※2000年代の選曲で、すみません(笑) 今ならあいみょんとかなのかな……。
毎日テニスに明け暮れるのも良いが、たまには息抜きも必要だ。土曜日、今日は練習が午前で終わりだから、午後はレギュラー陣でカラオケに行こうという話になっていたのだが。
「白石、行かへんの?」
「先行っててええよ。俺、ちょお新聞部の部室寄ってから行くわ。毒草聖書の原稿置きっぱなしやねん」
「そーか?」
謙也とそんな会話をしていた時だ。ふいに小春が「蔵リン、可愛えお客さまよ〜♡」なんて言うので、誰かと思ったら。テニス部の部室を訪ねてきたのは、新聞部の同期の支倉だった。
「白石くん、突然ごめんね。今日部室で個人作業してたら、毒草聖書の原稿置きっぱなしだったの見つけて。もしかして忘れてるんじゃないかなって思って慌てて持ってきたんだけど……」
「わざわざすまんなぁ。おおきに。今から新聞部の部室に取りに行こ思ってたとこやねん」
「そうなんだ、それならちょうど良かった」
彼女は微笑みながら原稿用紙を俺に手渡す。そんな様子を、周りの仲間たちはニヤニヤしながら見守っている。明言したことはないが、新聞部の用事でしばしば部室を訪ねてくる彼女と俺の様子を何度も見ている彼らには、すっかり俺の気持ちがバレているようだ。
「ほな、白石ももう新聞部の部室に行く必要なくなったし、さっさとカラオケ行こか!」
謙也のその言葉に、彼女は反応する。
「カラオケか〜。いいなぁ、楽しそう」
おそらく何の他意もなく発されたその言葉に、さらに他意もなく俺の親友は言葉を放つ。
「なら支倉も来たらええやん。一人くらいやったら人数追加できるやろうし」
「えっ、そんな、謙也くん、気持ちはすごい嬉しいけど、私が行ったら邪魔にならない?」
「邪魔や思っとる相手誘わへんわ。なぁ、みんな、どや?」
謙也がそう問いかけると、仲間達からは「全然かまへん」とか「大歓迎や」などと前向きな返答が返ってくる。
「ちゅーわけやけど、どないする?」
「……それなら、せっかくお誘いいただいたし、行こうかな」
「よっしゃ、決まりや!ほなさっそく行こか!」
「あっ、でも、新聞部の部室にカバンとか置いちゃってて。後から合流でもいいかな?」
「ほんなら白石残しとくから、後でコイツと来たらええよ。なぁ白石、ええやろ?部屋番号とか後で送っとくから、二人で後から合流しぃや」
サラリと謙也はそんなことを言う。そのときの表情は、まさに『恋のキューピッドしたったわ!』というドヤ顔だ。
「あとでお店と部屋番号の連絡もらえたら一人でも行けるよ?」
「支倉、遠慮せんでええよ。ほな謙也、そうさせてもらうわ。予約の時間ももう近いし、自分らは先行っといてや」
「おん。ほなまた後でな!」
*
「おっ、来た来た。410号室やって」
携帯のディスプレイを見ながら、白石くんはそう呟く。謙也くんから部屋番号を伝える連絡が来たようだ。まさか男子テニス部のレギュラーのみんなに混じってカラオケに行くとは思わなかったので、楽しみだけれど緊張する。テニス部のレギュラー陣は、全国レベルのテニスの腕を持っているだけでなく、性格の良さと顔面偏差値もぶっ飛んでいて、ようは学校中の女子から大人気なのだ。
その中でも、白石くんは特に注目されていた。私は偶然新聞部という同じ部活に所属しているから、会話をしたり接点があるけれど、そうでなかったらおそらく住む世界が違う人だっただろう。でも、白石くんは話してみると意外と気さくで、良い意味でイケメンオーラや王子様オーラを消していてくれるし、もう新聞部の同期としての関係も三年目だ、私たちはそれなりに仲も良かったし、信頼関係で結ばれている、とも思う。
「せやけど、支倉とカラオケ行くの、初めてやな。新聞部のみんなではあんま遊びに行かへんやろ」
「何でだろ? やっぱり運動部と違って、みんな締切に向かって原稿書くのは個人プレーだからかな」
「確かにな。俺も最近テニス優先してもうて、原稿は書いとるけど、新聞部の方は顔出せてへんこともあるし。堪忍な」
「全然大丈夫だよ。全国大会常連の強いテニス部の部長さんなんだし、校閲とか編集とかは私やるから、今はテニス優先してね!」
「おおきに。心強いわ」
隣を歩く白石くんは、嬉しそうに笑う。そんな表情だけで自分の心臓が跳ねるのを感じた。白石くんに憧れている女の子はたくさんいると思うけれど、そのうちの一人なのだ、私は。
白石くんはそのルックスで注目されがちだけど、新聞部の同期として一緒に過ごす中で、その優しくて真面目な内面に惹かれた。こっそり勝手に好きでいるだけで十分。なのに、今こうして二人で並んで歩きながら街中のカラオケに向かっている。そんなシチュエーションが、まるでデートのようで、私には過分すぎる。
「せや、夏休み中にな、関西大会あんねん」
「へー、関西大会!」
「そこで勝ったら全国や。会場は大阪やし――支倉が応援来てくれたら嬉しいねんけど」
こちらを少し熱っぽい視線で見つめながら彼はそんなことを言うから、また心臓が跳ねた。最近白石くんと話すと、こうなることが多い。白石くんが私のことを好きになるなんてことはあり得ないと思いつつ、こんな言動をしばしば繰り返されると勘違いしてしまいそうだ。
「今晩、日程送っとくから、考えといて」
「うん」
*
410号室に着くと、すでにパーティーモードだった。謙也、小石川、ユウジ、小春、金ちゃんあたりが関ジャニで盛り上がっている。その様子を遠巻きに見ていた財前が、俺らが来たことに気づくと「部長ら、遅かったっすね」と笑ったので、思わず苦笑した。――財前にはバレとるな、遠回りしてきたこと。
「どこ座ります?」
「んー。千歳と銀の間ちょお空いてそうやし、そこにするわ」
連れてきた彼女は、念の為銀側に座らせようと思った。千歳は、ああ見えて意外と肉食だ。ライバルは極力減らしたい。
「ドリンク、何にすっと?」
「ほな、俺はウーロン茶で」
「あっ、私も」
「財前はん、ウーロン茶二つ、頼んでくれるか」
「師範の頼み事やったらもちろんです」
財前は、部屋に備え付けの電話で俺らのウーロン茶を頼む。千歳と銀の間に座ると、目の前のテーブルの上にはポテトや唐揚げなどが並んでいた。隣に座る彼女はすっかり緊張している様子だ。
「そんな緊張せんでええよ」
「謙也くんと石田くんは前同じクラスだったのと、一氏くんと小春くんは今同じクラスだけど、その他の人は初めましてだし……」
「そうか。ほな、ちゃんと紹介するな」
とは言いつつも、ここはカラオケだ。基本は誰かが歌っていて、誰かがそれに合わせてタンバリンやマラカスなども鳴らしながらみんな盛り上がる場所である。
「まず、さっき飲みモン頼んでくれたんが、二年の財前。その隣におるんが、謙也やろ? で、謙也の隣におるんが副部長の小石川で……」
カラオケの音に負けないようになるべく彼女の耳元に顔を寄せてメンバーを簡単に紹介していったのだが、ある瞬間気づいた。――うわ、これ、めっちゃ顔近いな。よく見ると、彼女の可愛らしい耳にも赤みが差している。どうやら俺たちは同じことを思っているらしい。そんな俺らの様子を隣で見ていた千歳は「白石も手が早かね〜。キスしとるかと思ったばい」と悪びれもなく揶揄うので彼女はさらに動揺して真っ赤になっていた。千歳のアホ、いきなりそないなことするわけないやろ!
*
カラオケは午後四時までと聞いていた。今はまだ二時。残り二時間もある。どうしよう、これは私も歌わなきゃいけないのだろうか。テニス部のカラオケには初めて参加したけれど、その歌のレベルの高さに驚いた。イケメンでテニスできて歌も上手い集団とは……。一体前世にどれだけ徳を積んできたらそうなるのかな。だからこそ、私のこんな素人歌声を晒すのが恥ずかしい。今日は聴く専でいたい。なのに、だ。千歳くんとトトロのデュエットを終えたばかりの遠山くんが不意に話しかけてきた。
「なーなー、姉ちゃん歌わへんの〜?」
「えっ、私は今日は聴き専で大丈夫だよ」
「ハァ?何を言うてんねん。カラオケに来たんやったら普通歌うやろ」
「こーらユウくん、あまり強制したらあかんよ。せやけど、せっかく来てくれたんやし、いつもは男ばっかやから、女の子の可愛らしい歌も聴きたいわぁ」
今は小石川くんがマイクを持って歌っているけれど、そんな中でこんな雑談をしてしまって良いのだろうか。それにしても、こんな言い方をされると断りにくい。しょうがない、一曲だけ恥を忍んで歌おうかな。まだ私の両隣にいる白石くんと石田くんはマイクを持っていない。なんだか二人とも歌が上手そうだし、前座としてさっさと先に歌っておこう。
「みんなみたいにあんまり上手くないけど……じゃ、デンモクもらうね」
そう伝えて、手元のデンモクで色々と検索をする。何を歌おうかな。それなりにみんな知ってて、盛り上がる曲がいいよね。そんな私の手元を見ながら、隣にいる白石くんが「何入れるん?」と問いかける。
「悩むなぁ……こういうとき何が良いのかな」
「あんまり周り気にせんと好きな曲入れたらええよ」
「そう言われると余計に悩む……!」
「はは、すまんな。ほな逆にリクエストしてええの?」
「えっ、まぁ、知ってる曲なら……」
そう言うと、左隣にいる白石くんは、どれがええかなぁ、と私の膝の上にあるデンモクを覗き込んで、左手の人差し指で触りながら曲を探して行くので、白石くんが私の方に寄り添うような形になる。わわわ、近い近い近い……!恋人のような距離に心臓がドキドキしてきた。さっき、メンバー紹介をしてくれた時もとても近かった。白石くんって実はパーソナルスペース狭めなのかな。
そして白石くんは「これやったら定番でみんな盛り上がれるやろ」とaikoを提案してきて、歌えそうだったので承諾した。画面の端に曲のタイトルが表示された途端、謙也くんが「おお!aikoやん!」とさっそく目をキラキラさせてテンションを上げていたので、どうやら選曲は正解だったみたいだ。
「ほな、次は俺が曲入れる番やな」
「あっ、じゃデンモク渡すね」
膝の上にあるデンモクをそのまま白石くんに手渡す。白石くんはそのままデンモクをいじりながら少し悩んでいたが、とあるイントロが流れてきて私たちは同時に顔を上げた。謙也くんと一氏くんがどうやらミスチルのシーソーゲームを入れたらしい。
「わー!ミスチルだ!」
「ミスチル、好きなん?」
「うん、まぁ」
「へー。ほな俺もミスチル入れよ」
「白石くんのミスチル……!」
これは聞いてみたいかも。どの曲にするんだろう。白石くんはそのままデンモクのMr.Childrenの画面を開く。ランキング順に曲が表示されていて、その栄えある第一位はHANABIだった。一位の曲ならきっと間違いないやろ、と彼はそのまま予約ボタンをタップした。
*
あー緊張した。どうにかこうにかaikoを歌い終えると、終わった途端にオーディエンスが盛り上がったからこちらが驚いた。やっぱり恋愛系の歌詞だし、思春期の男子にaikoは刺さるのかな。まさかの財前くんから「先輩、可愛え声してますね」なんて言ってもらえて調子に乗ってしまう。いやお世辞なのはわかっているけどね!
「部長、息してへんのとちゃいますか」
「……アホ。何でやねん」
歌っている間すっかり隣の席の白石くんのことを忘れていたけれど、隣の白石くんを見ると、なんとなく頬や耳が赤くなっているような気がしたし、財前くんにツッコむ勢いも弱々しかった。えっ、体調不良?すると逆隣の石田くんが「支倉はんは心配せんでええ」と何か全てを悟ったかのように言うので、そうなのかな、と素直に受け取る。
「あ、次、白石くんだよ」
「せやったな。ほなマイクもらうな」
HANABIの前奏が流れ始めたので、マイクを手渡す。一瞬だけ白石くんの指先が自分の指先に触れた気がして、少しどきっとした。そんな自分の反応に、どこか俯瞰的な視点のもう一人の自分が、私、自分で思ってるよりずっと白石くんのこと好きなんだろうなぁ、なんて客観的に認識する。そして、Aメロが始まった瞬間――
あれ、今日、私、このまま天国行くのかな?
それくらいのインパクトだった。えっ待って、白石くんが歌っている声って今まで聴いたことなかったけど、こんなにかっこいいの?え、テニス部員のみんなはいつもこんな声をカラオケで聴けているの?え?え?え?待って、本当にキャパオーバーだ。かっこよすぎて、ドキドキしすぎて、胸がきゅうっとして、息の仕方を忘れる。そんな私の様子を見て、隣にいる石田くんが「似た者同士やなぁ」と和かに呟いていた。どういう意味だろう。よくわからないけど、とりあえず白石くんの歌を浴びておこう。もう一生で一度の機会かもしれないし。録音すればよかった。もう遅いけど。せめてちゃんとこの耳で記憶して、いつかおばあちゃんになって死ぬ前に人生を振り返った時に、あの時の白石くんの歌にはどきどきしたなぁ、って思い出せるようにしておこう。
*
自分の番を歌い終わったので、次の番である銀にマイクを渡す。ミスチル好きや言うてたけど、どうやったやろ。いきなりこのアウェイな環境のカラオケに来ることになってしまった彼女に、少しでも楽しんでもらえたのなら良いのだが――そんな気持ちで隣の彼女の様子を窺う。
「……おーい、大丈夫か?」
「あ、うん、ダイジョウブ」
「いや、めっちゃカタコトやん」
なぜか放心状態の彼女は、ようやく少し魂が戻ってきたのか、若干焦点の合わない目で俺の方を見る。
「白石くん、すっごい歌上手いんだね……」
「そうか? おおきに」
「……うん、すごい、かっこよかった」
普段控えめな彼女が、ぽーっとした顔で珍しくストレートに褒めるから、内心動揺した。嫌味に聞こえたら申し訳ないが、かっこいいなんて正直言われ慣れているはずなのに。好きな子に言われると、どうやらそれは特別な意味を持つらしい。
「それを言うなら支倉もやで。財前も言うとったけど、可愛え声してるやん。聴けてよかったっちゅー気持ちと、他の奴らには聴かせたなかったなっちゅー気持ちで、何や複雑やわ」
俺だけが動揺しているのも少し悔しいのでそう伝えてみると、彼女は一瞬「?」という表情をしたけれど、その後俺の言わんとすることに気づいたのか、一気にその頬に赤みが差した。割と直球のアプローチを続けているはずなのだが、一体彼女はどこまで俺の気持ちに気づいているのだろうか。脈が無いわけやないとは思うねんけど――きっと勘違いやとか気のせいやとか思ってるんやろな。勘違いちゃうのに。
*
「ほな、お疲れさん!」
午後四時過ぎ、みんなでカラオケ代を割り勘して、解散する。まさかテニス部のみんなとカラオケに行くなんて、今朝までは想像もしていなかったけど、楽しかったな。駅に向かって歩こうとすると、不意に白石くんに話しかけられる。
「送ってくわ」
「え、まだ明るいし、一人で大丈夫だよ?」
「……そんな俺と帰るん嫌?」
「え゛?! まさか」
「ほな、送らせてな」
「……うん」
気づけば私たち以外のテニス部メンバーの背中はすでに遠くなっていた。私たちは置いていかれたみたいだ。
そのまま並んで駅へ向かって歩き出す。きっと私が早足にならなくても良いのは、白石くんが私の歩くペースに合わせていてくれるからで。大通りから一本外した人の少ない道を選んでくれるのは、きっと人混みではぐれないようにしてくれているからで。そういうやさしいところが好きだな、なんて再自覚する。
「今日、楽しめたか?」
「うん、すごく楽しかったよ!本当にありがとう」
「そーか。半ば強引に誘ってもうた感じやったけど、楽しめたんやったらよかったわ」
白石くんはホッとしたような顔をした。私は何にも気にせずに楽しんでしまっていたけど、きっと私がちゃんと楽しめているか、気を遣わせちゃってたんだなぁ。
「うん。まさか毒草聖書の原稿届けに行ったらこんな展開になるとは思わなかったけどね」
「はは。そう思ったら、原稿置き忘れとってよかったわ。そのおかげで支倉とカラオケ行けたしな」
「あはは、大袈裟な。私とカラオケなんていつでも行けるよ」
「ふーん。ほな、また誘ってええの?」
「うん、もちろん!」
「……みんなでやなくて、俺と二人でも?」
――それって。
勘違いしたくないのに。勘違いすればするほど、後でそれが本当に勘違いだってわかったとき、苦しくなるのに。白石くんの表情を確認するように視線を斜め上へ持っていくと、白石くんは言葉を続ける。
「俺、誰にでもこないなこと言わへんし、」
「……うん、」
「冗談でもこないなこと言わへん」
「…………うん、」
「俺としては、デートの誘いのつもりやけど」
どうしよう、心臓がどきどきしすぎて、緊張しすぎて、頭が回らない。どうやら私が今まで感じてきたことは、勘違いじゃないらしいことだけは、やっとわかった。
「……うん。私も、白石くんと二人で行きたい」
別に告白されたわけでもないのに、こんなに緊張してるんだろう。頭ではそう思うけれど、自分でもわかるくらい、その緊張が声に出ていた。
「……こっち見んといて。絶対俺今顔弛んどるわ」
「えっ」
そんなセリフに驚いて反射的に白石くんの顔を思いきり見上げたら、「こら、見るな言うたやろ。悪い子やな」と少し赤い顔をした白石くんから、笑いながら全然痛くないデコピンをされる。
「ほな、今晩は関西大会の日程に加えて、カラオケの候補日程送らなあかんな」
そして、関西大会優勝後に白石くんから告白されて、恋人同士になった私たちのはじめてのデートがカラオケになるのは、そう遠く無い未来の話。
Fin.
2022.6.30