※白石くん高3、ヒロイン高2の春、はじめてキス以上に進む日のお話。
※成人年齢変更前に書いたので矛盾あります…!
蔵先輩と恋人同士になってから、2年半の月日が流れた。私は蔵先輩と同じ高校の2年生になり、やっぱりテニス部のマネージャーをしていた。
私が入学した時にはすでに蔵先輩のほか、謙也先輩、千歳先輩をはじめ中学でいっしょに過ごした先輩たちがすでにみんなテニス部にいたし、光も高1の4月、私と同じタイミングでテニス部に入部したから、まるで中学時代に戻ったかのような感覚で部活に取り組むことができた。
ただ、蔵先輩とお付き合いをしていることは、中学の先輩たちと光以外には公にはしていなかった(ちなみに金ちゃんはすぐに大声で拡散してしまいそうなので、金ちゃんには黙っている。ごめんね…)。お互いに公私混同に思われるのは控えたかったからだ。
だから、蔵先輩のことは、人前ではちゃんと「白石先輩」、そして彼が高校でも部長に就任してからは「白石部長」と呼んでいた。──まぁ、彼はあの日以来私を「麻衣」と呼んでいるけれど。幸い光も私を「麻衣」と呼ぶし、小春先輩も「麻衣ちゃん」と呼んでくれるから、そこは特に誰からも突っ込まれることはなかった。
*
「麻衣──ちょぉ、相談乗ってくれる?」
「理沙、どうしたの?私でよかったら全然いいよ」
「ありがとう。今日、部活やった?もし部活オフなんやったら、放課後にカフェでも付き合ってほしいねんけど…」
「今日はオフだから大丈夫。理沙の好きなとこ行こう!」
高1のとき同じクラスで出会った理沙は私の親友だ。蔵先輩と付き合っていることは、理沙にだけは伝えている。理沙にも他校に中学時代から付き合っている彼がいて、お互い抱える悩みは似通ったところがあった。
放課後、理沙といっしょに、高校の近くのカフェへ移動した。先に注文する形式のカフェのため、まずはカウンターでそれぞれドリンクをオーダーし、奥の方の座席へ座る。
「……麻衣、私、今からめっちゃ変なこと聞くで」
「え?う、うん…?」
「……白石先輩と、”そういうこと”するとき、事前にどんな準備するん?」
一瞬質問の意味が理解できなかった。が、目の前で真っ赤な顔をしている理沙を見て、意味を理解した途端、私自身も顔が沸騰しそうなくらい熱くなった。
「え、ええええっ?!?!」
「もう、麻衣っ、声大きい」
「ご、ごめん、でも、だって……!」
「──この前な、彼とおうちデートしてたときに、なんかそういう雰囲気になってしもて……でも私、はじめてやって。下着もそんなかわいいのつけてへんかったし、彼に『今日は色々準備できてへんからごめん』言うてもうてん。彼はやさしい人やから『そっか、ごめんな』言うてそこで終わってんけど、少し悲しそうな顔しとったから傷つけてしもたんやないかって思ってて……」
理沙から出てくる言葉の一つ一つが刺激が強い。確かにもう私たちは高校2年生であり、そういうことを経験している子も周りにはちらほら現れている。けれど、親友の理沙からそんな話を聞くのは、ドキドキした。
「──私、彼のことめっちゃ好きやねん。彼に”はじめて “捧げてもええって思ってる。せやから、次にこういうタイミングが来たときに断りたなくて…」
健気だなぁ、理沙。理沙の彼は幸せものだなぁ。
そう思う反面、何のアドバイスもできない自分が不甲斐ない。だって──。
「理沙、あの、ごめんね、私もまだそういう経験なくて」
「えっ?!嘘」
「キス以上のこと、蔵先輩からされたことないんだよね……」
そう伝えると、理沙はすごく驚いた顔をしていたけれど、次の瞬間何かを納得したような表情に変わった。
「白石先輩、ほんまに麻衣のこと大切にしとるんやなぁ」
「そ、そうかな」
「そうやで。もうつきあって長いんやし、こんな可愛い彼女おったら、きっとキスより先のことしたい気持ち起こらんほうがおかしいやん。麻衣のこと大切やから、色々我慢しとるんやろな」
そう言われ、不意に蔵先輩を頭に思い浮かべてしまった。真剣にテニスをしている蔵先輩、いつも笑顔で部のみんなをまとめる蔵先輩、そして私の前でもいつもやさしい蔵先輩。そんな蔵先輩が、私に対して『キスより先のことしたい気持ち』をもし持っているとして、その先のことに進むとしたら──想像するだけで恥ずかしすぎて心臓に悪い。
「麻衣、顔真っ赤やで。ほんま可愛いわ」
「だって……!」
「ふふ。みなまで言わんでええよ。でも私たち2人とも初心者やってことがわかったし、どないしよ。ネットで色々調べてみるしかないかなぁ」
「う、うん……そんな日来るのかなぁ」
「麻衣には私みたいな失敗してほしないし、もし良かったらこの後もいっしょにつきあってくれへん?まず勝負下着、いっしょに選んでほしいねん……!」
そう言う理沙こそ本当に可愛い。理沙の恥ずかしそうながらもどこか覚悟を決めたような表情を見ていると、本当に彼のことが好きなんだなぁと思う。そんな可愛い親友の頼みを断るはずもなく、私たちはカフェを出て、ショッピングへ出かけたのだった。
*
そんな理沙とのやりとりがあってから数週間しか経っていない土曜日の今、蔵先輩とのおうちデートはいつもよりも緊張してしまう。
しかも、おうちにお邪魔するときは、普段は蔵先輩のお母さんやお姉さん、妹さん(友香里ちゃん)がいたりしてにぎやかで楽しいのだけれど、今日は家にご家族が誰もいなかった。
「何や最近部活ばっかりでなかなかふたりきりの時間作れへんかったなぁ」
「逆に部活や勉強で忙しい中、こんな時間作ってもらっちゃって、ありがとうございます」
「はは、何をいまさら他人行儀なこと言うてんねん。麻衣と過ごす時間も部活や勉強と同じくらい大切やで」
そう言って蔵先輩は私の頭を優しく撫でる。そういえば、付き合う前からよく頭を撫でてくれていたなぁ、と思う。何年経っても、頭を撫でられると幸せな気持ちがふわっと浮かんできて、思わず頬がほころんだ。
「やっぱり笑顔の麻衣見てるんが一番癒されるわ」
「私も蔵先輩になでなでされると癒されます」
「可愛えこと言うやん。ならもっとなでなでしたろか?」
蔵先輩は、今度はわざと私の髪をくしゃくしゃになるように撫でる。
「もう、髪くしゃくしゃになっちゃったじゃないですか……!」
「ん。くしゃくしゃやな。シャンプーの匂いがええ感じや」
「蔵先輩、シャンプーの匂い好きですよね……」
「お、いつからバレてたん?さすが俺の彼女やな」
機嫌が良さそうな蔵先輩はそのまま後ろから私を抱きしめると、私の後頭部から首筋にかけて、くんくん、と匂いをかいだ。──恥ずかしい。汗くさかったらどうしよう?!
「……ほんまに何年経っても可愛い反応するなぁ麻衣は。耳真っ赤やで」
「だって、蔵先輩がそういうことするから……」
そう振り向くと、そこには蔵先輩の端正な顔が至近距離にある。普段は真面目でやさしくて冷静な彼の、少し瞳に熱を帯びたようなその表情を見られるのは私だけなのだ、と思うと、何年経っても胸が震える。
──これは、キスの前の沈黙だ。
ゆっくり目を閉じると、くちびるに彼のくちびるが触れた。そのまま何度か触れるだけのキスを繰り返す。
「身体ごと、こっち、向きぃや」
耳元にそんな声が落ちてきて、身体ごと彼の方に向き直ると、今度は正面から抱き寄せられ、再度キスをされる。さっきとは違って、触れるだけのキス、なんてものではない。彼の舌はまるで別の生き物のように私の歯列をなぞり、そして私の舌を絡めとっていく。どんどんと激しくなっていくキスに頭がぼーっとする。
「……麻衣、声出てるで」
「!」
「もっと聞きたい」
キスの合間にそんなことを言ってくる蔵先輩は本当にいじわるだ。それでも蔵先輩とのキスは気持ちよくて、とても幸せで、なんだか涙が出そうになる。普段はつきあっていることを隠しているからこそ、こうしてお互いの気持ちを確かめ合える数少ない機会がとても嬉しい。
やっとくちびるが解放されて、蔵先輩の顔を見つめると、彼は「ちょお、激しくしすぎてもうたかな」と珍しく頭をかいて反省していた。
その反応を見て少しホッとした。やっぱり、私たちはいまのところここまでだ。実は、理沙の買い物につきあったときに、理沙が選んでくれた勝負下着をつけてきていた。『次のデートのときにでも着ていき。万一に備えた方がええで』彼女はそんなアドバイスをくれたが、杞憂のようだ。
でも、少し不安もあった。もしかしたら、蔵先輩に『キスより先のことをしたい気持ち』を起こさせるほどの魅力が、私にはない可能性もある。だとしたら、蔵先輩にその気がないのに勝負下着まで買ってバカみたいだ。
今すぐどうしてもそういうことがしたい!というわけではないけれど、何もされないのもされないでモヤモヤするなんて、私は一体どうしてもらいたいのだろう。
「……今何か考えとったやろ」
「な、何かって何ですか?」
「おっ。当ててエエんや?」
おどけた口調とはうらはらに、蔵先輩は珍しく不機嫌そうな表情をしている。
「──『俺がキスより先のことせえへんのは自分に魅力がないからや』とか思っとったやろ」
「え?!」
「何でわかるん、って顔しとるな。わかるでそんなん。もう俺ら出会ってから何年目や思ってん、5年目やで。麻衣がキスした後そないな不安そうな顔するなんてはじめてやし、思いつく理由これくらいしかあらへん」
蔵先輩は真顔だった。どうしよう、怒ってる…?
「──俺がキスまでしかせえへん理由は2つ。まず、法律的に結婚できる年齢になるまでは絶対に手ぇ出さへんって決めとった。万が一の時に、責任取りたくても取れへんからや。せやけど、ここはすでにクリアや」
「はい…」
「次に麻衣自身の気持ちや。キスするだけで真っ赤になっとる麻衣はほんまに純粋でめっちゃ可愛い。そんな麻衣が、さらにその先のことを現時点で望んでるんかって考えたら、NOやろな、と思った。麻衣が望んでへんことはせえへん。それは、麻衣のことが、めっちゃ大切やからや」
蔵先輩、そんなに真剣に私のことを思ってくれてたんだ。嬉しくて、胸がきゅんとする。
「麻衣の全部が知りたい、麻衣の全部が欲しい。その気持ちを理性で抑えるのにどんだけ必死やと思う?せやのに『自分に魅力がないからや』とか思われたら、さすがに俺も怒るで」
「……ごめんなさい」
理沙が言っていた通りだった。私のことが大切だから、色々我慢していてくれていたんだ。でも、そうだとしたら、大好きな人に我慢なんてさせたくない。私だって彼のことが大好きなのだ。
「……すまんなぁ、そんな顔させたいとちゃうねん。俺もまだまだや。なんだかんだ余裕あらへんっちゅうことやな」
蔵先輩は自分自身に呆れたような顔をした。
──私だってそんな顔させたいわけじゃない。
そう思ったら、自然と自分からキスをしていた。私からキスをするなんて、おそらく片手で数えるくらいしかないはずで、蔵先輩は面食らった顔をしていた。
「……そ、その。蔵先輩に我慢させちゃってるなら、我慢しないで良いです。蔵先輩に全部知ってほしいし、蔵先輩に全部あげます……」
ど、どうしよう、なんか自分でもものすごい爆弾発言をしてしまったのはよくわかる。言った後で、急に体温が上がっていく。蔵先輩も蔵先輩で一瞬時が止まったかのように固まっていたけれど、次の瞬間大きなため息をついた。
「……ほんまに敵わんわ」
そう低く呟いた蔵先輩に、気づけばひょいと身体を持ち上げられ、そのまま部屋のベッドの上に移動させられる。そして、蔵先輩は部屋のカーテンをシャッと引くと、そのまま上から覆い被さった。
蔵先輩はとても真剣な眼差しで、私を見つめている。その視線に、耳の奥から鼓動が聞こえるほど心臓が高鳴っている。
「──麻衣」
「は、はい」
「俺は麻衣のこと、心の底から愛しとる。だからこそ、今ならやめられるけど、この先進んだらきっと最後まで欲しなってしまう。ほんまにええんやな?」
私を押し倒しながら最終確認をする蔵先輩の表情からは、いつもの余裕が消えていた。そんな蔵先輩もかっこいいな、と場違いな感想を持つ。こくり、と頷くと蔵先輩は覚悟を決めたような顔をする。
「なるべくやさしくするつもりやねんけど、辛い時は言うんやで」
「……はい」
「ん。ええ返事や」
──ほな、麻衣の全部、もらうで。
耳元でそう囁かれた瞬間、私もこれから起こるすべてのことを覚悟して、理沙に選んでもらった勝負下着をつけてきてよかった、と思った。
Fin.