放課後、学年でも可愛いと評判の女の子が白石くんの元を訪れてきて、そのまま白石くんとその子はどこかへと消えていった。残されたのは、空席となった白石くんの机と椅子。
――またや。
また彼は、告白をされている。この空席を見るたびに、私は息の仕方を忘れそうになる。今度こそ、白石くんが告白を受け入れて、彼女ができるのではないか。どうせ実らない片想いだというのは弁えているけれど、好きな人が他の女の子と笑い合っているところを平気な顔して見ていられるほど、図太くもなくて。毎回、そんな想像をしては泣きそうになってしまう。そしてこんな思いをしている女子は、きっと私だけではなく、たくさんいるのだろう。
*
「すまん、遅れてもうて……」
「大丈夫やで。一人でほとんど終わってもうた」
「マジか。ほんまに堪忍……」
遅れて教室に戻ってきた白石くんは私に向かって頭を下げた。保健委員という仕事が、彼と私の数少ない接点だ。事前に『今日委員会遅れそう。すまん』とメッセージが来たので、その時点で、あの女の子からの告白が長引いたんやろなぁ、なんて察する。『今日は掲示用のポスターと保健だよりもらって教室貼るだけやし、一人でも大丈夫やで』と返信したけれど、律儀に三年二組の教室に現れるのが彼らしい。もう、そういうんやめてくれへんかな。もっと好きになってしまって、もっと苦しくなってしまう。
遅刻した理由は聞かなかったけれど、私は察しているし、彼は私が察していることに気づいているので、お互いになんとなく気まずい空気が流れる。
「……あとは、これ、貼ればええんやな。もう掲示板高いとこしか空いてへんし、自分、届かへんやろ? 俺やるで」
白石くんはそのまま『手洗いうがいをしましょう』なんて書かれたA3ポスターを広げて、画鋲で固定していく。この目の前にいる白石くんは、ついにあの女の子の彼氏になってしまったのだろうか。片想いって、ほんまに嫌や。いっそのこと好きにならなきゃ良かったのに。何でこんな一人の男の子にこんなに情緒不安定にさせられなあかんの。
「なぁ、これ曲がってへん? どうやろ」
ポスターの固定を終えた白石くんがこちらを振り返るなんて予想してなかったので、白石くんの背中を見つめながらセンチメンタルになっていた私はばっちりが合ってしまった。わ、だめ、今の顔見られたないのに……! ただ、時すでに遅し。
「えっ、どないした? 目ぇ真っ赤やん」
「いや、花粉症で……」
「花粉症……? 時期ちゃうやろ」
「コンタクトずれたかも?」
「え、さっき花粉症言うてたやん。てかコンタクトやった?」
我ながら、絶望的に嘘下手すぎひん?
「――もしかして、俺、なんかした?」
「……うん」
「え」
「遅刻したやん」
「せやな……。せやけどそんな顔させるほどのこと?」
確かに白石くんが遅刻したという事実だけで、こんな顔するなんて大げさすぎる。ただ、遅刻の背景にある事実を鑑みると、やっぱり白石くんが遅刻したせいや。嘘は言うてへん。……なんて、言われへんけど。
しばらく黙っていると、白石くんはきっと全部察したのだろう。白石くんも大変やな、一日に二人も告白されて。自分のことなのにどこか他人事のように思っていると、彼は言う。
「……俺な、さっきの告白断ってん」
「そうなんや」
「……ずっとテニス理由に断っとったけど、ほんまは好きな子おって」
「……そっか」
わー振られた。白石くん、好きな子おったんやな。どんな子なんやろ。もう何でもええわ。内心自暴自棄になったその時だ。
「その子、同じクラスの保健委員の子やねんけど」
「……へ」
「……遅刻して、すまんかったな」
そう言って、白石くんは優しく笑って、私の頭をくしゃりと撫でた。
Fin.
2023.5.11