第6話 告白

 新幹線の指定席を取っているというのに、デッキにしゃがみ込んでしまった俺を、通行人が訝しげな目で見ている。ただ、そんな視線を気にしている余裕もなかった。
 ……いや、俺、まじで、ありえへん。麻衣ちゃんに、あんなカタチで告白するとか、ナイやろ。
 なんとか体制を立て直し、指定された席まで行き、座る。深呼吸をし、やっと自分のことだけではなく、彼女のことを考える余裕が出てきた。俺にあんなん言われて、麻衣ちゃんはどない思ったんやろ。麻衣ちゃんも無事に帰れてるんかな。それにしても――麻衣ちゃん、柔らかくて、ええ匂いやったな……って何を思い出しとんねん! あああああと叫びたい気持ちを抑え、代わりにスマホを開いた。誰かに聞いてもらいたい。相談したい。最初に顔が浮かんだのは侑士だったが、昼間の彼女の発言を思い出し、やめた。彼女にとってクラスメイトの侑士には、今日のデート内容などあまり知られたくはないだろう。そして、俺は違うトークルームを開き、メッセージを送る。

『俺、やらかしてもうた』
『どないしよ』

 細切れに二つに分かれた吹き出しには、すぐに既読がついた。

『いきなりどないしたんや、謙也。今頃帰りの新幹線やろ? 乗り遅れたか?』

 白石からはすぐに返事が来たので、そのまま返信する。

『乗り遅れてはない。もうすぐ新横浜』
『ならええやん。終点新大阪やから寝過ごして博多まで行くこともないやろ』
『告白してもうた』
『は?』
『新幹線乗る直前、「好きや」言うてしもた』

 何の脈絡も、主語もないのに、ちゃんとキャッチアップしてくれるのは、さすが白石だと思う。

『彼女、返事は?』
『聞いてへん』
『は?』
『新幹線のドア閉まってもうて。聞けへんかった』
『直前、ってマジでそんな直前かいな』
『どないしたらええと思う?』
『いや、俺に聞かれてもな……俺も彼女いてへんし。こういう相談は小春のが適任ちゃう』
『そう言わんと』
『とりあえず新大阪着いたらちゃんと電話しぃや。大事な話は直接話すんが一番や』
『せやな……』
『話聞く限り、彼女もお前のこと好きやと思うし、きっと告白嬉しかったと思うで。せやからちゃんと返事するタイミングも、彼女任せにせんと、お前から作りや』
『はい……』

 確かに白石の言う通りだ。勝手に告白して、言い逃げは最低だ。彼女もきっと今は帰宅途中で落ち着かないはずだし、新大阪に着いたら、落ち着いた環境で電話をしよう。

 新幹線が発車する本当に直前。謙也くんに抱きしめられたかと思えば、耳元で、いつもより少し低めの声で「好きや」と告げられ、心臓が震えた。本当に一瞬のことだったというのに、まるでそれが永遠のように思い出される。抱きしめられた時の少し高めの体温、カッターシャツ越しの固い筋肉の感触。そんな謙也くんの腕の中にすっぽり収まってしまって、改めて、謙也くんって男の子なんだ、と意識してしまった。

「……私も、好きだよ、謙也くん」

 返事を求められているのかはわからないけれど、謙也くんと想いが同じとわかった今、伝えたくて。でも次またいつ会えるかわからなくて。謙也くんの前ではギリギリ我慢できていた涙が、今になって溢れてきてしまう。慌ててハンカチで目を押さえていると、不意にスマホが震えた。もしかして謙也くん!? なんて思ったけれど、その差出人は謙也くんではなく理沙だった。理沙には、今日謙也くんとデートだということを伝えていたから、きっと気にかけてくれていたのだろう。

『麻衣、忍足くんのイトコくんとのデートどうだった?』

 理沙からのタイムリーなメッセージに。
 思わず通話ボタンを押してしまった。

『電話!? どうしたの? 何かあった?』
「……謙也くんに、告白されちゃった」
『えっ、告白!? じゃつきあうことになったの!?』
「ううん、新幹線出発する直前に言われたから、お返事できてなくて……」
『どういうこと……?』

 訝しげな声を出す理沙に、一部始終を説明すると、彼女は、なるほど、と言う。

『忍足くんのイトコっていうからスマートな感じの人かと思ってたけど、意外と全然タイプが違うのね』
「もう、それどういう意味。謙也くんはいつも笑顔で優しくてカッコいいよ」
『はいはい、ノロケごちそうさま。まぁ、謙也くん? って私も言っていいのかな? 謙也くんもきっと告白しっぱなしってことないと思うし、落ち着いたら連絡来るんじゃない?』
「う、うん……」
『でも、良かったね。グランフロントまで送ってくれた男の子に一目惚れしたとき、彼を探すのを諦めなかったから、こうして両想いになれたんじゃない』
「ほんとだね。奇跡の連続だ……」
『ふふ。とりあえず気をつけて家帰りなよ? まだ品川なんでしょ?』
「うん……! 気をつけて帰る!」

 そして理沙との電話を切って、やっと私は帰宅する方向に足を踏み出した。そういえば、謙也くんには、家に着いたら連絡すると言ったけど、こうなってしまった今、どうしよう……。

 新幹線が名古屋を過ぎた頃、彼女から『家に着いたよ』とメッセージが届いた。……どないな気持ちでこれ送ったんやろ。

『無事着いて良かった』
『うん。謙也くんも気をつけて』
『新大阪着いたら、電話してもええか』

 そう送ると、それまでのペースに比べて返信に間があったが、彼女からは『うん』と返事があったので、腹を括る。
 そして無事、新幹線は新大阪に着いた。本来であればそのまま乗り換えて帰宅するのだが――俺は一旦改札を出、駅構外へ出る。めっちゃ外やけど、人もそこまでおらんし、ここでええかな。意を決して通話ボタンを押した。

『……謙也くん?』
「無事、新大阪着いたで」
『よかった』
「……で。さっきの、続きやけど」

 そう伝えると、電話の向こうの彼女が、すうっと息を吸ったのがわかった。

「さっきは突然すまんかった。せやけど、気持ちはほんまやから。――俺、麻衣ちゃんが好きや。出会った時からほぼ一目惚れやったけど、麻衣ちゃんのこと知れば知るほど、どんどん好きになって。今日改めて思ったけど、麻衣ちゃんといっしょにおると、めっちゃ楽しい。大阪と東京で、距離はめっちゃあるけど、そんなん関係あれへんって思ってしまうくらいに、麻衣ちゃんが好きやねん」

 告白しながら、何で俺はこれを麻衣ちゃんに直接会うてる時に言わへんかったんや、と後悔する。

「……よかったら、俺と、付き合ってください」

 祈るような気持ちでそう伝えると、少しの沈黙の後、ずずっ、という音が聞こえた。おそらく彼女が鼻を啜る音だ。電話の向こうで、泣いてるんやろか。

『……私も、謙也くんが、好き。私も、最初は一目惚れだったけど、謙也くんのこと知れば知るほど、どんどん好きになって……さっき、品川のホームで好きって言ってくれて、すごく嬉しかった』
「それって……」
『うん……不束者ですが、よろしくお願いします』

 彼女の一言一言が、俺の心を震わせる。――ほんまに、何で電話越しなんや。目の前におったら絶対また抱きしめてるわ。間違いない。せめてビデオ通話にしようかと思ったが、先に彼女の方から照れたような声で『電話で良かった。謙也くんに泣き顔見られずに済むもんね』なんて言われてしまった。あーもう、こういうとこ、ほんま可愛すぎちゃう!?

「……また、早よ会いたいわ」
『うん。私も早く謙也くんに会いたい』
「っちゅーことは、さらにテニス頑張らなあかんな」
『ん、話が飛んだね?』
「飛んでへんで。全国大会、会場が東京やねん」
『そっか! 全国大会! うん、絶対全国来てね』

 少し涙が落ち着いたのか、明るい声に戻った彼女から、そんなエールをもらう。元々テニスには全力で取り組んではいるが――よっしゃ、さらに頑張ってかな。勝ったモン勝ちや。

to be continued…
2023.7.16