Sweet Skit

 来月発刊の校内新聞の編集長は私で、記事の構成を決める最終権限も私にあった。同じ新聞部員の白石くんが連載している小説『毒草聖書』は、続きを楽しみにしている人も多いから、もちろん継続だ。明後日が入稿締切なので、部員はそれぞれ担当記事や原稿に向き合っている。

「んー、あかんわ」

 そんな中、白石くんは珍しく悩んだ様子で、部室の天井を仰ぎながらため息をついた。

「……どないしたん、白石くん」
「毒草聖書の続き、なかなか書けへんねん」
「え、白石くんでもそんなことあるんや?いつもめっちゃすらすら書いとるイメージやった」
「確かに支倉の言う通り、いつもわりと降りてくるんやけどな。今回に限っては、なかなか上手いこと書けへん。せやけど──入稿締切、明後日やったよな?」
「うん……めっちゃ申し訳ないけど、明後日がデッドライン」
「……せやな。明日も明後日もテニス部やから、実質今日中に書き上げなあかんな」

 左手でシャープペンを握り直しながら、白石くんは根詰めた表情をしている。そんな様子の白石くんを見ていると、なんだか逆に気の毒だ。

「あ、でも無理せんでええよ?原稿落ちたら落ちたで、写真とか絵とかで埋めて何とかするで」
「こーら。今回、支倉が編集長やろ?そんな適当なこと言うたらアカンで。……って、俺のために気ぃ遣て言うてくれたんやろうけどな」

 白石くんはそう言って眉を下げて笑う。確かに編集長の立場としては、全校生徒に少しでも喜んでもらえる新聞を提供したいから、本音を言うと白石くんの毒草聖書の最新話は絶対に載せたいところだ。

「なぁ、白石くん」
「ん?」
「一個人としてはあんまり白石くんに無理させたないねんけど、一方で編集長としては毒草聖書の最新話、絶対載せたいねん」
「はは。光栄やな」
「せやから……今日中に原稿仕上げるのに、私に手伝えることある?」

 そう問うと、白石くんは少し何かを思案したあと、何か閃いたような様子で言う。

「──せや、支倉、今日、ちょっと遅くまで残れるか?」
「え?うん、大丈夫やで」
「良かった。ほな、最新話の大体のあらすじ話すから、登場人物になりきって俺と会話してほしいねん。ネタバレになるから、他の部員は帰った後な」

 そんなわけで、他の部員が帰った後、白石くんと私は新聞部の部室に残っていた。白石くんの隣の席に座ると、白石くんはおもむろに口を開く。

「──ほな、最新話のあらすじ話すで。内蔵助はついにずっと想いを寄せていた女性に告白するんや」
「えっ?!そんな胸熱展開なん?!」
「せやから、ネタバレになるからみんながおるとこでは言えへんかったんや。支倉と俺だけの秘密やで」

 支倉と俺だけの秘密やで、なんて。
 そのセリフ、ずるいわ、白石くん。そんなこと言われたらときめかざるをえない。
 1年生の時から白石くんとは新聞部でずっと顔を合わせてきていて、そんな中で、カッコよくて優しくて、でも気さくな白石くんに、いつの間にか惹かれていた。白石くんは女の子からものすごく人気があるし、別にこの気持ちを伝えるつもりはないけれど。

「せやけど、具体的なセリフが全然思い浮かばへんくて。俺が内蔵助役やるから、支倉が内蔵助が想いを寄せる女性の役やってくれへん?」
「え゛?!私、演劇の才能皆無やで?!」
「ええて。俺がイメージできれば良いだけやから」
「……う、うん」
「ん。ほな、始めるで」

 待って。今、私「うん」と言ってしまったけれど、もしかしてこれからとっても恥ずかしいことが始まるのでは……?!

「──あ、そういえば」
「な、何?」
「まだ内蔵助が想いを寄せる女性の名前決めてへんねん。せやから、仮で『麻衣』にしとくな」

 待って待って待って。白石くん、いや、あくまで内蔵助としてやけど、私のこと『麻衣』って呼ぶん?!
 と、私は1人で動揺しているけれど、白石くんは全くいつもと同じ様子だ。そりゃそうか、白石くんにとっては小説の原稿のインスピレーションを降ろす作業の一環でしかないのだ。そう思ったら、1人で動揺しているのもバカみたいだ。ここは冷静に、冷静に……。そして私たちの寸劇は始まった。

「『麻衣』」
「『な、何?』」
「『──俺、麻衣に伝えたいことがあるんや』」
「『伝えたいことって…?』」

 すると白石くんは、私の頬にその手を伸ばし、白石くんの大きな右手で私の左頬が包まれる。え、ちょっと待って。セリフだけちゃうの?!

「『……く、内蔵助?』」

 思わず役になり切って聞いてしまった。漢字こそ違うけれど、音にすると主人公の名は『くらのすけ』だ。何となく白石くんを呼び捨てにしてるみたいで、それもそれで恋人みたいで恥ずかしい。白石くんはそんな私のセリフを耳で捉えると、少し目を泳がせる。えっ、もしかして白石くんも照れてる…?!

「あかん、ちょっとストップ」
「え」
「支倉、自分、ほんま……不意打ちやな。せやけどインスピレーションわいてきたわ。もうちょっとだけつきあってな」
「あ、うん……!」
「ほな、続きから」

 そう言って再度、白石くんは、その手で私の頬を包む。やばい、私もめっちゃほっぺ熱い。きっと熱くなってること、白石くんにバレてるんやろな。

「『……なぁ、めっちゃほっぺ熱いで』」
「『!』」

 やっぱり。

「『麻衣も俺のこと意識してくれてるって思ってもええか?』」
「『──そ、そんなん、聞かんといて、恥ずかしい』」
「『……その反応、めっちゃ可愛えなぁ』」

 白石くん、いや、内蔵助はそう言うと、とても機嫌良さそうに笑っている。白石くんはあくまで役として言っているのだろうけど、私としては、もう役なんだか素なんだかよくわからない。

「……あーでもやっぱり、ここで寸劇は止めやな」
「え?」
「インスピレーションは十分降りてきた。でもって、降りてきて気づいたわ。これは小説にはできひん」
「え?!」
「……支倉、自分、ほんまに可愛すぎやで」

 話が全然見えてこない。頭にクエスチョンマークばかり浮かぶ私に白石くんは言う。

「──こんな支倉の可愛いところ、小説にして全校生徒に読まれたないわ。俺だけ知ってればええ」

 ええ?!てゆかさっきから白石くん、めっちゃ『可愛い』言うやん?!もう何なん、からかって楽しんでるん?──でも、私が知る白石くんは、間違っても女の子の恋愛感情を弄ぶようタイプではない。ということは、え、本気で言ってる?そう捉えると、一気に心臓がうるさくなる。

「それに、ここから先のセリフは、毒草聖書の内蔵助としてやなくて、ちゃんと俺が『白石蔵ノ介』として『支倉麻衣』に伝えなあかんことや」

 白石くんはそう言うと、真剣な表情で私を見つめる。ここまで言われて何も予測できないほど鈍くはない。でも信じられない。──だって相手はあの白石くんやで?緊張で、頭がぐるぐるする。

「1年の時からずーっと新聞部でいっしょに仕事してきて、支倉が一生懸命みんなのためにちょっとでもええ新聞作ろって意識で新聞作っとるとこ見てきて、そういうところええな、って思っててん」
「……う、うん」
「最初は単純に人としてリスペクトする気持ちやったけど、どんどん支倉のこと知っていって、気づいたら女の子としてもめっちゃ魅力的やなって思うようになった。いつもニコニコしとるし、からかうと可愛い反応するしな」

 白石くん、そんなふうに思っててくれたんや。

「──俺、前からずっと支倉のこと好きやった」

 信じられないことが起きたけれど、でも、すごく嬉しくて、感情が迷子だ。

「──わ、私も……白石くんのこと、気づいたら、ずっと前から好きやった。でもまさか白石くんが私のこと好きになってくれるなんて思ってへんかった」
「……なかなかアプローチしても本気にしてくれへんから困っとったとこやで。周りの目もある手前、あんまり表立った場所で攻めてくこともでけへんし。せやけど、支倉も俺のこと好きでいてくれたんやな」

 めっちゃ嬉しいわ、と少しホッとしたように素直に笑う白石くんは、なんだか可愛かった。お互い両想いということは、このあとどうなるんだろう。

「なぁ、支倉」
「は、はい」

「今日から、キミの恋人になってもええですか?」

 白石くんは今度はかっこいい方の笑みを浮かべて、そんなことを言う。
 どうしよう、もう色々とキャパオーバーだ。声にならずになんとか首だけ縦に振ると、白石くんはそんな私を見て「ほんまにいちいち可愛えやっちゃな」と笑って、頭を撫でてくれた。

Fin.
2021.10.14

*おまけ*
「っちゅーわけで、今回の原稿はこっちで入稿するわ」
「えっ、別バージョン、もう書いてたん?!」
「内蔵助の愛の告白回にするか、小夏の過去の謎を追っていく回にするか迷っててん。前者がボツになった今、後者やな思ってな。小夏の話は既に書き上げとったから、こっちでよろしゅう」
「(白石くん、ぬかりないなぁ。さすが四天宝寺の聖書やわ…)」