15歳

 中学校に入って嫌なことのうち一つが、男子の下品な会話が多くなること。誰が可愛いとか綺麗とかはわかる。私たちも、誰がかっこいいとか、そんな話はする。でも、男子たちは、誰の胸が何だとか、脚が何だとか、おしりが何だとか、さらにはもっと言葉にするのが憚れるようなことまで、私たち女子に聞こえるような大きい声で話しているので、本当に耳を塞ぎたい。女の子の中でもそういう話が平気な子もいるようで、男子と一緒になって盛り上がってる子もいるけど、私は本当にそういうのが無理。だから、教室の居心地が悪いときは、よく図書室に逃げ込んだりなんかして。

 そんな図書室で、同じクラスの柳くんをよく見かけた。純文学が好きなのか、彼はいつも小説を片手にしていた。柳くんは、他のクラスの男子とは少し雰囲気が違っている。ああいう下品な話は一切せずに、いつもテニスに打ち込んでいて、同い年のはずなのに、すごく大人だなと感じることが多くて。そんな柳くんをじっと観察していたこと、彼にはバレていたようだ。

「よく会うな」
「……えっ」
「図書室に、よくいるだろう。お前も俺も」
「知ってたの?」
「データを取ることはライフワークみたいなものだからな」

 そんな会話から、私たちは少しずつ交流を深めていって、夏休み前には、柳くんが、私にとって一番クラスで仲の良い男の子になっていた。

「もうすぐ夏休みだね」
「ああ。そうだな」
「あ、でも、柳くんは、関東大会があるのか」

 図書室から教室まで帰る途中、ゆっくり休めないね、なんて、だいぶ上の方にある柳くんの顔を見上げると、隣を歩く柳くんは言う。

「休めないのはお前もだ」
「え」
「応援、来てくれると思っていたが」
「行っていいの!?」
「当たり前だろう」

 まさか柳くんからそんなふうに言ってもらえるとは思っていなかったから、とても嬉しい。柳くんにとっても、私は仲の良い部類の人間に入れたのかもしれない。
 ただ、柳くんのことを一つずつ知るたびに、柳くんに惹かれていくのが怖かった。柳くんは、知れば知るほど、本当に大人で。自分の子供じみたところが浮き彫りになって。友達として親しくするにはとても居心地が良いけれど、この感情が恋になってしまうと、途端に辛くなるような気がしたのだ。
 こんなことを考えている時点で、すでに私は柳くんのことが男の子として相当好きなんだと思う。なのに、その肝心な柳くんと、恋愛するイメージがどうしても持てなくて。
 柳くんが、私なんか好きになるわけない。というか、柳くんって、そもそも同学年の誰かを好きになることあるのだろうか。あまり想像がつかなかった。十個年上の恋人がいます、とか言われた方が、ああやっぱり、なんて納得してしまいそうなくらいの落ち着き感。

 夏休み、男子テニス部ほどじゃないけれど、私も部活があるので、学校に行く日も多い。今日も部活のあと、制服に着替えて校門へ向かうと、ばったり柳くんと出会った。

「あれ、柳くん」
「奇遇だな。図書室以外で会うのは」
「部活終わり?」
「ああ」
「一人なの、珍しいね。テニス部っていつもみんないっしょのイメージだから」
「確かにな。ただ、毎日常に一緒というわけではないぞ」
「そっか。そりゃそうだよね」
「一緒に帰るか?」
「あっ、うん!」

 柳くんと一緒に帰れるなんて願ったり叶ったりだ。片想いが実ることはないとしても、好きな人と一緒に帰れるのは単純に嬉しい。西陽のせいで、地面に柳くんと私の影が二本のびている。柳くんの影は私のそれよりずっと長くて、身長差を感じてドキドキしてしまった。ただ、ふと柳くんを見上げると、柳くんはいつも通り穏やかな表情で目を閉じている(どうやって前を見て歩いているんだろう?)。
 私たちは他愛のない会話をしながら駅まで向かっていたけれど、私が最近読んだ恋愛小説の話をしてしまったからか、なぜか話題はそのまま恋の話になってしまった。話題をミスしてしまったと後悔しても、もう遅い。

「お前は、その小説みたいな恋愛がしたいのか?」
「悲恋は嫌だよ、まだ死にたくないもん」
「……そうか」

 私が読んだ小説は、主人公の女の子が余命いくばくもない中、恋愛する話だった。柳くんはそんな私の話を聞いて何やら頷いている。これ、データ取られてるやつだ。私のこんなデータが彼の何に役に立つのかわからないけど。少し悔しくなって、私も彼に、ずっと気になっていたことを質問してみることにした。

「柳くんは? 柳くんってクラスの男子たちと全然違って大人っぽいし、なんかあんまり好きな人がいるようなイメージもわかなくて……。柳くんって恋愛にそもそも興味あるの?」

 そう問うと、柳くんは、一瞬何かに弾かれたような表情をした後、そのまま苦笑する。この反応は何だろう。あ、でもよく考えたら結構失礼なこと聞いちゃったかな……?

「ご、ごめん、気を悪くしたよね……」
「いや。気を悪くしたわけではない」
「なら、よかった。のかな……?」
「ただ、お前は、俺のことを何もわかっていないな」
「だって、柳くんみたいにデータマンじゃないもん」
「それもそうだな」

 柳くんはそう言うなり黙ってしまった。沈黙の中、私たちの足音だけがやけに耳に残るような感じがして、居心地が悪い。そんなとき、彼がふと口を開く。

「突然だが」
「?」
「お前は、今日校門で俺と会ったこと、偶然だと思っているな」
「う、うん……?」
「今日、お前が一人でこの時間に校門を通る確率85パーセント」
「えっ!? そんな確率、計算できるの?」
「ああ。だから、その時間を目掛けて俺もここへ来た」
「え……何のために……?」
「間接的にお前の質問に答えていると思うのは俺だけか?」

 ――そんな言葉に、まさかとは思うけれど。心臓の動きが急に速くなる。

「残念ながら、俺もただの15歳だということだ」

 そう言う柳くんの頬は、夕焼けに照らされているせいか、赤く染まっていた。ただ、その耳まで赤くなっているのは、きっと夕焼けのせいじゃなさそうだ。わ、え、どうしよう、こういうときどうしたらいいの!? ただ、きっとこれだけデータ分析できる能力の高い柳くんのことだ、私の気持ちなんてもうバレているに違いない。

「……柳くん、私、とても都合の良いように捉えてしまうのだけど」
「ああ。ここから先は関東大会が終わってから言わせてくれ」
「……うん。応援、行くね」

 そこからまた私たちの間から会話はなくなってしまったけれど、その時間が、とても尊いような気がした。

Fin.
2023.11.17