「スマホばっか見つめて、随分とご機嫌やなぁ、謙也」
「しっ、白石!?」
「テニスの調子は良いみたいやけど、何や最近緊張感が足りひんっちゅーか、集中力に欠けてるんとちゃうか」
放課後の部活を終えて着替えながらスマホを弄っていたら、真顔の白石に注意を受けてしまった。
「……すまん、その、「しゃーないっすわ部長」
「「財前!?」」
「謙也さん、氷帝の女子と毎日連絡してええ感じらしいし」
「財前、何で知っとんねん!?」
「壁に耳あり障子に目あり。昨日の帰り道、バカでかい声でイトコさんと電話で話しとるからっすわ。全部聞こえとりました」
「っはー、なるほど。そういうことな。氷帝って、東京のあの氷帝やろ? イトコくんの紹介なん?」
「まあ、そんなとこやねんけど、実は……」
呆れ顔の白石に、かくかくしかじか説明する。春休み、白石との待ち合わせの前に道案内した子と再会したこと。その子が、侑士のクラスメイトだったこと。侑士を通じて、お互いに連絡先を交換し、毎日連絡を取り合っていること。
「へー! あの時の子と再会するやなんて運命やん。良かったなあ、謙也」
「お、おん……」
「せやけど。あんまりふわふわされるんも困りもんやな」
「え、そんな俺浮ついとる……?」
「いつも締まりない顔が、さらにデレッデレしとりますわ」
白石と財前に指摘され、恥ずかしくなる。俺そんなに浮かれとったんか。テニスも大事な時期で、もっと集中せなあかんのに。すっかり着替え終わった財前は「ほな、お先に失礼します」と部室を後にしたので、白石と俺の二人が部室に残される。少し気まずい空気の中、白石は急に切り出した。
「なぁ、謙也、オサムちゃんがな、先週末万馬券当てたんやて」
「随分唐突やな!?」
「まぁ最後まで聞きや。でな、今朝オサムちゃんに、その金で『立海の真田、青学の手塚、氷帝の跡部あたりでも見て来ぃや』言われてんけど――」
「っ、」
「謙也、貸しイチな。お前が行って来ぃや」
「え!? 部長はお前やろ」
「お前が例の子に会うことでテニスの集中力取り戻せるんやったら、部長としても万々歳や」
言葉に若干のトゲは感じるが、これも白石の優しさだろう。中学生の俺たちからすると、大阪・東京間は絶望的な距離で、気軽に行き来できるわけではない。せやけど、氷帝に行けば――あの子に会えるんや。
「おおきに、白石」
「……ちゃんと本来の目的も果たすんやで?」
「当たり前や!」
*
『えっ、謙也くん、東京に来るの!?』
「おん。本来の目的は、関東の強豪テニス部を見学することやねんけど……」
氷帝行くとき、会われへんかな。そう問うと、電話の向こうの彼女は二つ返事で『もちろん!』と答えた。なんだかんだ彼女とはここ二ヶ月以上、毎日電話やメッセージのやりとりを続けている。自分で言うのもなんだが、俺ら、付き合うてへんほうがおかしいんちゃうか、というくらいには良い感じだ。ただ、さすがに十分しかリアルに会っていない相手に告白というわけにもいかなかったので、今回は俺たちの関係を一歩進める大きなチャンスだった。
『いつ来るの?』
「来週の土日で、土曜は侑士んち泊まって、日曜に氷帝行くつもりや」
『わかった。日曜、午前中は私も部活だけど、午後は何もないよ』
「よっしゃ。ほな、午後、いっしょに遊ばへん?」
『うん! 楽しみにしてるね。謙也くん行きたいところあったら教えて! 案内するよ』
「ハハ。東京では道迷わへんの?」
『もう、謙也くん、そういう意地悪言うんだ』
少し揶揄うと、電話の向こうからわざと不機嫌そうな声が聞こえた。ああもう、何でこんな可愛いんや!? 氷帝でも人気ある子やって侑士が言うてたけど、ほんま、こんなん、ずるいわ。
*
謙也くんと、初めて出会ったのは三月下旬。二度目ましてをしたのが四月中旬。そして、六月下旬、ついに私たちはリアルで再会することとなった。謙也くんとは氷帝の校門前で待ち合わせをしている。部活を終えて、制服に着替えて。やはり、いつもより鏡の前に立つ時間が長くなってしまう。髪型、変じゃないかな。制服に変なシワがついていないかな。できる限り最善を尽くして、いざ校門へ。急に緊張して、指先が冷えてくる。
「……あ」
待ち合わせの時間よりはまだ早いはずなのに、すでにそこには、カッターシャツと黒いスラックス姿が。明らかに氷帝の制服ではないその男の子は、相変わらずブリーチされた金髪だ。
「謙也くん」
名前を呼んで駆け寄ると、謙也くんはくるりとこちらを振り向く。やっぱり、あの時の男の子だったんだ。言葉にできない感動で胸がいっぱいになる――のは、謙也くんも同じだったみたいで、謙也くんもハッとした表情で「麻衣ちゃん」と呟くなり、黙ってしまった。
「――」
お互いにしばらく見つめ合ったままだったけれど、先に声を発してくれたのは謙也くんだった。
「久しぶりやな!」
「……うん、久しぶり!」
「元気そうで何よりや」
電話越しじゃない謙也くんの声に、胸が熱くなって、気づいたらなんだか涙腺が緩んできた。やばい。謙也くん今こっち見ないで。思わず顔をグルンと背ける。
「……って、どないしたん!?」
「ごめん、今こっち見ないで……!」
「えっ!?」
こっちを見ないでと言ったのに、戸惑いながらも謙也くんは私の顔を覗き込んだ。
「……泣きそうやん、え、どっか痛い?」
「ち、違うよ、その、謙也くんに会えて声聞けたら、嬉しくて……」
「な、んやそれ」
「……ごめんね、困るよね」
「いや、困らへんけど……」
可愛すぎるやろ、と、耳まで真っ赤になった謙也くんは心の中で呟いたのだと思うけれど、それはしっかり声に出てしまっていて、私の耳にも届いてしまったから、こちらまで身体中が熱くなってしまった。
to be continued…
2023.4.25