事実は小説よりも奇なり

「随分大きなあくびしとるなぁ」

 油断している時に隣の席の白石くんに突然話しかけられ、びっくりして肩が跳ねた。朝のホームルームの5分前、大口開けてあくびしているところをどうやら見られてしまったらしい。

「……夜更かししちゃって」
「はは。それで寝坊したん?寝癖ついてんで」
「えっ?!」

 ココ、と白石くんは自分の前髪を指差す。そんな白石くんを鏡にして同じ場所の前髪を慌てて押さえた。うわー恥ずかしい。いつもならヘアアイロンでちゃんと直してくるのだけど、寝坊したせいで朝の時間がなくて、手を抜いてしまったのだ。
 対照的に白石くんは朝から爽やかだ。きっと朝練後だというのに、その髪はワックスできちんと整えられている。

「夜更かし、って具体的に何しとったん?」
「撮りだめたドラマ観てたら止まらなくなっちゃって…」
「へえ、何のドラマ?」

 ドラマのタイトルを告げる。よくあるイケメン俳優が主役の胸キュン系のやつだ。

「あー、それ姉貴と妹もめっちゃハマっとるやつ。女の子って、ああいうドラマ、ホンマ好きやな」
「現実世界にあんな胸キュンすること起こらないじゃない?だからドラマでキュンキュンして楽しんでるの」
「ふぅん、そうなんや」

 白石くんは少し含みを持たせたような言い方をするから、なんだか気になってしまう。

「そら、力不足やったなあ。堪忍」
「え?」
「現実世界では胸キュンしてへんのやろ?」
「え?まぁ……」

 え。何、どういうこと?
 本当は胸キュン、してないこともないけれど。席替えのくじで白石くんの隣を引き当てた日から、こっそり毎日胸キュンしているにはしているけれど、まさか本人には言えないし。

「──俺、一応頑張っとるつもりやってんけどな。もっと本気で攻めてかなあかんちゅうことやな」

 ふと、白石くんはそんなふうに呟いた。
 ん?…ん?え?!

「え?!どういうこと?」
「さぁ、どないやろ?」

 からかうように白石くんはそう笑って、そろそろホームルーム始まるで、と話題を変えてしまった。前後の会話の流れから推測するに、勘違いでなければ、もしかして。
 ──ずるい。ずるくないか、白石くん。
 時間差で胸キュンが来てしまった。そんな私の様子を知ってか知らずか、白石くんはいたずらっぽい笑顔を浮かべて、さらにこんなことを言う。

「現実世界もなかなか悪ないって思わせたる。せやから、ドラマもええけど俺のことも見ときや」

 え、え、ちょっと待って……!
 頭が真っ白になっている間に先生が教室に入ってきて、今日の日直が「起立!」と号令をかけた。動揺してつい立ち上がるのが遅れた私を見て、隣の席の白石くんはやっぱり笑っていた。

Fin.
2021.9.14