後悔先に立たず

※年齢制限はつけていませんが、事後です。ご注意ください。

 春めいてきたとはいえ、まだまだ早朝は肌寒い。というのに、なぜか私の身体は非常に温まっている――というより、熱くなっている。
 土曜の朝からなぜこんな展開に。いや、正確には、金曜の深夜からこんな展開になっており、適宜休憩を入れつつ、朝までなぜかこんなことになっている。目の前の男は体力バカなので、未だに私を飽きることなくあの手この手で責め立てており、そのせいで私はもう思考することを手放して、されるがままになっていた。お互いに、一糸纏わぬ姿で、肌を重ね合って。なのに、驚くなかれ、彼と私の関係は恋人ではないのだ。彼は中学時代の部活の後輩で、私は先輩マネージャー。それだけの関係である。

「……金ちゃん、もう、さすがに無理や」

 朝四時、そう伝えた声は掠れていた。彼もさすがに私の疲労具合を可哀想に思ったのか、やっとこちらを責めるのをやめて、その代わりに無言で私の頭を撫でた。へえ、金ちゃんもこういうことできるんやなあ。大人になったんやなあ。成長に、少しの寂しさを感じる。一晩中抱かれておいて、今更何を、という感じだけれど。

「姉ちゃん、体力ないなあ」
「金ちゃんが体力ありすぎるんや」
「そら、毎日テニスしとるからな!」

 変わらずの笑顔で彼はそう言う。そんな爽やかな笑顔だけ見ていたら、中一のときの可愛い金ちゃんとそう変わらないというのに。
 学年が一つ下の金ちゃんは今日、ハタチになった。金ちゃんのことはずっと後輩として可愛いと思っていて。金ちゃんも私によく懐いてくれていた。四天宝寺中を卒業して、高校生になっても、私たちは仲良しだった。高校は別々だったけれど、金ちゃんの出る高体連の試合は、応援に行ける限り駆けつけた。そんな中、私は大阪の大学に一足先に進学したけれど、彼は高校卒業後、プロテニスプレイヤーになるということで、海外へ行くことになってしまって。
 彼が中学に入学してから高校を卒業するまでの六年間は、私の彼に対する感情を、ただの可愛い後輩から、一人の男の子として特別なものに変えてしまうのに十分だった。でも、これから先は、歩む未来が違いすぎて。だから、私は自分の想いに蓋をしたのだ。

「姉ちゃん――ワイ、姉ちゃんが好きや!」
「金ちゃん。気持ちは嬉しいけど……応えられへん」
「何で!? 姉ちゃんもワイのこと好きやろ!?」
「海外で頑張ってきぃや、金ちゃん。コシマエ、やっつけるんやろ?」

 昔の子供のままの金ちゃんだったら、きっと「何で!?」なんて喚いたのだろうけれど、彼も六年間で大きく成長したので、自分の感情を強く押し付けることをしてこなかった。だから、私たちはそのまま離れ離れになった――はずだった。

 三月最終週、金ちゃんは一時帰国していた。その関係で金曜の夜は、元四天宝寺テニス部のメンバーで、金ちゃんお帰り飲み会があって。そして二次会があって。その後だ。すっかり大人になってしまった金ちゃんに、あれよあれよとホテルに連れ込まれて、こんな関係になってしまったのは。言っておくけれど、私は昨日まで男性との経験がなかった。なのに、まさか初めてがこんなことになるなんて。
 でも、初めてが好きな人とで良かったな。良い思い出にしておこう。また金ちゃんは海外へ帰ってしまうし。って、あかん、もし変な週刊誌とかに写真撮られてたらどないしよ!?せやけど、幸か不幸か、まだプロ二年目終わったとこでそこまで有名やないし、セーフかな!?

「姉ちゃん……今日は久々に会うて、色々押さえられへんかった。堪忍……」
「……いや、断りきれへんかった私にも責任あるし」
「ワイ、やっぱり姉ちゃんやないと嫌や。高校卒業ん時は我慢してんけど、やっぱり無理や」
「……金ちゃん、あかんよ。せやかて、金ちゃんと私やったら立場が違いすぎんねんもん。私、ただの大学生やで」
「ただの大学生やない。麻衣は麻衣や!」

 がばっと金ちゃんは身体を起こし、また私を押し倒すような体制になる。せっかくさっきまで落ち着いたピロートークやったのに。いや、内容は結構重めやけど……。それにしても、金ちゃんにまともに名前を呼ばれたのが初めてで、胸がきゅうっと締め付けられる。いや、さっきの行為中にも実は名前を呼ばれていたのだけれど、こういうまともな会話で呼ばれたのが初めてなのだ。

「ワイももうハタチや。麻衣の中ではずっと中一かもしれへん。せやけど、もう子供やない」
「……わかってるよ。子供はこないなことせえへんもん」
「……麻衣が言うこともわかるで。財前にも『あんまり麻衣に無理言いなや』ってクギ刺された。せやけど、やっぱりもう後悔したない」

 そう言うと金ちゃんは、私を押し倒すのをやめて、その代わりに布団の中で私を抱きしめた。肌と肌が直に触れる。

「麻衣、大学卒業したら、ワイのお嫁さんになって」
「えっ。話飛びすぎちゃう!?」
「中一の頃から、ずーっとずーっと好きやねん。ワイ、麻衣以外考えられへん」
「金ちゃん……」

 付き合ってくれとかそんな類のことを言われるのかと思ったら、予想以上だった。さすが金ちゃんだ。私自身もこの二年間、金ちゃんと離れ離れになって、新しい恋を見つけようとしたけれど、やっぱり無理で、ずっと後悔していた。どうして、彼と一緒に未来を歩む勇気が出なかったのだろうと。今日こんな瞬間を迎えても、今なお、なぜ勇気が出ないままなのだろうと。でも。これで勇気を出さなかったら、私は一生後悔する。

「……私も、もう後悔したない」
「え」
「お嫁さんになって、はさすがにびっくりしたけど」
「麻衣、それって、もしかして」
「……金ちゃん。私も、ずーっと金ちゃんのこと、好きやったよ。今までごめんな」

 そう告げると、金ちゃんは、みるみるうちにその瞳に涙をためていく。

「ほんまやで。麻衣のアホ! 早よ言うてくれたら良かったんやぁ!」
「あはは、金ちゃん、昔は可愛かってんけど、今はもう大きなってもうたからあんまり可愛ないよ」
「そんなん知らんー!」

 金ちゃんは半べそをかきながら、私をぎゅうっと抱きしめてくる。本当に早く素直になっていたら、二年も早くこの幸せを手に入れることができていたのに。そんな幸せな後悔をしながら、私は彼の髪をそっと撫でた。

Fin.
2023.4.1