※「I’m really waiting for you!」の続編ですが、短編としても読めます。
去年のクリスマス前に丸井先輩に彼女ができた。その噂(事実だが)は瞬く間に中学・高校問わず立海中に広まった。1つ年下で、他校の生徒で、丸井先輩の幼馴染。そこまでは丸井先輩本人が開示した情報だが、それ以上先輩は彼女について明らかにしなかった。名前も、顔も、一切秘密。
「俺もカノジョ欲しいっす!」
「赤也、お前もまーまーモテるだろぃ」
「まぁ、そうっすけど。なーんかピンとくる子がいねーっつーか」
「それなら別に慌てなくてもいいんじゃね?好きでもない子と適当につきあうのは相手に失礼だぜ」
じゃ、お先。と丸井先輩は着替えを終えて部室を出て行った(ちなみに今日は高校のテニス部との合同練習だ)。そのテニスバッグにぶらさがるダッ○ィー。あれ、こんなんついてたか?そしてその後、ピンときた。――うわ、これ、ぜってー彼女とお揃いのやつじゃん!
*
そんな丸井先輩が、俺が中学から高校に上がる春休み、テニスの練習後に爆弾発言をした。
「俺の彼女、春から立海通うから。お前ら同じ学年だろぃ。シクヨロ」
その言葉に玉川と俺は顔を見合わせて驚く。それは、もしかしたら丸井先輩の彼女と同じクラスになる可能性もあるわけで。
「えっマジっすか?!それなら、さすがに彼女の名前教えてくださいよ!」
「そのうちな。最初っから俺の彼女だってバレたらアイツも立海でやりにくいだろ」
「……確かにそうっすけど」
丸井先輩の彼女が立海に入学してくるなんて知れたら、彼女ができても関係ないと言わんばかりに丸井先輩にアプローチし続ける女子が、黙っていなさそうだ。
「しかるべきときにちゃんと紹介する。俺のせいでアイツに迷惑かけることもあると思うから、同じ学年のお前らがサポートしてくれると助かる。頼む」
丸井先輩はそう言って、珍しく俺たちに頭を下げたから、玉川は「顔を上げてください!」と慌てている。
「もちろんです。なぁ、切原」
「おう!……ただ、顔も名前も今んとこわかんねーけど……」
「はは。二人ともサンキュ」
*
そんなこんなで、春、玉川と俺は無事に立海大附属高校に入学した。男が多い工業とは違い、男女比はおよそ1対1。外部から受験して入ってきたのが、学年の3分の1程度だ。その中に丸井先輩の彼女がいる。そして、丸井先輩の彼女以外にももちろん女子はたくさんいる。
「……外部から入ってきた子、可愛い子多くね?」
「さあ。そうかもしれないけど、俺彼女いるし」
「ッ!お前ほんとそーいうとこな」
同期の玉川は相変わらず新体操部の女子と付き合っているから、あまり他の女子が気にならないらしい。
「切原はその可愛い子の中で好きな子でもできた?」
「好きとかじゃねーけど、可愛いな、気になるな、って子はいなくもねぇかな」
「へー。同じクラス?」
「おう。……ってか俺、何でおめーにコイバナしてんだ!」
「ははは」
今年外部から入ってきた1年女子のレベルが高いのは立海の男子にとっては周知の事実だ。その中でも俺が特に可愛いと思うのは、同じクラスで隣の席の支倉麻衣だ。単純に顔がタイプなのもあるが、俺が支倉を気になったのには明確なきっかけがある。
支倉と隣の席になってすぐの英語の授業。もちろん俺は予習なんてしていないし、何なら居眠りをしていた。そんな時だ。
「はい、次、切原!」
「へ?」
「へ、じゃない。『次の英語を日本語に訳せ』と書いているだろう」
英語の教科担当は早速俺に目をつけ、厳しく問い詰める。すると、隣の席の支倉が、先生にはバレないようにスッとノートを差し出してきた。そのノートには「←切原くん、ここ読んで!」と付箋が。
「『ブライアンはこの町に住んで10年になります。』」
「……正解。では次の設問を――」
無事事なきを得て、隣の席の支倉に小声で礼を言う。
「マジ助かった。サンキュー!」
「ううん、役に立てて良かった。切原くんテニス部だよね、朝から練習してたら疲れちゃうし、眠っちゃうのもしょうがないよ」
彼女はそう言って笑っている。顔はもともと可愛いと思っていたが、性格まで最高じゃんかよ……!その瞬間俺の中で支倉が気になる女子に躍り出た。ただ、これだけ可愛くて性格も良ければ、彼氏の一人や二人ぜってーいるだろ。それこそ本気になれば奪い取ってやろうと思うが、まだそこまででもない。あえて彼氏持ちの女子を本気で追いかけるのも気が乗らない。――しばらくは様子見だな。
*
支倉が気になり始めて半月ほど経った頃、ふと気がついた。彼女の机の横に掛かっているスクールバッグ。そこに、シェ○ーメイのマスコットがぶら下がっている。
既視感があった。どこでだったか、俺はこのマスコットを見た気がする。そして、ハッと思い出し、俺の中で全てが一本に繋がった。もしかして――。ディ○ニーのマスコットをお揃いにするだけなら、世の中のゴマンというカップルがやっていることだ。それでも、俺の直感は。
その日の練習後、俺は意を決して丸井先輩に声をかけた。
「丸井先輩」
「ん、どーした赤也」
「俺……丸井先輩の彼女、誰だかわかったかも、っす」
「へー。名前言ってみ」
「支倉麻衣」
丸井先輩はそのフルネームに少し身体をピクリと反応させて、そのあと眉を下げて笑った。
「はは。正解。麻衣から赤也が隣の席になったって聞いた時はマジかって思ったけど。でもどうして気づいたんだよ?」
「先輩と支倉、お揃いのマスコットつけてるっしょ。ダッ○ィーとシェ○ーメイ」
「っへー。よく見てんなお前」
「……まぁ」
気になる子の持ち物だったんで、とは言えず口をつぐむ。失恋まではいかないが、やっぱり彼氏いたのかよ。しかも相手、丸井先輩っていう。少しテンションの下がった俺の様子を見て、丸井先輩はきっと全てを察したのだろう。
「赤也、」
「何すか」
「お前は俺にとって可愛い後輩だから、基本的にお前の恋愛は応援したいと思ってるけど、」
そう前置きをして、丸井先輩は、突き刺すような視線で楔を打つ。
「麻衣は、俺のだから」
その発言に背筋がゾクゾクした。やべーな。気づかないまま、彼女にアプローチしていたら、俺、丸井先輩に殺されてたかもしれない。
「――まだ他の奴らには黙っててくんねぇかな。俺の彼女っていうレッテル貼られる前に、麻衣は麻衣として、友達関係築いて欲しいと思ってんだ」
「……はい」
「アイツ、良いやつだろぃ。それがみんなに伝われば、俺の彼女だってその後バレても、『変なこと』になりにくいと思ってる」
そう言葉を紡ぐ丸井先輩の様子を見ながら、本当に真剣に支倉のことを想っているのが伝わって、俺の中の淡い恋愛未満の感情は一気に冷めた。
俺にとって丸井先輩はずっとお世話になっている大切な先輩だ。その丸井先輩と、英語の授業で助けてくれた支倉の恋愛を応援したいモードに一気に気持ちが切り替わる。
「……ま、俺同じクラスなんで。支倉に何かありそうだったらすぐ助けるっす!」
「赤也。お前いい奴だな」
「えっ丸井先輩、今更気づいたの?遅いっすよ」
そんな会話をしながらも、丸井先輩はすっかり着替えを終えていた。きっと丸井先輩が着替えるのが早いのは、どっかでこの後支倉と待ち合わせて帰ったりしてるからなんだろうな、なんて思う。
「じゃ、また明日」
「お疲れっす」
丸井先輩はテニスバッグを背負って、こちらを振り返らずに背中を向けたまま手をヒラヒラとさせる。その動きに合わせて、テニスバッグにぶらさがったダッ○ィーが、ゆらゆらと揺れていた。
Fin.
2022.8.19