Stand by me

「さすが謙也やなぁ。頭ええわ」
「別に褒めても何も出ぇへんで」

 照れ隠しでそう言ったのに、真に受けて「別に何ももらおうと思ってへんわ」と笑っている麻衣と俺はいわゆる幼馴染だ。家は向かい同士、親同士も仲が良く家族ぐるみで付き合いがある。
 夏休みに入ってから、毎日のように麻衣は俺の部屋を訪ねてきては、夏休みの宿題のわからないところを聞いてくる。だが、気持ちは複雑だ。

「それより、さっきからスマホ鳴っとるで」
「誰やろ? また侑士かな」
「……侑士と仲ええなぁ、自分」
「そう? 謙也と侑士のほうが仲良いやろ」
「俺らはイトコやし。友達っちゅーか親戚やからな」
「……そう言われると疎外感感じんねんけど」
「えっ? いや別にお前が仲間はずれやとかそういうわけやあらへんで? 三人のグループチャットもあるやろ?」
「せやけど。ここまできたら、もはや私も忍足家の人間やったらよかったわ〜。恵里奈ちゃんの妹になるんも、翔太のお姉ちゃんなるんもええな〜」

 そう言いながら不貞腐れたように麻衣はスマホを操作して、メッセージの発信元を確認する。その言葉を聞いてさらに気持ちは複雑さを増す。
 気づいたら麻衣のことを好きになっていた。幼馴染で一緒にいる時間が長いせいで、いつどの瞬間から好きになったかはわからない。だが、中学に入ってから、確実に意識するようになった。男友達が、誰が好きだとか誰が可愛いとか話している中、自分の頭に浮かんでくるのは麻衣だけだった。客観的に見て、麻衣が普通に可愛いのもあるが。

「やっぱり侑士からやった。謙也ごめん、ちょお電話していい?」
「おん。ええで」
「ほな、部屋出るな」
「……。俺に聞かれたらまずい話なん?」
「うん。謙也の悪口やから」
「こら」

 麻衣は軽く笑って俺の部屋のドアの外へ出て行く。少し短めのスカートの裾が揺れて、思わずごくりと唾を飲んだ。アカンアカン。心頭滅却やで、俺。
 小学校高学年になって、侑士が父親の転勤と共に大阪へ戻ってきた。侑士と麻衣を繋いだのは紛れもないこの俺だ。イトコの侑士と、幼馴染の麻衣。三人で仲良うできたらええな、と思っていたが、期待以上に二人は馬があったようで、俺がいなくても二人で遊んだり、中学に入って侑士が東京へ行っても、頻繁に連絡をとる仲になっていた。そして、俺の勘が正しければ――アイツは侑士が好きや。
 最近、麻衣から「侑士」という固有名詞を聞くことが多くなった気がするし、それとほぼ同時に、俺の部屋に来る時の麻衣の服装が変わってきた。昔は部屋着みたいなゆるめの格好だったのに、最近は、カジュアルだがどこか女の子らしさも残るような――要は、俺好みのファッションになったし、シャンプーなのか香水なのかは知らないが、いい匂いもするようになった。そんな麻衣の変化を目の当たりにするたび、やっぱ可愛い、好きや、なんて思ってしまい、そしてすぐに侑士のことを思い出し、落ち込む。――侑士のこと好きやから、可愛なってくんやろな。俺にとっては侑士も大切なイトコだ。普段は言い合いすることも多いが、なんだかんだアイツのことを認めているし、尊敬している。我ながら、ほんま、不毛な片想いや。麻衣が部屋に戻ってくるまでの間、思わず机に突っ伏した。

「お待たせ」
「おん。もうええの?」
「あー、うん、大丈夫やで」

 慌てて身体を起こす。少し赤い顔をした麻衣は、俺の隣にまた腰を下ろす。侑士と電話して赤い顔して帰ってくるとか、ほんま何やねん。侑士も侑士や、アイツのことやから絶対俺がコイツを好きなん知っとるくせに、当てつけか。照れ臭くて、侑士とは表立って恋愛の話をしたことはなかったが、きっと侑士にとっても麻衣は憎からぬ存在だろう。胸の辺りがモヤモヤする。

「……なぁ」
「ん、何?」
「侑士のこと、好きなん?」

 思わず聞いてしまった。これで麻衣の口から「実はせやねん」なんて言葉が出てきたら、心は痛むが、諦めがつく。ただ、麻衣の反応は違った。心底驚いた声で「何でそうなるん」と言う。

「せやかて、最近いつも侑士と連絡取ってるし、今かて侑士と電話した後、赤い顔して戻ってきたやん。それに、最近その、どんどん服装も変わって、その、可愛なってくっちゅーか……それも侑士のためなんやろ」
「……っ、ずっと謙也にはそう見えとったん?」
「おん」

 そう答えると、みるみるうちに麻衣の鼻の頭が赤くなり、その瞳には涙が溜まってきた。え、俺、何やあかんこと言うた?!女心、全然わからへん!!

「……謙也のあほぉ」

 麻衣は体育座りをして、膝を抱えながら腕の中に頭を埋めて、蚊の鳴くような声で言葉を紡いでいく。

「……謙也が好きそうな服装、侑士に聞いてん。ずっと幼馴染のままやったら女の子として意識してもらえへんねやろなって思って、侑士にずっと謙也のこと相談して、ちょっとでも謙也に『可愛い』って思ってもらいたかってん」
「えっ……それって」
「空回りしてもうた。頑張ったつもりなんやけどなぁ……私ほんまにアホやなぁ……」

 え、もしかして、コイツが最近急激に可愛くなったんは――全部俺の為?理解した途端、いろんな感情が爆発して、先に身体が動いていた。

「ひゃ、けんや、」
「……すまん、俺一人で勘違いしとった」
「っ――」
「俺、麻衣が好きや」
「え?!」
「ずっと侑士のこと好きなんやろなって思って、玉砕するのも嫌やし言えへんかったけど――最近めっちゃ可愛いなったん、全部俺の為やったんやな」

 体育座りしている麻衣ごと腕を回して抱き締めると、麻衣も動揺しながらも体勢を変えて、「うん」と小さく答えながら俺の背中に腕を回す。

「侑士と電話してほっぺ赤なったとしたら、侑士とは謙也の話ばっかしとるからやもん」
「……そうやったんや。すまん」
「ううん。告白する勇気なかった私も悪いねん。謙也がどないしたら意識してくれるか、侑士にばっか相談してもうたから、変に誤解させてもうた」

 腕の中にいる麻衣が、少し震えながら俺の顔を見上げる。うわ。ちょお泣きそうな顔しながらの上目遣い、やばいな。今までは勝手に侑士のことが好きだと思っていたので理性が働いていたが――気持ちが通じたかと思うと、色々と抑えきれなくなる。

「……なぁ、確認やけど、」
「うん?」
「俺のこと、好きやんな?」
「……な、何で改めて聞くん。話の流れでわかるやん」
「ちゃんと言葉で聞いてへんし」

 真顔でそう伝えると、麻衣は侑士との電話の後とは比べ物にならないくらい頬、いや、耳までもを赤く染めて、言う。

「うん。謙也のことが、好き」
「……おおきに。めっちゃ嬉しいわ」

 そのまま、お互い黙って見つめ合う。物心ついた時から一緒にいたが、これは今まで感じたことのない、はじめての空気だ。世の恋人同士は、いつもこんな甘い空気の中で過ごしてるんやろか。
 この状態に耐えきれなくなったのか、麻衣は恥ずかしそうに目を逸らそうとする。そんな仕草が可愛くて、俺の中の何かに火をつけたのか――気づいたら、麻衣の唇に、すかさず自分のそれを重ねていた。一瞬驚いたように肩が震えたが、そのあとすぐに麻衣の身体から力が抜ける。麻衣の唇は、甘くて、柔らかくて、幸福感が身体中を駆け巡る。
 たった二文字の言葉なのに、それを伝える伝えないで世界は大きく変わる。お互い、早よ言えば良かったんやな。

 その晩、侑士と三人のグループチャットで、俺たちが付き合うことになったことを報告したところ、侑士からは「おめでとう」というスタンプと共に、こんな返事が来た。

『自分ら目に見えて両想いやったし、正直まだ付き合うてへんのかいな、世話焼けるな思っとったから、やっとか、って気持ちやわ。あと、お盆は大阪帰るさかい、二人ともよろしゅう』

 そして、迎えたお盆。侑士一家とのホームパーティー、といえば聞こえはいいが、要は親族の飲み会がある。

「謙也、今日は麻衣は家おらんの? おじさんの実家帰っとる?」
「いや、特に聞いてへんけど。普通に家おるんちゃう」
「ほな、飲み会呼んだらええやん。うちのオトンオカン姉ちゃんも久しぶりに会いたい言うてたわ、お前の『彼女』にな」
「!」

 何でわざわざそんな言い方すんねん。一気に頰のあたりが熱くなってくる。そんな俺の様子を見ながら侑士は笑っている。

「別に、三人のグループチャットあるやん。お前からアイツに言えや」
「俺と麻衣が連絡とると、また謙也が変な勘違いしてまうやろ?なんてな」
「ッ! ほんま、お前のそーいうとこ嫌いや!」
「何や、結局その勘違いのおかげで付き合えたんやろ? 感謝せぇや」

 結局俺が直接麻衣にメッセージを送ることになった。『今晩うち来ぉへん? 侑士来とるで』。そんなメッセージは瞬時に既読になり、『侑士?! 会いたい。行く!』と速攻で返信が来た。それにしても、いつもこんな返信早かったか?!アイツの彼氏は俺やけど……でもやっぱ侑士には少しヤキモチ妬いてまうわ。

「あらーどこの別嬪さんかと思ったわ〜! すっかり綺麗になって〜!」
「せやろせやろ〜。こんな別嬪さんがな、うちの謙也と付き合うてくれてんねんで」

 侑士のオカンとうちのオカンが盛り上がっている中、麻衣自身は、眉を下げながら困ったように笑っている。助けてやれんですまん、忍足家の女が集まると太刀打ちできひんねん……。そんな中、恵里ちゃんが麻衣に問う。

「なぁなぁ、謙也のどこが好きなん?」
「えっ?!」
「恵里ちゃん、何を聞いとんねん!」
「謙也は黙っとき。今は女の子の恋バナの時間やねん」

 ピシャリとそう言われ、思わず口を噤む。恵里ちゃん、美人やねんけど、こういうとこ怖いわ。侑士もやけど。不意に隣にいる侑士が言う。

「……荒療治やけど、麻衣にも忍足家の集まりに慣れてもらわなあかんな」
「ん? どう言う意味や」
「せやかて、将来自分らが結婚したらみんな親族になるんやで」
「けっ……結婚?!」
「驚くことないやろ。え、もしかして遊びで付き合うてるん?」
「アホ! んなわけないやろ!」
「ハハ。ほんま謙也はイジり甲斐があるわ」

 確かに、もし将来麻衣と結婚したら、麻衣は忍足家の一員になる。今はお互いにまだ中三だが、この先の未来もずっと麻衣と一緒に過ごせたら。そう思ったら、愛想尽かされんようにせんとな、なんて改めて身が引き締まった。

Fin.
2022.6.5