perfect boy

「今日な、部活あんねんけど、どうしても麻衣と一緒に帰りたいねん。待っといてくれるか?」

 そんなことを言われてしまっては、待たないわけにはいかない。私はテニスコートの外から男子テニス部を他の女の子たちに混ざって見学しながら、蔵を待っていた。
 来週末に大会を控えているテニス部の練習は、見ているだけでも覇気や士気が伝わってくる。彼はその部の中心にいて、オサムちゃんといっしょにこの全国トップレベルの部活を動かしている。なのに、その部活が終わった後にはちゃんと勉強もするし、新聞部のほうでは小説も連載しているし、保健委員の仕事もこなすし、そして、何より、私にもちゃんと構ってくれるのだ。彼のテニスは中学テニス界では「パーフェクトテニス」とか「聖書」とか呼ばれているらしいけど、テニス以外の部分でもそれらしさは健在している。
 ――ほんま、すごい人やねんなぁ。
 尊敬するとともに、自信がなくなる。私、こんなすごい人の彼女でいてもええんかな?

「ごめんな。待ったやろ?俺のワガママにつきおうてくれてありがとな」

 一番最後に出てきた蔵は、テニスコートに続く門の鍵を閉めると、おそらく無意識に私の頭の上にぽん、と手を乗せた。髪に触れた蔵の手が離れても、その感触はまだ残っているような気がして、なんだかくすぐったい。

「ううん、練習見てたらあっという間やったし」
「え、見とったん?!」
「うん。ばっちり」
「うわー、はずっ。俺、何か変なことしてへんかった?」
「あはは、してへんしてへん」
「……よかった。マジでほっとしたわ。今度来る時は言うてな?かっこええとこ見せたるさかい」

 ほなら行こか、と蔵は私の手をとって歩き出す。身長がこんなにも違うのに、私が小走りにならなくても彼の横を歩けるのは、彼が歩く速さを合わせていてくれるからだ。そして何も言わなくても、必ず車道側を歩いてくれる彼は、恋人としても完璧だ。思わずため息が出た。

「ん、どないしたん、ため息なんかついて」
「こないなときにも蔵は完璧なんやなー思て」
「完璧?どこがやねん」
「歩く速さ合わせてくれてるし、車道側にいてくれてるし」
「そんなん常識や。車道側歩かせて麻衣に何かあったらどないすんねん。それに、ゆっくり歩いたほうが長くいっしょに居れるやん」

 な?と笑う蔵はやっぱりかっこよくて、なおさら、非の打ちどころがない。そんな彼のことを好きな人は私以外にもたくさんいるのに、彼はどうして私を選んでくれたんだろう、と思う。私よりかわいい子なんてゴマンといるし、私よりスポーツのできる子だってゴマンといるし、私より勉強のできる子だってゴマンといる。ほら、今すれ違った女子高生だって、蔵のことを振り返った後、その隣にいる私を見て、なんだか不思議そうな顔をしている。つきあう前からこんなのは覚悟していたけれど、だからこそ、あまり考えないようにはしていたけれど――私は、彼にはつりあわないんだ。

「……何かあったん?」
「へ?」
「今日の麻衣、いつもと様子違うから。話したないことやったら無理して話さんでもええねんけどな」

 蔵には、どうしてこう、何も言わなくても全部伝わってしまうんだろう。彼に隠し事をしても無駄な気がする。

「――今日練習見ててな、蔵、めっちゃかっこよかってん。ほんますごい人やなぁって思った。もともとわかってたことやねんけど、改めて私と蔵は全然つりあわへんなって」

 その瞬間、蔵が歩くのをやめたから、私もその場に立ち止まった。おそるおそる蔵の表情を窺おうと顔を上げると、頭に毒手でチョップされた。痛くはないけれど、びっくりして、肩がびくっとなる。

「ほんまアホやなぁ、麻衣は。つりあうつりあわないとか意味わからんわ」
「意味わからんて……」
「だって、つりあうもつりあわんも、俺達好き合うてるからつきおうてんのやろ」

 また私達はゆっくり歩きはじめる。確かに蔵の言う通りだ。

「俺は麻衣のことが好きや。麻衣以外の子とつきおうても意味ないねん。麻衣は違うん?」
「違わへんけど……」
「けど、って何やねん。それにな、今日練習見て俺んことかっこよかった言うてくれて正直めっちゃ嬉しかったけど、基本的に好きな人っちゅーのは良く見えるもんなんや。現に、俺は麻衣が冗談抜きで世界でいちばんかわええ思ってるしな」
「?!」

 動揺する私の様子を見て、蔵は楽しそうに笑う。周りを見渡して様子を見る。道行く人には聞こえてなかったようでひとまず安心した。

「……蔵、フィルターかかりすぎなんちゃうん」
「そう思うんやったら、麻衣も相当フィルターかかってるっちゅうことやで。せやから、元気出し。せっかくの記念日なんやから」

 え?

「記念日……?」
「今日で俺ら、3ヶ月やろ」

 もちろん忘れていたわけではなかったけれど、最近は蔵が忙しかったから、むしろ蔵のほうが記念日なんて忘れていると思っていた。そうか、だから蔵は今日、普段は「先帰っててもええねんで」って言うくせに、今日だけは「どうしても一緒に帰りたい」って言ってたんだ。

「え、もしかして麻衣、忘れとったん?」
「まさか!蔵こそ……最近忙しそうやからすっかり忘れてると思ってた……」
「忘れるわけあらへんやろ?麻衣との大切な日やねんで」

 蔵は、フィルターがかかってるとかなんとかだと言うけれど、私にとって彼は本当にこれ以上にないくらい完璧な人だと思う。そして、こんな彼にこんなに愛されている私は本当に果報者で、いつかバチがあたりそうだ。
 どうしよう、どうしよう、嬉しい。
 だから、私はここが帰り道の路上であるのにもかかわらず、伝えずにはいられなかった。

「蔵」
「ん?」

「だいすき」

 すると、蔵は私の耳に口を寄せて、私にしか聞こえないように囁いた。

「俺も、だいすきやで」

Fin.