宍戸亮に彼女ができたらしいという噂が入ってきた。幼馴染の亮ちゃんに、彼女か。小さい頃からずっと家族ぐるみで一緒に過ごしていると、異性として見たこともないけれど、もうお互いに中学三年、恋の一つや二つする年齢だ。
「……で、あんたは何でそんな普通なの?」
「え、何で、って」
「私、絶対宍戸くんはあんたのことが好きだって思ってたのに! それともあんたが鈍すぎて諦めてついに違う女の子と……」
「何それ、亮ちゃ――じゃなかった、宍戸と私は元々そんなんじゃないよ。宍戸の好きな女の子のタイプ、生意気でボーイッシュな女の子らしいし。そんなの絶対私じゃないじゃん」
「……」
しばらく絶句していた親友は、絞り出すように「やっぱり宍戸くん、他に彼女作って正解……この鈍感女、多分一生待ってても何も気づかないよ……」と頭を抱えている。こらこら、聞こえてるぞ。周りの友達は、亮ちゃんと私が幼馴染なのを知っていて、勝手に私たちをくっつけようとしている。でも、本当に私たちの間に異性のソレはないのだ。
それにしても、亮ちゃんの彼女か。どんな子なんだろ。中学に入ってからそもそも会話する機会も減ったし、会話したとしても恋愛についての話題なんてこれっぽっちも出たことがなかったから、単純に気になる。
「ちなみに、宍戸の彼女って、誰なの?」
「二年の女の子らしいよ。宍戸と彼女がいっしょに帰ってるとこ何回か目撃されてるんだって」
「へー、年下! 意外」
なるほどねー。年下か。ま、何でもいっか。あ、でも今までは、よく亮ちゃんにテスト前に地理とか歴史を教えてもらってたけど、さすがに彼女できたら気軽に亮ちゃんの部屋には行けなくなるのかな。チーズにも、会いにくくなっちゃうな。可愛いのに。
*
「あ、お醤油切らしちゃった。悪いけどスーパーで買ってきてくれる?」
ある日の夕方、お母さんにそう頼まれて、仕方なしに家を出た。スーパーまでは徒歩十分。テクテクと歩いていると、向かいからよく見知った姿が。お散歩中のチーズと、そのリードを持った亮ちゃんだ。学校でもクラスは違うし、亮ちゃんは部活で忙しいから、久しぶりにその姿を見た気がする。亮ちゃんもこちらに気づいたようで、亮ちゃんから声をかけられる。
「お前、こんな時間にどうしたんだよ」
「お母さんが、醤油切らしちゃったからスーパーに買いに行ってこいって」
「……もう結構遅い時間だろ。一緒に行く」
「え、いいの? ありがとう」
「おう」
さらっとそんな会話をし、亮ちゃんと一緒にスーパーへ向かう。それにしても久しぶりに会うチーズは可愛い。チーズも私のことを覚えてくれていて、嬉しそうに尻尾を振っている。
「そういえばさぁ、亮ちゃん、年下の彼女できたの?」
何の脈絡もなくそう問うと、途端に亮ちゃんはブッと吹き出した。
「ちょ、待て、お前それどこ情報?」
「二年の女の子と一緒に帰ってるとこ目撃されてるらしいよ。噂で聞いた」
「……っあー。アレか」
「何だ、心当たりあるんじゃない」
「ちげーよ。あれは長太郎の彼女」
「長太郎、って、鳳くんか」
「そ。長太郎がこの前体調崩した時に、『宍戸さん、すみません! 俺が熱出してる間、代わりに彼女を駅まで送ってって下さい』とか言われてよ。先輩を何だと思ってんだ」
「鳳くん、彼女に過保護……! でもちゃんと送ってあげる亮ちゃんも優しいね」
「まあ、長太郎の彼女とは元から面識あるし」
なぁんだ。亮ちゃん、彼女できたわけじゃなかったんだ。つまんない。でも、なぜか心のどこかでほっとしている自分もいる。
「……お前は、俺に彼女ができたって噂聞いて、何にも思わなかったのかよ」
「え? んー。テスト前に亮ちゃんに地理と歴史を教えてもらいにくくなるのかなとは思ったかな。あと、チーズにも会いにくくなるのかなと……」
「……そこかよ」
亮ちゃんは、呆れた顔でため息をついている。なんか変なこと言ったかな。
「お前、結構残酷だよな」
「残酷? え、何で?」
「ちなみに俺はお前に彼氏ができたら、ぜってー嫌だ」
「……え」
「ちょっとは意味考えて、理解しろバカ」
隣にいる亮ちゃんは、赤い顔をしながら、落ち着かなそうな様子で帽子を被り直した。え、私に彼氏ができたら、亮ちゃんは嫌なの? 何で? 言われた通りその意味を考え――そして、一つの結論に導かれる。昼間の親友が言っていたセリフが、頭の中で反芻される。え、もしかして、亮ちゃん、ほんとに私のこと――? 認識した途端に、一気に身体中の血が沸騰したかのように、全身が熱くなる。
「……ほら、早く醤油買ってこいよ」
気づいたら最寄りのスーパーに着いている。犬と一緒に入店できないので、亮ちゃんとチーズは外で待っていてくれるらしい。私たちの間に異性のソレなんて無い。そう思い込んでいたのは私だけだったようだ。それに気づくと私も亮ちゃんのことを意識してしまって、今まで何で逆にあんなに普通に話したりできていたのかがよくわからない。醤油を買ってレジを抜けた後の帰り道、亮ちゃんと何を話したら良いんだろう。そんな答えのない問いで、ぐるぐると悩んでしまった。
Fin.
2023.5.13