完敗です、ジローくん。

 幼馴染のうちの1人・ジローくんは眠るのが好きで、小さい時はよく一緒にお昼寝をしていた。でも、さすがに小学校高学年あたりからは、そんなことはなくなった。ジローくんは「一緒に寝ないのー?」なんて聞いてきたけれど、女の子のほうが内面的な成長が早いせいか、私はジローくんのことを意識してしまって、自然といっしょにお昼寝することをやめたのだ。

 ただ、今、この状況は。

 中学に入学した頃、ジローくん、がっくん、亮ちゃんがみんなしてテニス部に入ると言ったから、「私も!」と、氷帝テニス部のマネージャーになった。そして、テニス部で一番そばで部員を支える立場として3人を見守ってきた。
 そんな中、もちろんがっくんも亮ちゃんもそれぞれにかっこよく成長しているのだけど、私の心を捉えたのはジローくんだった。
 いつもは眠ってばかりで甘えっ子で可愛い感じなのに、テニスをするととっても楽しそうで、そして、カッコよくて。相手が敵であっても、そのプレーの素晴らしいところを心から認めて尊敬するような、そんな素直で器の大きいジローくんも魅力的で。そして気づいたら、私はジローくんに恋をしてしまったのだ。
 一方ジローくんはジローくんで、ことあるごとに私のことを「好き」とか「可愛い」とか言ってくれるのだけど、たぶんジローくんの「好き」はライクの好きだし、「可愛い」は犬とか猫とかに対する可愛いとたぶん同じ感じで。ジローくんは、いつになったら異性として私を見てくれるのだろうと、ふと悲しくなる時がある。女の子として認識されていないなんて、ふられるとかそれ以前の問題だ。

 そんなジローくんが。
 なぜか、私を抱き枕状態にしながら隣で眠っている。

 何で何で何で!? 今日は部活が休みだから、自分の部屋で夏休みの宿題をしていて。そして、少し眠たくなってきたから、ベッドで横になってお昼寝をしていた。そこまでは記憶にあるけど、え!?

「ジローくん、ジローくん……!」

 慌てて目の前のジローくんに声をかけるけれど、ジローくんはむにゃむにゃ言いながら起きる気配がない。そして私を抱きしめる腕がぎゅうっと強くなる。
 え、いつ私の部屋に来たの!? とはいえ、芥川家と我が家は家族ぐるみのつきあいで、ジローくんは我が家にとっては家族も同然、顔パスだ。だとしても、この状況をお母さんに見られたら、結構まずい。いや、すごくまずい。

「ジローくん、起きて……!」
「……んー?」

 ジローくんの胸をトントンと軽く叩くと、やっとジローくんは反応してくれて、薄目を開けた。

「あれ、朝……?」
「朝じゃないよ、夕方……!」

 そう伝えると、ジローくんは「夕方か〜」と何の悪びれもなく言う。

「ね、どうしてここにいるの」
「夏休みの宿題でわかんないとこ聞きにきたんだけど、部屋のぞいたら麻衣が気持ちよさそうに寝てたから、俺も一緒に寝たんだ」
「へーそうなんだ……ってそうじゃなくて……!」
「昔みたいで懐かC〜!」

 ジローくんはそのままベッドの上でニカッと笑う。その笑顔が可愛いなぁとキュンとしてしまう。って、キュンとしてる場合じゃない!

「ジローくん、だめだよ、離れて」
「何で? 麻衣は俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ……!」

 むしろ、好きなのだ。私の「好き」は、ジローくんと違って、ライクじゃなくて、ラブのほうの好きなのだ。だからこそ冷静ではいられない。

「じゃあ、いーよね」
「良くない! もう、子どもじゃないんだよ、年を考えよう……!?」

 お互いもう中3だ。来年は高校生になる。もちろんジローくんはすっかり男の子の身体つきに成長していて、声も、可愛かったのが、カッコよくなった。そんなジローくんに抱きしめられると、その筋肉質な腕とか。女の子同士でハグするときと全然違う、胸の硬さとか。嫌というほど、彼が男の子であることを意識してしまう。でもきっとジローくんは、小学校低学年の時の感覚のままだ。

「麻衣は、分かってないな〜」
「?」
「全部分かった上で、俺は麻衣を抱きしめてる」

 えっ……!?
 すっかり覚醒したジローくんは、相変わらず私の身体に腕を回したまま、真剣な顔をしてこちらを見る。

「誰にでもこんなことしないC〜。全部、麻衣だから」
「……へ」
「俺のこと、麻衣に意識してもらいたいんだ」

 え、今なんて……?

「どきどきした?」

 いたずらっ子のように笑うジローくん。どきどきするに決まってる。心臓がはち切れそうだ。
 待って、もしかしてジローくんが前から伝えてくれていた「好き」とか「可愛い」って、異性としての意味だったの……!?
 気づいた瞬間、耳たぶが熱くなってきた。きっと私は今、顔だけではなく首くらいまで赤くなっているんじゃないか。無言で彼のくりっとした大きな瞳を見つめると、ジローくんはそんな私を見て「やっぱり可愛E〜」なんて呟く。
 
「さあ、これで俺の『好き』や『可愛い』も、これからはちゃんと受け取ってね?」
「……はい」

 そんなこと言われたら、もうドキドキしすぎて、抱きしめられる事に抵抗できない。完敗です、ジローくん。

Fin.
2023.1.28