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 唐突に、今話題のジブリの映画を、劇場で観たくなった。レイトショーが安いから、レイトショーで。誰か付き合ってくれる人いないかな、なんて考えた時に、ふと降りてきたのは。

『ちとせ〜今話せる?』
 メッセージを送ると、直ぐに既読がついた。さすがは一人暮らし、大学生、夏休み中。バイト以外の時間は暇を持て余している者同士だ。
『何ね』
『今晩一緒に映画行かない? ジブリ』
『今晩?』
『そ。九時半スタートのやつ』
 そう送ると、一瞬思案したのか一分後くらいに彼からOKのゆるいスタンプが送られてきた。スタンプは、ト◯ロのやつ。そう、マブダチである千歳千里は、ジブリ好きなのだ。

 映画館の前で待ち合わせて、チケットを買って、隣同士の席に座って、お互い映画の世界に入る。そして二時間ほどの映画を観て、私たちは映画館を出た。
「……深い映画だったね」
 熱帯夜を千歳と並んで歩く。カランコロン、と、彼の下駄の音がやけに響いた。私たちは近所に住んでいる。そして、映画館からも徒歩で帰れる距離だ。
「今日は急だったのにつきあってくれてありがと」
「気にせんでよかばい。俺も暇だったけん」
「そういえば千歳の家ってここ右じゃない?」
「家まで送る」
「そんな、良いのに」
 彼女でもあるまいし。なんて、言葉にはせず飲み込んだ。千歳とはマブダチでいたいと思っている。だから、最近どちらともなく、友達では片付けられないような雰囲気になるタイミングが増えてきていることに気づかないふりをしていた。正直に言えば、千歳には、異性としても惹かれてしまっている。ただ、男女のそれを持ち込んでしまったら、この性別を超えた友情が、この居心地の良さが、なくなってしまうような気がして。
「明日は、予定あると?」
「ううん。バイトは休みだし、特に何も」
「……そーか」
 そこから先は会話が続かず、お互いにただ並んで歩いていた。千歳みたいな大男と、私が、奇跡的に同じ速さで歩けているのは、彼の気遣いだろう。

 そのまま、気づいたら、借りているアパートの前に着いていた。
「送ってくれてありがとう。千歳も気をつけて帰ってね」
「流石に俺みたいなのを襲ってくる奴はおらんばい」
「まあ、確かに……」
 言われてみると、こんな身長一九〇センチ超えで体格の良い男にあえて襲いかかるのも、命知らずすぎるな、なんて思う。
「じゃ、千歳、おやすみ」
 きっと彼からは同じように「おやすみ」と返事が返ってくるものだと思っていたのに。

「ハッピーバースデー」

 え。どういうこと。

「……日付、ちょうど変わったところたい」
「え、千歳、私の誕生日知ってたの」
「そりゃ、好きな子の誕生日だけんね」
「……え?」

 スマホで時間を確認すると、ちょうど八月三十一日の〇時〇分を指している。そして彼は先ほどサラッととんでもないことを言ってのけた。聞き間違いでなければ――。
「千歳、……好きな子、って」
「友達っちゅー関係もよかばってん、そろそろ物足りん」
 嘘、まさか千歳からこんな形で、友情関係を壊しにくるとは。どうしよう、私も千歳が好きだ。けど、すぐに事態が飲み込めない。きっと賢い彼はそんな私の混乱をすぐに見抜いたのだろう。彼はその手を私の頭の上に乗せるとくしゃりと撫でる。
「前向きに考えてもらえると嬉しか。おやすみ」
 千歳はそう言うと、自分の家の方へくるりと向きを変えて歩いていく。その大きな背中を見つめていると、自分の脈が恐ろしく速くなっていることに今更気づいた。ドキドキしすぎて死ぬことがあるとしたら、きっと今だ。でも幸い、私は生きている。

 友達という関係はとても居心地が良くて壊したくない。けれど、彼が一歩踏み込んできた以上、もう彼と元の友達関係に戻れる気はしない。とすれば、もう選択肢は一つしか。
「ねぇ千歳!」
 夜中だというのに大きな声を出してしまった。千歳はくるりとこちらを振り向く。
「……今日、千歳は暇?」
「予定は空けとうよ」
「それなら、今夜、誕生日祝ってほしい、です」
「随分と可愛らしかお願いばい」
 良かよ、と千歳は笑っている。
「……返事も、その時するから」
 そう伝えると、千歳は何も言わずに口元だけ微笑んで、そのまままたくるりと背を向け、歩いていく。私の気持ちは、彼にはすでにきっと筒抜けだ。さあ、関係性を変える勇気を、この二十四時間以内に準備しなくては。

Fin.
2023.8.31
まつさんお誕生日おめでとうございます!