勘違い

「春休み、引っ越すんだよね」
「え……」
「父がこの春で転勤になって」
「そ、そらまた急な話やな」
「うん」

 少し曇った顔で隣にいる麻衣がそう言うので、俺は内心とても焦っていた。彼女の言葉が標準語であることからわかるように、元々彼女は関東の人間だ。父親の仕事の都合で小学校高学年に大阪に来て、中学受験で四天宝寺を受けたらしい。侑士と逆パターンなのでよく覚えていた。否――よく覚えているのは――俺がコイツを好きやからや。
 このまま学年が上がって、このまま彼女と中学最後の一年も過ごせると勝手に思っていたのに、そんなん、嘘やろ……。急に言いようのない寂しさが込み上げてくる。

「……謙也?」
「……麻衣は、寂しないんか」
「そりゃ寂しいよ。東京と大阪、遠くてなかなか会えなくなるし……」
「……せやんな」

 そう答えると、彼女は不思議そうに問う。

「でも、何でそんな謙也まで寂しそうなの?」
「あほ。そない当たり前のこと聞かんといてや」

 麻衣とは、それなりに『良い感じ』だったと思っている。勘違いでなければ、コイツも俺のこと好きなんちゃうかな、なんて。そうでなければ、今日みたいに、お互い部活が終わった後、二人で待ち合わせて一緒に帰るなんてしないだろう。ただ、それも、この三学期が終わるまで――あと数週間の話や。
 思わず拳をギュッと握りしめた。彼女が離れてしまう今、伝えておくべきだろうか。それとも、その気持ちは胸に秘めたままのほうが良いのだろうか。
 ふと隣にいる彼女を見やると、不思議そうに首を傾げながらこちらを見上げている。――その顔が、可愛い。あかん。やっぱり好きや。伝えずに黙って離れるなんてできるわけがない。

「謙也? どうしちゃったの、ほんとに」
「……好きや」
「へ?」
「お前が好きや、言うてんねん」
「え!? いきなり!?」

 彼女はこちらを見上げたまま、顔をゆでだこのように真っ赤にした。ただ、満更でもない様子だ。

「好きな子が、東京引っ越す言うたら、そら、寂しくもなるやろ……」

 そう伝えると、ずっと不思議そうにこちらを見つめていた彼女は、何か合点がいったかのような顔で「そういうことか!」と言った途端、今度は笑い始めた。

「っ、ふ、あはははは、ごめんね謙也」
「?」
「『私』は引っ越さないよ。引っ越すのは『お父さん』だけ」
「は……!?」
「私がちゃんと主語伝えてなかった。本当にごめんなさい。だから、うちのお父さんが引っ越すのに、何で謙也がそんなに寂しくなるのかなと思って不思議だったの」
「っ! お前、ほんま……! 何やねんそれ!」
「あははは。ほんとごめんって。でも思いもよらず謙也から告白されて、びっくりしたけど……すっごく嬉しかったよ」

 そう言うと、彼女は笑いすぎて泣いているのか嬉しくて泣いているのかよくわからないが、目尻に溜まった涙を軽く指で拭った。

「……私も謙也が好き。お父さんにこのタイミングで東京に一緒に帰るか聞かれたけど『受験もあるしお友達もいるし中三で転校は嫌』って断った。でもね、本当はもう一個理由があって……」

 謙也と離れたくなかったから、だよ。
 なんて言われては。
 もう完全に負けや。

Fin.
2025.3.1