雨の日、と一口に言っても、いろんな雨の日がある。今日は、小雨。傘はあったほうがいいけど、なくてもギリギリ大丈夫かも。と、そんな感じの日。
マネージャーの仕事が少し溜まっていたから、制服に着替えた後、部室に戻り、残務を片付けていた。タイムリミットは、部長の白石が、職員室にいるオサムちゃんのところから、部室の戸締りに戻ってくるまで。
「そろそろええか?」
ガチャッと音を立ててドアが開いたかと思うと、白石は部室の中へと戻ってきた。
「うん、大分片付いた」
「ん。ほんならもう帰れる?」
「すぐ準備するから、待っとって」
「急がんと、ゆっくりでええよ」
そう白石はやわらかな声で言うので、少しドキドキしてしまった。みんなの前で話す時とは、ちょっと違う声色だ。
帰る準備をしながら、ちらりと彼を見やると、少しだけ制服のカッターシャツや、色素の薄い髪が、いつもより湿り気を帯びているようだった。外の小雨の影響だろう。
「自分、今日、傘あるん」
「持ってへん。けど小雨やし、ささんでもいけるんちゃうかなあ」
そう言うと、白石は、ハァと少し呆れたようなため息をついた。こういうズボラなところ、引かれただろうか。
「女の子なんやから、身体冷やしたらあかんで」
「……はい」
「っと、準備、終わったみたいやな。ほな、帰ろか」
白石は、部室の自分のロッカーから置き傘を取り出すと、私にそれを手渡す。
「俺、鍵閉めるから。終わるまでそれ使っとき」
「え、白石の傘やん。ええの?」
「さっき自分で言うてたやろ。小雨やし、ささんでもいけるんちゃうってな」
そうだった。綺麗にブーメランを喰らった私は、白石の傘をさしながら、隣にいる彼が小雨に打たれながら鍵を閉めるのを待っていた。そして鍵を閉め終わった白石に傘を返す。
「傘、ありがとう」
そう言ってさしていた傘を開いたまま彼に手渡すと、白石はそれを手に取り、そしてそのまま。
「行くで」
そんな短い言葉とともに、私の手を軽く引くと、さもそれが自然であることかのように、私をその傘の下に引き込む。え。ちょっと待って。
心臓が、ドッドッと、急に音を立てる。白石が近い。濡れた彼のカッターシャツからは、ほんのり柔軟剤と雨のにおいが混じったような香りがして、急に体温が上がっていく。
「し、らいし」
「ん?」
「……これって、どこまで行くつもりなん」
「家まで送るつもりやけど」
「え、そんな、迷惑かけられへん」
「俺は全然迷惑と思ってへんで」
「……っ」
どうしよう、一気に頬が熱くなっていく。やばい。このままやと、白石のことが好きやって、本人にバレてまう。顔を見られたくなくてうつむき加減でいたけれど、耳まで赤くなっていそうから手遅れかもしれない。せめて髪を下ろしていたら、バレなかったかもしれないのに。雨の日に髪が広がるのを避けたくてポニーテールにしていたけれど、そのことを後悔した。
Fin.
2024.6.12