「白石くんが好きです。付き合ってください」
告白されるのは初めてではないが、未だに少しの緊張と罪悪感を覚える。
「……おおきに。気持ちは嬉しいねんけど」
「ん。わかってる。今はテニスが大事なんやろ。白石くんに告白した子はみんなそうやって断られてるって聞いた。ただ、伝えたかっただけやから」
目の前の彼女はそう微笑んで、聞いてくれてありがとう、と言うと、そのまま踵を返した。そのどんどん小さくなっていく背中を見つめながら思う。
好きな人にちゃんと好きと伝えられるその勇気は、ほんまにすごい。
少なくとも今の俺に、その選択肢は無い。
*
「見〜た〜で〜! お前また告られとったやろ」
「何や、お前ら見とったんか。悪趣味やな」
「あれは三組の山田ちゃんやねぇ。蔵リン、モテモテやわ〜」
「スマン白石。別に盗み見るつもりはあらへんかったんや。ただ、たまたまみんなで体育倉庫の方に備品取りに行ったときに通りかかってもうてな……」
目の前で困った表情をする小石川に何だかこちらが申し訳なくなる。
「ええよ。ただ、みんな、山田サンのことは他言無用やで。噂になったら本人傷つくやろ」
「……せやな。ココだけの話っちゅーことで」
「何や謙也、不貞腐れて。……あ、せや、お前山田さんのこと可愛い言うとったもんな」
「何で俺がちょっと『ええな』思った子はみんな白石に告るねん……世の中の女の子はみんな白石のこと好きなんとちゃうか? まぁ、白石はええ奴やけどな!」
「あら、素直にそう言える謙也クンも相当ええ男やで♡」
「何や小春、浮気か!?」
目の前で同期たちが騒ぐ中で、謙也が冗談で言っていた――世の中の女の子はみんな白石のこと好きなんとちゃうか?――その台詞に心の中で全力でツッコミを入れた。
んなわけあるかい。少なくとも俺の好きな子は、俺以外の人を、一途に思い続けている。
***
「白石〜お前の姉さんって趣味とかあるん?」
「え……趣味ですか? 何やろな、妹とゲームはしてるみたいやけど」
「どんなゲーム?」
「恋愛シミュレーションです。イケメンを落とすやつ」
「めっちゃ斜め上くるな!? ちなみにそれどんなストーリーなん?」
「俺もよう知りませんけど、イケメンたちと無人島に漂着して〜みたいな」
「……ストーリーまで斜め上やんか。ときメモとちゃうんかい」
ハラテツ先輩はそう言いながらも何やらスマホにメモを残しながら俺の話を聞いている。部活後、制服に着替え終わってダラダラとくだらない話をするこの時間。普段の俺はこの時間が好きだった。先輩・同期・後輩とのコミュニケーションも取れるし、単純に楽しい。
ただ、今日に限っては、少し居心地が悪かった。なぜならこの部室の端っこには、俺らの話に耳を傾けながらも、事務仕事を続けている麻衣がいる。
――きっと聞こえてもうてるやろなあ。
マネージャーの麻衣は、ハラテツ先輩に片想いをしている。ただ、そんなハラテツ先輩は、何を思ったか、俺の姉に一目惚れしたらしい。確かに見た目は身内ながら整ってる方とは思う。けど、性格、結構キツイで……!?
ただ、ハラテツ先輩はそんな姉と少しでも距離を縮めたいのか、他の部員に自分の気持ちを隠す様子もなく、俺に色々と姉のことを聞いてくる。質問されたことに答えることくらいは問題ないと思い、知っている範囲で答えてはみたが――その一部始終を麻衣に聞かせてしまっていることで、罪悪感が芽生えた。
「ほな、また明日!」
「お疲れさまです」
三年生の先輩方が先に帰り、その後一・二年の部員が片付けをしてから帰り――そして。
「麻衣、鍵閉めるで。帰れそうか?」
「ホンマにごめん、あと少し……」
「手伝う? 何が残ってるん」
「最後、グリップテープの在庫確認中で。でも大丈夫、もう終わるで!」
「ほんなら、待ってるわ」
麻衣の仕事の様子を見ながらふと思う。部長になってから、麻衣の仕事を終わるのを待つシチュエーションが増えた。四天宝寺は運動部と文化部の兼部が必須なので、マネージャーとして籍を置いている生徒は複数いる。ただ、実際マネージャーとして稼働をしているのは麻衣くらいで、彼女一人に対して仕事量がかなり多くなっているのだ。そしてこれは今に始まったことではなく、きっとハラテツ先輩が部長のときも同じようなことが起きていたはずで。
――俺の知らんとこで、ハラテツ先輩と麻衣だけの時間があったんやろな。
そう思うと、腹の奥底にモヤッとしたものを感じた。ああ、俺、今、嫉妬してるんや。ハラテツ先輩に。
「……終わった。ごめんなぁ白石、また私のせいで遅なってもうたやろ?」
「ええよ。逆に、麻衣一人に負担かけてもうて堪忍な」
「そんなことあらへん。私の仕事が遅いだけやねん」
そう言って麻衣は苦笑する。そんなことあるわけがないのに、彼女は自分を過小評価しているようだ。少なくとも俺が見ている限り、彼女の仕事ぶりはいつもテキパキしていて、正確で丁寧で、サボっている様子など微塵もない。だから、部員はみんな彼女を信頼しているし、おそらく部員同士では話しにくいようなことも、みんな彼女にこっそり相談しており、メンタルケアなどもこなしている。
「もう帰れるで」
「ん。もう遅いし送るわ」
「何や最近白石に送ってもらうこと増えて申し訳ないわ。部長で、ただでさえ忙しいのに……」
「ええよ。駅まで方向大体一緒やろ」
部室の電気を消して鍵を閉めて、いつも通り駐輪場から自転車を出して。そしていつも通り麻衣のカバンを預かり、自分の自転車のカゴに入れる。そしていつも通り麻衣は「カバン、ありがとう」と律儀に礼を言う。
「……今日、すまんかったな」
「ん? 何の話?」
「……姉ちゃんの話。嫌やったやろ」
自転車を押しながらそう言うと、隣を歩く麻衣は、一瞬息を呑んだ。やっぱり聞こえてたんやな。ただ、麻衣は眉を下げて笑った。どこか諦めにも似た表情だった。
「……ううん。白石のお姉さんにはきっと何一つ敵わへんもん。白石のお姉さんの気持ちが一番大事やけど、もしまんざらでもないんやったら、ハラテツ先輩と幸せになってほしい、って思ってる」
「……ホンマに?」
「そら、失恋は悲しいで。せやけど、既にもうハラテツ先輩が白石のお姉さんのことが好きなんは確定事項やん。やから、私は早よ諦めたい。毎日この気持ちがなくなればええのにって思ってるよ」
――そんな悲しいこと言いなや。
麻衣のその言葉になぜか俺の方が切なくなった。好きな子が別の人を好きな気持ちを何故応援したいと思っているのか、俺自身の気持ちもよくわからない。
「……何を言うてんねん」
「へ」
「麻衣がうちの姉ちゃんに敵わへんとか、そないなことあるわけないやろ。麻衣は、真面目やし、優しいし――ええとこいっぱいあるやん」
「……まさか白石にそんなほめてもらえるとは思ってへんかった」
「本心やで」
「……ありがとう。でも見た目だけは変えられへんもん」
「――そら、見た目は人それぞれ好みっちゅーのがあるからアレやけど」
ハラテツ先輩は、どうやら姉のルックスから入ったようなので、それだけはどうしようもない。ただ俺にとっては麻衣だって、というか、麻衣の方が断然可愛いと思うのだが、そんな俺の所感は彼女にとってどうでも良いことなので伏せておく。
「……ハラテツ先輩が部長のときは、先輩とこうやってたまに帰ってたん?」
「うん。たまにな。せやけど……ハラテツ先輩が白石のお姉さんのこと好きになってからは、『送る』言われても断ってた」
「……そうか」
「……これ以上、好きになりたくなかってん。諦められへんくなるやん。そんな拷問みたいなん、嫌やもん」
そう言う彼女の横顔を見ながら、この子はホンマにハラテツ先輩のことが好きなんやな、と改めて実感し、俺の胸がチクリと痛んだ。俺にとっても、こんなん拷問や。
マネージャーの麻衣のことが好きだった。部活で同じ時間を過ごすうちに、その真面目で謙虚でひたむきな性格に惹かれ、気づいたら彼女に友情以上の感情を抱いていた。だからこそ、彼女をよく目で追ってしまっていた自分だからこそ、気づいてしまったのだ――彼女が、ハラテツ先輩に恋をしていることに。
ハラテツ先輩には恩があるし、幸せになってもらいたい。ただ彼が幸せになることは、彼女が不幸になることと等価交換だ。俺は、彼女の不幸を望まない。ただ、彼女が幸せになるならば、俺は、自分の気持ちを墓場まで持っていくしかない。
――「幸せ」が、全然揃わへん。
彼女を幸せにできるのが自分の役目であったら良かったのに。ただ、無理やり振り向いてほしいという気持ちもない。
「……って、白石にとって大事なお姉さんと大事な先輩のことやのに、私の都合で拷問とか言ってもうた。ホンマにごめんなさい」
「ええって。気にせんで」
「ありがとう。白石しか私の気持ち知らん事もあって、つい……。白石も、もし私で良かったら、やけど。何かあったら相談してな?」
「ハハ、おおきに。しばらくそない色気ある相談事はなさそうやけど」
「せやなぁ、白石の恋人は『テニス』やもんな」
「ま、そんなとこや」
――俺は、今日も自分の気持ちを隠し続ける。
to be continued.
2025.5.17