同じゼミの精市と付き合っていることは、先輩達や同期には報告していない。なんとなくゼミ内カップルが誕生したなんて気恥ずかしいし、みんなに気を遣わせるような気がして。
私たちが所属するゼミは毎回懇親会があって、私たち3年生と先輩の4年生で、ゼミ後に大学近くの居酒屋で飲むのが定番になっている。いつものお店の、いつもの角の掘りごたつの席。今日の懇親会は、就活やバイトでの欠席の人もいるから、先輩と同期合わせてちょうど10人だった。席は適当に決められて、私は一番角の席、そして隣は4年生の男の先輩になった。そして精市は、私の斜め向かいで、同期の男子と4年生の女の先輩に挟まれている。
「支倉さん、今日ゼミの発表めちゃくちゃ良かったよ」
「ほんとですか?ありがとうございます!」
隣に座る先輩はそう言ってくれて、とても嬉しい。今日は私が発表担当だった。斜め前に座る精市は、彼の左右にいる同期と先輩と別の話題で盛り上がっている。こうしていると、この人は本当に私の彼氏なんだろうか、とまるで実感がわかない。何せみんなの前では付き合っていることを隠しているのだから、当たり前といえば当たり前だけど。
実は今回の発表にあたり、精市にたくさんアドバイスをもらっていた。だから、発表がうまくいったのは精市のおかげなのだ。でもここで「精市のおかげです」なんて言えない私は、素直にその褒め言葉を受け止めるしかない。そして端の席の私は、向かいの席の同期の男子が私と話してくれない以上、隣の席の先輩と会話するよりほかない。そのまま先輩と会話をしていたのだけれど――自意識過剰でなければ――たぶん先輩は私に好意を持ってくれていて。最初はゼミの発表の話だったのに、いつの間にやら先輩は、私のことを「可愛い」とかなんだとか言って、軽いボディタッチをしてくる。好きな人に触られるのは嬉しいけれど、そうではない人に肩や頬や髪に触れられるのはなんとなくゾワゾワする。それでも、相手は先輩だ、異性としては置いておいて、人間としてはとても好きだし尊敬している。どうしよう。
ちらり、とこっそり精市のほうに視線を送ったけれど、精市は全くこちらの様子に気づいてくれない。もう、彼女のピンチなんだから助けてよ、精市。
そんなとき、テーブルの上に伏せておいたスマホが震えた。非通知設定の電話だ。
「あ、す、すみません……!非通知の電話が――」
非通知の電話。就活を経験した人はそのワードがどれだけ重要なものかを知っている。
「それは早く出なきゃ。ここじゃうるさいから外で出たほうがいいよ」
先輩は真っ当なアドバイスをくれて、私が店の外に出やすいように避けてくれた。もしかしてこの前エントリーシートを送った会社のインターンシップに受かったのかな。私の慌てた様子に他のゼミ生も気づいて、みんな視線でエールを送ってくれている。
「はい、支倉です」
お店の外に移動しながら電話に出たけれど、電話の向こうは無言だった。もしかして電波が悪いのかな?どうしよう、大事な電話かもしれないのに。非通知だからこちらから掛け直せないし。でも、結局数分待ったけれど、電話の先の人はずっと無言だったから、きっといたずら電話か――もし就活関連の電話だとしたら、きっとこの会社とはご縁がなかったのだ。そう諦めて、またみんなのいる掘りごたつに戻る。
「支倉さん、どうだった?!」
他の先輩たちもみんな私の電話――つまり就活の結果を気にしてくれている。私は首を横に振った。
「電波が悪かったのか、繋がらなくって……」
「……き、きっとまたかかってくるって」
「そうだよ、大丈夫だよ」
落ち込んでいる私に、先輩や同期はぎこちない励ましの言葉をかける。そんな中、精市は言った。
「単純に、いたずら電話だったかもしれないしね」
と、目が合った精市は、やけにキレイに微笑んでいたから、私は一瞬で全てを理解した。――なるほど。そういうことか。
*
飲み会の後、解散したフリをして、そのままいつもの待ち合わせ場所で精市と再合流する。今日はこのまま精市の部屋にお泊まりの予定だ。
「――さっきの電話、精市がかけたんでしょ?」
「よくわかったね。俺が非通知でかけたよ。どこかの誰かさんが先輩のボディタッチに困ってそうだったから助けてあげようと思ってね」
並んで歩きながらそう言う精市は、たぶん怒っている。怒っている理由は想像できた。
「何で、麻衣も大人しく触られてるのかな」
「だ、だって先輩だし、無碍にできないよ」
「……ふーん。そう」
「でも、助けてくれてありがとう」
私より背の高い精市の顔を見上げてそう言うと、精市は逆に私の視線まで降りてくるように少し屈んで、私の右頬をその大きな左手で包む。
「……麻衣に触れていいのは俺だけだから」
「……!」
「ずっと隠してたけど、公表しようか。俺たちが付き合ってること」
そのまま精市は、私の右頬から私の右手にその手を移動させて、指を絡めると、精市のコートのポケットにそのまま突っ込んだ。淡白そうに見えて、精市って、意外と独占欲あるんだな。そう思ったら、なんだか隣にいるこの恋人がとても可愛くて、愛おしくて。思わず口元が緩んでしまった。
Fin.
2021.12.14