「痛たたたたっ……!」
「はいはい、我慢。もう少しで解けるから」
彼女の長い髪が、ワンピースの背中のファスナー部分に引っかかってしまった。それを一生懸命に解いてあげる俺は、優しい恋人だ。同棲をはじめてからもう少しで半年。最初はパジャマ姿を俺に見られるだけで恥ずかしがっていたのに、今や着替え途中のファスナーを俺に触らせるようになるなんて。
「違うもん、これは不可抗力というか……! 恥ずかしいけど、こんなの精市にしか頼めないじゃない」
「あれ、俺、思っていたことが声に出てたかな」
「もう、わざとでしょ!」
彼女は、不機嫌な表情で、顔を真っ赤にしている。そういうところが可愛いから、どうしても悪戯してしまいたくなるのだ。あんまりやりすぎるのは良くないって、わかってはいるのだけれど。
中学時代から彼女に惹かれていて、高校から付き合うようになった。そして、そのままお互いに大人になった今も、俺達の関係は続いている。長く付き合うとマンネリ化するんじゃないか、なんて言われたりすることもある。確かに、付き合いたての頃のドキドキのようなものは、正直無いかもしれない。ただ、一方で、絶対的な安心感がある。周りの環境がどんなに変わったとて、隣にいてくれる彼女とは、ずっと変わらずにお互いを想っていられるのだ。
「はい、解けたよ」
「精市、ありがとう! 本当に助かった」
「あとは、このファスナーを上まで上げればいいのかな」
「お願いします……!」
彼女の髪がはさまらないように左手で避けて、右手でファスナーをジジーッと上まで上げる。確かに、少し固くて上がりにくいファスナーだ。彼女が誤って髪を挟めてしまうのもわかる気がした。
「これでいいかい?」
「うん。ありがとう。ねえ精市、この服、この前買ってみたんだけど、どうかな……?」
「確かに見たことないなと思っていた服だけど、新品だったんだね。だからファスナーが固かったのか」
「もう、ファスナーについての感想はいいよ……」
彼女は、口を尖らせる。長年俺と付き合う中で、彼女の中に『俺が好きそうな服データ』が蓄積しているようだ。彼女が段々と俺の好みに合う服を選んで買うことが多くなっているのに気づいてはいるのだが、素直に彼女が欲しいであろう言葉を伝えるのも芸がない。
「……ん~。可愛い服だと思うけど」
「『けど』……あんまり似合ってないかなあ」
少し悲しそうな顔をする彼女がかわいそうなのだが、やっぱりそんなところも可愛い。
「夜、ちょっと脱がせにくいかもしれないな」
「!? 朝から何を……!」
「はは。冗談だよ。よく似合ってる」
彼女は、また顔を真っ赤にしている。一体何を想像したんだろうね?
そのままファスナーに引っかかっていた部分の髪を指で掬って整えてやると、髪の隙間から彼女の白い項が見える。
「もう、精市が変なこと言うから、褒め言葉も素直に受け取れないよ」
「……本当にキミは可愛いな」
「会話が嚙み合ってない……!って、ひゃ、」
そのまま後ろから彼女を抱きすくめると、彼女は驚いた様子で肩を震わせる。
「――これからもずっとそのままのキミでいてほしい」
「? いきなりどうしたの……?」
「中学の頃から、こういうところ変わらないなと思ってね。キミのそういう一つ一つに素直に反応するところが、俺は好きなんだ」
耳元でそう伝えると、彼女は耳まで真っ赤にさせながらも「……私は精市が意地悪ばっかりするところは好きじゃない」なんて、やっぱり素直に言ってくるから、思わず笑ってしまった。どこまで可愛いんだ、キミは。
Fin.
2022.5.8