Magic Hour

 生徒玄関で麻衣と合流して、校門を出たのを合図に、お互い手を繋ぐようになってから、そろそろ1ヶ月が経つ。付き合い始めたばかりの頃の麻衣は手を繋ぐだけでも真っ赤になっていたが、さすがに最近は少し慣れてきたようだ。初々しい麻衣を見れなくなったのは残念だが、一方で、二人で共有した時間が積み重なってきた証拠のようで、嬉しくもある。

 駅までの帰り道、商店街を通るルートは人目が多いので、俺達は裏道を好んだ。1本裏の道を選択するだけで、ぐっと人通りも減り、ここが大阪の真ん中であることを忘れる。

「最近一気に寒なってきたなぁ」
「せやな。そろそろコート必要かもしれへん」
「確かに〜」

 麻衣はそう言いながら鼻をすすっている。そういう無防備なところ、ほんま可愛えな。
 そんな麻衣と、関係性をそろそろ一歩進めたいと思っている。手は繋いだ。抱きしめたことも数回。
 彼女が前にどんな恋愛をしてきたかは聞いたことがないが、今までの反応を見る限り、おそらく俺が彼女にとってはじめての恋人なのではないかと思う。そう思ったら、ゆっくり彼女に合わせて関係性を進めていきたい気もするが、やはり俺も思春期の男子であって。

 ──そろそろ、キス、したいねんけどな。

「蔵?」
「ん?」
「何やぼーっとしてへん?大丈夫?」

 そう言って、麻衣は少し心配そうな顔で俺の顔を見上げる。まさか、キスがしたくてタイミングを窺っていました、なんて正直には答えられず、大丈夫や、なんて誤魔化してみた。ただ、その見上げたときに身長差で自然と上目遣いになるその視線と、薄く色づいた唇に、思わずゴクリと唾を飲む。

「なぁ、ちょお、こっち来て」
「?」

 周りに人がいないことを確認して、電信柱の陰へと彼女を誘い込む。空は、夕陽の赤と、深みを帯びた紺青に染まっている。どこかでこの時間の空の写真集を見た。マジックアワー。そう呼ぶらしい。 

「蔵、ほんまにどないしたん?」
「……麻衣」

 繋いだ手をいったん離し、左手を彼女の右頬へ。すると彼女もさすがに俺が何をしようとしているのか感づいたようで、一気にその触れた部分が熱くなっていく。

「──キスしてもええか?」
「えっ」

 そんなのいちいち聞かんといて、と言いたげに彼女は眉を下げて困った顔をしている。そういう表情ひとつひとつも全てが愛おしい。彼女も周りに人がいないことをちらりと視線で確認すると、恥ずかしそうに小さく頷いた。
 その同意の合図を皮切りに、彼女の唇へ自分のそれを近づける。すると、彼女は慣れない様子でその瞳を慌てて閉じた。その初々しい反応に、俺のほうが心臓が震える。

 ほんまにマジックアワーなのかもしれへん、俺は今、彼女に溺れる魔法にかかっているのだ。

Fin.
2021.10.25