広告宣伝部に異動してもうすぐ一ヶ月。白石さんからの業務引継は、引継資料も的確で、白石さんの説明も超絶わかりやすくて完璧。ただ、私自身の能力不足で、まだまだ引き継ぎ切れていないことも多い。残業も続いており、ゆっくり料理をする時間も取れない。ただ、東京の生活は地方のそれと違い、外食が高すぎる。そんなわけで毎日外で優雅にランチというわけにはいかず、週に二、三回はお弁当を持参していた。といっても、中身はほぼ冷凍食品を詰めただけ。
*
「お昼行ってきます!」
十二時、仕事のキリも良いのでそう告げて、ラウンジに移動しようと立ち上がると、隣の席の白石さんは、モニターから視線をちゃんとこちらに移して「行ってらっしゃい」と言ってくれた。こういう一つ一つが丁寧で優しい白石さん。女性社員から人気がすごいのも、今なら理解できる。そして、そんな女性社員から私が目の敵にされているのも、理解できる……。だって仕事だもの仕方ないじゃない、と言い訳したいが、それでもあの白石さんと毎日隣の席で一緒に仕事ができるというこのシチュエーションが、一部の強火白石ファンにとっては気に入らないようで、陰口を叩かれている。私にばれている時点でもはや『陰口』ではないのかもしれないけれど。だからこそ、早く一人前になって、仕事で証明したい。私はちゃんと仕事を頑張ってるんだ、って。白石さんにキャーキャー言ったり色目遣いしている人たちとは違うんだ、って。
空いている二人掛けのテーブルの片方の椅子に腰を下ろし、持参したお弁当箱を開いた。朝に詰めた冷凍食品たちが、良い感じに解凍されて、食べごろだ。ものすごく美味しい!というわけではないけれど、それなりに美味しい冷凍食品たちを、ひとつずつ頂いていく。そんなとき、ふと目の前に影ができたので思わず顔を上げると――。
「お向かい、相席ええですか?」
「ふぇっ、白石さん!?」
「ハハ。なんちゅー声出してんねん」
「すみません……」
「びっくりさせた俺も俺や。堪忍な。で、ほんまに向かい座ってもええ? ラウンジ、ほぼ満席やねん」
「あ、もちろんです! 大丈夫ですよ。白石さんも今日はこの時間にお昼なんですね」
「ほんまは三十分くらい後にずらしたかってんけど、急遽一時からミーティング入って。今しか昼行けへんやん思て、慌てて出てきてん」
白石さんはそう言うと、おもむろにシンプルな保冷バッグをテーブルの上に載せ、そこからお弁当箱を取り出した。
「白石さんって、お昼、お弁当なんですね」
「毎日ってわけではないけどな。コンビニの時もあれば、外に食べに行く時もあるし」
彼はさらりとそう答えたけれど、私は少しドキドキしていた。白石さんなんて私以上に忙しくてお料理なんてする暇ないだろうし、このお弁当作ったのって、きっと彼女さんだよね? なんだか白石さんのプライベートを意図せず垣間見てしまったようだ。パカリとお弁当箱の蓋が開けられると、そこには色合いも栄養バランスも全てが完璧な中身が詰まっている。うわ、白石さんの彼女さん、さすがは料理上手……! それに比べて私は冷凍食品を詰め込んだだけのシロモノで、白石さんにお弁当箱の中身を見られるのが恥ずかしくなってきた。なのに、白石さんはそんな私の心を抉るように「支倉さんも今日は弁当なんや」なんて訊ねてくる。
「……はい、まあ……毎回外食やコンビニはお金かかるので……」
「それめっちゃわかるわ。って、さっきから何でそない不自然な格好でメシ食うてるん?」
中身がなるべく見られないようにお弁当箱を手で覆いながら食べていたら、ツッコまれてしまった。
「……恥ずかしくてですね」
「?」
「白石さんの彼女さん、すごくお料理上手じゃないですか。お弁当、彩りもキレイだし、バランスも良いし。それに比べて、私のお弁当なんて冷食詰め込んだだけですもん……」
そう伝えると、白石さんは数秒何か考えたような顔をして、その後合点がいったのか、突然ぷっと吹き出して笑い始めた。えっ、何!?
「……支倉さん、オモロいなぁ。いきなり『彼女』とか言い始めるから何やろと思ってんけど。この弁当作ったんは、俺やで」
「えっ!? 白石さんご自身で!?」
「せや。意外やった?」
「いや、お料理も上手そうなイメージありますが……いかんせん白石さん忙しそうでお料理なんてする暇ないのではと……」
「毎日はさすがに無理やけど……毎日外食も飽きてもうて。それに、料理することで意外とストレス解消になったりすんねん。ちゅーわけで、俺の料理、褒めてくれておおきに」
「……は、はい」
白石さん、ご自身で作られたのか、このお弁当……。改めて彼の完璧さを思い知らされる。この人に、欠点とかあるのかな。あるんだろうけど、今のところ私にはわからない。
「支倉さんも、別に隠さんでも。毎日忙しいのに、ちゃんと早起きして弁当作って偉いやん。別に中身が冷食でもええんちゃうの? 冷食開発しとる人に逆に失礼やで」
白石さんのその言葉は、きっと私に自信を持たせるためのもので。私は、お弁当を手で覆って隠すのをやめた。それでも、やっぱり白石さんのお弁当の中身は私のそれよりキラキラと輝いて見える。うん、私ももう少し自炊頑張ってみよう……。そんなことを思うランチタイムだった。
2023.8.12