今年の誕生日も、相変わらず家族で過ごす。お母さんには「そろそろ彼氏と過ごしてもいいのよ」なんてからかわれるけれど、残念ながら今の私に彼氏と呼べる存在はいない。
お母さんと弟は、私のために家でささやかなパーティーをしてくれた(お父さんは残念ながら残業らしい)。テーブルの上に乗っているのは全部私の大好物ばかり。そして、そのテーブルの真ん中にはお母さんの手作りのケーキ。それだけで、私は十分満足だった。
だから、まさかこの後、あんなことになるだなんて、予想もしていなかった。
*
ピンポーン、という音に反応したのはお母さんだ。宅配便かしら、と印鑑を持って玄関に出て行ったお母さんの「あら、いらっしゃい!」という声が遠くから聞こえる。――え、誰?
「麻衣、お客さまよ!」
「えぇ?! 私に?」
「あ、ねえちゃん、おれもついてく!」
そんな弟と2人で玄関まで出ていくと、そこに立っていたのは。
「ブン太くん!に、弟くん2人も!」
ブン太くんは隣の家の1つ年上の男の子で、今は高1。中学から立海に通っているブン太くんとは、最近では週に1回くらいしか会わなくなってしまったけれど、小学校までは毎日登下校を共にした仲だ。そして、ブン太くんの上の弟と、うちの弟は同い年で、やっぱり仲がいい。要するに、私たちは5人とも交流があって、みんな仲良しなのだ。
「ほら、お前ら、麻衣に言うことあんだろぃ」
「「麻衣ねえちゃん、お誕生日おめでとう!」」
「わあ、ありがとう!3人とも上がって上がって」
いいよねお母さん、と振り向くと、お母さんは既にリビングに戻って6人分のケーキを準備していた。
お母さんの後を追ってリビングに戻った私たちは、大体2つのグループに別れた。弟たちは3人でDSで遊んでいる。そして、お母さんとブン太くんと私は、ケーキを食べながらおしゃべりをしている。
「それにしても麻衣ももう15歳なのねぇ。早いわねー。ついこの間までブン太くんといっしょにランドセルしょって学校行ってたのに、来年の春からは高校生なんて」
「……高校生になれるのかなあ、私」
「え、何で?」
「いや、受験、全部落ちたらどうしようって……」
暗くなる私に、ブン太くんは問う。
「そういえば、麻衣、お前さ、立海受けるってマジ?」
「え?! それ誰から聞いたの?!」
「あ、ごめんね、お母さん、前に丸井さんの奥さんに喋っちゃった」
「ちょ……! 落ちたら恥ずかしいから絶対言うなって言ったじゃん……!」
そう怒ってみても、まあいいじゃないと反省の色すら見せないお母さんに余計に腹が立つ。
そんな私にブン太くんは「まあ麻衣、落ち着けって。お前今すげー顔してるぜ?」と笑った。
すげー顔って…!
「でもやっぱそうだったんだ。なら、これ持ってきて正解だったな」
「え?何?」
ブン太くんはおもむろに大きな紙袋をテーブルの上に置いた。ドン、という音がするあたり、相当重そうだ。
「これ、俺からの誕生日プレゼント」
「え、中見ていい?」
「――いいけど、中身に期待すんなよ」
私は中を覗き込んだ。大量の本。本。本。とりあえず分厚いものを1冊取り出してみると、その表紙には“立海大附属高校入学者選抜試験問題集(数学)”と書かれていた。
「これって……」
「俺の中学んときの参考書一式と、中学んとき配られた、うちの高校の過去問集。全部やるよ。参考書は柳生とか柳に勧められたやつだから結構使えると思う」
うわあ、すごい助かる!これは実用的!
「ありがとう!どうしよう、今ここケーキ食べてるテーブルだし、部屋持ってったほうがいいよね」
そう言って、紙袋の取っ手を掴んで上に引っ張ってみたけれど――何これ、漬物石?!
「おっも………!」
「やっぱな。麻衣、部屋2階だろ?このまま階段で転ばれたらシャレになんねーし、持ってってやるよ」
私より一足先にケーキを食べ終えたブン太くんは、うちのお母さんに向かって「ごちそうさまでした!」と言うと同時に、例の重たい紙袋をひょいっと持ち上げた。さすが、やっぱり男の子だ。私は食べかけのケーキもそのままに、そんなブン太くんの後ろを慌ててついていく。うわ、どうしよう、部屋キレイにしてたっけ?!内心動揺する私を軽く無視して、ブン太くんは私の部屋のドアを躊躇なく開けた。
「――お、久しぶりに麻衣の部屋来たけど、意外とキレイにしてんじゃん」
よかった、セーフだ。ほっと胸を撫で下ろした。ブン太くんは私の部屋の本棚の前で紙袋を下ろすと、床に座り込んで、その袋から中身を取り出しはじめる。私も部屋のドアを閉めて、ブン太くんの横に座って、それを手伝った。
「…でも麻衣、お前、何で第一志望、立海にしたの?」
「え、だめだった?」
「全然だめじゃねーけど、お前、中学は公立進んだろ?意外だなって思ってさ」
まさか、立海にはブン太くんがいるから、なんて本当のことは言えない。
ブン太くんのことを恋愛対象として好きだと気づいたのは、既に公立中学に進学してしまった後だった。だから、高校こそはブン太くんと同じ学校に――そう思って、今猛勉強している最中なのだ。立海は決してレベルの低い学校ではない。油断していたら落ちてしまう。
「――もしかして、俺がいるから とか?」
その声に、参考書を本棚に詰めていく私の手は止まった。
一気に心臓がばくばくしていくのがわかる。図星だ。
ブン太くんはそんな私の様子を見ると、笑った。
「……お前、やっぱ、わかりやすすぎ」
「え」
「お前が俺のこと好きなことくらい、前からわかってんだっつの」
ブン太くんは、とっても空気の読める人だし、勘も良い。
だから、きっとこの気持ちもとっくにバレてはいるとは思っていたけれど、実際バレているとなるとやっぱり恥ずかしい。一気に身体じゅうの血が沸騰したみたいだ。
「というわけで、お前の大好きなブン太クンからのもうひとつの誕生日プレゼント。ありがたく受け取れよ?」
そして、ほんとうに一瞬だけ掠めるようにブン太くんのくちびるが、私のくちびるに触れた。
ブン太くんと両想いなのはなんとなくわかっていたけれど、キスというのはあまりに突然だ。
「え、ええ、ええええ! い、今…!」
「そんな大声出したらおばさんが心配するって」
「そ、そうだけど……!」
「でも最高の誕生日プレゼントだったろぃ?」
確かに、その通りだ。こくんと首を縦に振ると、ブン太くんは満足そうに笑って、私を自分の腕の中におさめて呟く。
「……立海で待ってるから」
「……うん」
「受かったら、毎朝、いっしょに学校行こうな」
今まで聞いたこともないような甘い声でそんなことを囁くブン太くんの腕の中で、私は、今までよりもっともっと受験勉強を頑張ろうと誓った。
Fin.
2009.12.8