りには秘密にしている。だから、いっしょに登下校することもしないし、デートだっていつもこそこそとしている。白石――いや、蔵に思いきり甘えられるのは、たまにふたりきりになるときだけなのだ。

「顔、赤いで。あかんなぁ、やらしーこと考えたんやろ」
「なっ…!あほちゃう!今は保健委員の仕事中やし、そもそもここは学校やで?!」
「はは。わかってるて。冗談や。今日は真面目に仕事せんとな」

 反論すると、意外にも蔵はすぐにいつもの「保健委員の白石くん」状態に戻ってしまった。包帯や体温計などの備品を整理する蔵の後ろ姿を眺めながら、なんとなく心にもやもやが残る。
 ――別にやらしいこと考えるとかそういうわけやないけど――そう前置きしながらも、さっきの“ふたりきり”という言葉がやけに耳に残っていた。本当はいつだって蔵の手に触れていたいし、抱きしめてほしいし、キスだってしたい。そんな欲求をいつも我慢していたのに、蔵がさっき変なことを言ってくれたせいで、なんだかドキドキしてしまう。なのに蔵だけはすぐにいつも通りに戻ってしまった。どうして私だけドキドキしなければならないのだろう。
 背中を見つめる視線を感じたのか、ふいに蔵はこちらを振り返る。

「……何や麻衣、やっぱり物足りひんような顔しとるなあ」
「へ?!」
「顔に『キスしてほしい』って書いてあるで」

 ――そんなん書いてあるわけないやん!そう反論したいのに、いつの間にか蔵は私の目の前に立っていて、そのまま私の顔に自分の顔を近づける。蔵の瞳に自分が映ってしまいそうなくらいの距離には降参するしかない。

「……蔵はなんでそない平気そうなん?私だけドキドキしてるなんて、ずるい」
「麻衣には俺がドキドキしてるように見えへん?」
「……見えへん」
「そら、もうちょっと目養わなあかんで」

 蔵はやさしく微笑みながら私の手を取ると、そのまま自分の左胸へともっていく。制服のカッターシャツ越しに彼の心臓が規則正しく動いているのを感じた。思わず蔵の顔を見ると、視線がちょうどぶつかった。

「――物足りひんのはほんまは俺のほうや。保健委員の仕事せなあかんことはわかってるんやけどな。せやけど、ふたりきりになったら――やっぱり我慢できひん」
「そんなん言われても、いつ人来るかわからへんやん……」
「どうせ誰も来ぉへんて。来たらすぐ離れればええだけや」

 せやから、な?――なんていつもより甘い声でおねだりされてしまえば、もう反論できるはずもなかった。仕方なく瞳を閉じればすぐに蔵からのとろけるようなキスが降ってきて、一瞬にして私の脳内からはここが昼休みの保健室だということも今は保健委員の仕事中だということもすっかり消え去ってしまった。

Fin.
2011.8.19
title by 確かに恋だった