「麻衣」
「んー?」
呼ばれて振り返ると、カシャ、というシャッター音が鳴る。
「え。ちょ、何してん、蔵!」
「写真撮っただけやで」
「撮っただけ、て!絶対今気ぃ抜けた顔しとったもん、私」
「そこがええんやって。普通に写真撮ったら作りものの笑顔とかピースばっかりになってまうしな。自然体の麻衣が撮りたいねん」
最近雑貨屋さんで手に入れたトイカメラは蔵のお気に入りらしい。それまで蔵は特別写真に興味なんて持ったことはなかったけれど、不二くんと仲良くなってから影響されたようだった。お互い天体観測が好きだったり、植物が好きだったり、なんだかんだでふたりは相性が合っている。と、勝手に私は思っている。ベッドに座っている蔵の横に腰を下ろすと、スプリングが少し軋んだ。
「……はぁ、さっきのどんな写真になってもうたんやろ」
「デジカメちゃうからなー。フィルムやし、現像せんと確認でけへんわ」
「そのフィルム、あと何枚くらい撮れるん?」
「あと1枚や」
「あれ?そのトイカメラ手に入れたん、おとといくらいやなかった?随分撮ったなぁ」
「はは。麻衣に気づかれんようにいっぱい麻衣のこと撮ったからなぁ」
「え、最近何やこそこそ何かしとるなあ思ったら……!盗撮しとったん?!恥ずかし……!」
「そんな恥ずかしがることないやろ?」
「絶対変な顔してるもん。蔵のことやから絶対私の寝顔とかも撮ってる気がする……」
「お、ようわかったなぁ」
「図星なん?!」
そんなやりとりの途中、蔵は、なあ麻衣――と、ワントーン落ち着いた声で私のほうを見る。
「で、最後の1枚やねんけど、せっかくやからツーショット撮りたいねん」
「え?自分撮りみたいな感じで、ってこと?」
「せや。ええかな?」
「ええけど……何や恥ずかしいなぁ」
「別に外とかちゃうし家ん中やで。恥ずかしがる必要ないやん。ほんまシャイやな」
「せやかてバカップルみたいやん……」
「それだけらぶらぶやっちゅーことや。ほな、撮ろか」
蔵は私の腰に左手を回して、カメラを持った右手はそのまま高く掲げる。つきあいはじめてもう何年経ったかわからないくらいなのに、蔵との距離が近くなるといまだに少しどきどきしてしまう。そんな私の顔を見て、蔵はクスっと笑った。
「ほっぺ微妙に赤いで」
「……近いんやもん」
至近距離で見つめ合うと、蔵の瞳の中に吸い込まれそうになった。
そのまましばらく黙っていると、蔵はおもむろに右手を下ろした。
「……あかんなぁ、やっぱり写真やめにしよ」
「え?」
「こない近い距離で見つめあうんやったら、写真撮るより他にすることあるやろ?」
そんなことを言って、蔵は私の頬に軽くキスを落とす。
「……ほんま私達、バカップルやね」
「今にはじまったことやないで」
蔵はそのまま、今度はちゃんと私のくちびるにキスをした。
Fin.