「やっぱり仁王くんはモテるね」
告白してきた女子が教室から去った途端に教室を訪れた支倉に、柄にもなく驚いた。
「いつからおったんじゃ」
「えっと……仁王くんが『好きです』って言われて困った顔してるところくらいから、かなあ」
あ、忘れもの取りに来ただけで覗くつもりとかじゃなかったんだけどね!ごめんね!
慌てて支倉はそう付け足して、両手をぶんぶんと振る。
「でも、びっくりした。仁王くん、いつ彼女できたの?」
「……嘘じゃ」
「なんだ、やっぱり嘘か」
「そうでも言わんと相手が納得せんからのう」
今までテニスを理由に告白を断ってきた俺だが、部活を引退すると断るうまい理由が見つからない。
「気持ちは嬉しいが、彼女がいるからお前さんとはつきあえない」というのは適当についた嘘だった。別に告白してきた女子のことを嫌いなわけじゃない。ただ、俺は彼女のことを恋愛対象として好きなわけではない。納得してくれる断り方は、やはりこれしかなかった。変に「好きな人がいる」で止めてしまうと、まだ相手とつきあっていないということから変に期待させてしまうかもしれないからだ。
「なんかそのセリフ、告白され慣れてる人って感じ。いいなあ」
「別に何も良くないぜよ」
「だって、誰かが自分のこと好きになってくれるなんて普通めったにないことだもん。ちょっとはそういうの憧れるよ」
支倉の目はキラキラとしていた。恋に夢を見ている少女の瞳だ。
現実はそう甘いものではないというのに。
「……確かに自分の好きな人に好きと言われることに憧れるのはわかるの。じゃが、恋愛対象として好きと思ってない人間に好きと言われるのは、そんなに良いものじゃないぜよ。断るときに心苦しくなるだけじゃ」
「そんなもんなのかな?」
「自分が恋愛対象として好きと思っているわけではない人間から好かれて、本当に好いとう人間には相手にされんというのも結構キツイもんじゃ」
そう言うと同時に、支倉の瞳が、少しだけ潤んだような気がした。
「そっか、仁王くん、好きな人いるんだね」
「ああ」
「そっか――私も失恋しちゃったな」
その言葉に、思わず目を見開く。無理をして笑顔を作ってます、とでも主張したいかのような表情で彼女は言う。
「実は、私も仁王くんのこと好きだったんだ。仁王くん、いつもやさしくしてくれるし、何度かデートに誘ってくれたし、ふたりきりになるといつも意味深なことばっかり言うから、私どうしていいかわかんなかったけど変に期待しちゃって……勘違いしちゃってごめんね」
「支倉……」
「でも仁王くんとは友達としてまた仲良くしたいよ。――これからも友達でいてくれる?」
瞳を潤ませたまま尋ねる支倉を、気付けば、俺は彼女を自分の腕の中に収めていた。
「それは無理ぜよ」
「に、仁王くん…?!」
「……お前さんは何も勘違いしとらん。勘違いしとったのは、俺じゃ」
何度も自分なりに支倉にアプローチしたつもりだったが、それは彼女によって軽く受け流されていた。だから、彼女は俺の気持ちを知っていて、それでいてそんな態度を取っていると思っていた。
しかし、それは違った。
支倉はそんなアプローチにすらどう対応していいかわからないほど、恋愛に対して不慣れだったのだ。
「俺が期待させるような態度をとる相手は支倉しかおらん。そして、そこまで言われておいて友達に戻るなんて俺にはできん」
「え?」
「言うてる意味わかるか?」
腕の中の支倉が、真っ赤な顔で、俺を見上げる。
「……わかるような気がするけど、合ってるかどうか自信ないから、もうちょっとわかりやすく言って?」
――なかなか、やるのう。
思わず喉の奥からククッと笑いが漏れてしまった。
「なら、究極にわかりやすく言うぜよ。――支倉」
好いとうよ。友達から一歩、先に進まん?
耳元でそう囁くと、支倉は小さく、しかし確実に頷いたから、俺はその熱くなった耳から滑らすようにくちびるにキスをした。
Fin.
2009.9.24