遊園地

「遊園地デートかぁ」

 親友から、彼氏との初デートの遊園地が楽しかった、という報告の電話を受けた後、一人ごちる。
 ――ちょっと、羨ましくなってしまったのだ。

 私には、恋人がいる。ただ、それは誰にも明かしたことはないし、外で彼とデートをしたこともない。なぜなら彼は、今をときめくアイドル・君島育斗だから。
 私が育斗くんと出会った時、彼は既に有名人だったから、まさかこんな関係性になるなんて思ってもみなかった。ただ、色々あって(話すと長くなるのでここは略)、惹かれあって、育斗くんと私はこっそりお付き合いを始めることになったのだ。

 そうこうしているうちに、私のスマホが再度鳴る。忙しい育斗くんと、週に一回はちゃんとお互いの声を聞こうと約束している電話の時間。

『もしもし? 君島ですが』

 電話の向こうから育斗くんの品の良い声が聞こえてくる。声までかっこいいなんてずるい。みんなのアイドルが、私にだけに話しかけてくれているその時間が不思議だけれど、でも、私の前だけではその「アイドル」という肩書きを傍に置いて、ただの男の子でいてほしいな、とも思う。

「育斗くん、今週はどうだった?」
『合宿と仕事が立て込んで少し疲れました。が、今貴女の声を聞いたら吹き飛びましたよ』
「ふふ。私の前ではそういうリップサービスはいいよ」
『貴女の前ではリップサービスではなく、本音ですから』

 そんなことを言われると一気にドキドキするのと、嬉しさが身体中を駆け巡る。育斗くん、私の前では、少しでも素の育斗くんでいられてるのかなぁ。

『で、貴女は?』
「へ」
『少し声がいつもより元気がないようですが』
「えっ、そうかな」
『……私で良かったら、話を聞かせてくれませんか』

 もしかして、さっきの遊園地デートの件、無意識に引きずってしまってるのかな。でもそれを育斗くん本人に伝えても困らせるだけだしなぁ。悩んでしまった結果しばらく黙ってしまうと、育斗くんは申し訳なさそうに言う。

『……すみません。もちろん無理にとは言いませんよ』
「えっ、あ、ごめんね育斗くん……その、育斗くんに話せないわけじゃないけど、育斗くんに話したら育斗くんを傷つけちゃうかな?とか思って、その……」

 そう言うと、育斗くんは「私が傷つくかも、というのが話せない理由なら、それは気にしないでください」と言ってくれたので、満を持して伝えてみることにした。

「……育斗くんと、遊園地デートがしたいな、と。叶わないことわかってるんだけど、思っちゃって」

 そう言うと、電話の向こうで育斗くんが息を呑んだのがわかった。

「ごめん、ほんと、思っただけだから! 叶わなくていいからね、ごめんね!」
『いえ。話してくれてありがとうございます。そして……貴女の言う通り、今すぐは叶えられない。申し訳ない気持ちです』
「育斗くん……」

 声色から育斗くんの気持ちが伝わってきて、胸がぎゅんっとなる。ねえ声だけでわかっちゃったよ、育斗くんだって本当は人目を気にせずデートだってしたいし、デートに限らず、なんだってしたいとき、あるよね。でも彼の立場上それは難しくて、普通の高校生の男の子ではいられない。だからこそ、私はそんな育斗くんを、陰で支えたいなと思うのだ。

『もう少し先……私たちがちゃんと家族になったら、その時に、遊園地へでもどこへでもお連れしますから。それまで待っていてもらえますか?』
「……え? ん?」

 家族になったら、って、え?
 それって? そういう……!?

「い、いいいい育斗くん、その……!!」
『あれ? 私はそのつもりでお付き合いしていますが?』
「いや、私も育斗くんが嫌って言わない限り、そのつもりですが……!」
『では、そんな日は来ないので、そういうことですね』

 育斗くんは電話の向こうで、珍しく感情をそのままに表して、楽しそうに笑っている。そしてそんな育斗くんを知っているのは、私だけなのだ。

Fin.
2025.5.3