Drive me crazy

「……絶対落ちた」
「そないなこと言うたらあかんで。結果見るまでわからへんやろ」
「でも、白石くん、後ろに乗ってたからわかるでしょ?白石くんの運転に比べたらもう何あれって感じだもん」

 すっかり落胆している私を見て、白石くんは面白そうに笑っている。――もう、他人事だと思って……!

 白石くんとは、大学の春休みに通い始めた自動車学校の仮免検定で、同じ検定車に乗りあわせたことがきっかけで知り合った。そしてお互い会話を交わしているうちに、白石くんと私には大きな共通点が2つあることがわかった。1つは、白石くんと私は同い年であること。もう1つは、白石くんと私は学部は違うけれど同じ大学に通っていること。そのせいか白石くんと私は、第2段階の教習を受けているたった1ヶ月くらいの間にとても仲良くなった。例えば、一緒に学科の授業を受けたり、技能教習の時間を合わせて、教習が終わった後はいっしょにごはんを食べに行ったり、といった具合だ。
 そして、今日、私たちは卒業検定を受けていた。この卒業検定に受かれば私たちはこの教習所を卒業する。あとは学科試験に受かれば、晴れて免許交付となるのだ。

『卒業検定の合格者の発表を行います。受験者のみなさまは至急1階ロビーにお集まりください』

 そんな放送が流れて、一気に指先が冷える。
 ――どうしよう、受かってるかな、落ちたかな。
 別に落ちたからといってどうにかなってしまうというわけではないが、卒検に落ちると次の検定を受けるための補習とその次の検定の検定料がかかってしまう。財布から諭吉が1人消えていくのは想像するだけでもショックだ。

「ほな、発表見にいこか?支倉さん」
「う、うん……でもなんか緊張しておなか痛い……」
「大丈夫やって。卒検は仮免んときよりは厳しないらしいし」
「でも……」
「でも、やない。あ、ほら、番号もう出てるで」

 白石くんに服の袖を引っ張られて、私は気づけば合格者の受験番号が表示されているモニターの前にいた。白石くんの受験番号は14番、私は15番。あるかな、あるかな……。

「あ――あった……!!」

 ディスプレイに並んでいる14と15の数字。たまにぽつんと抜けている番号はあるものの、やっぱり卒検は緩いらしく、ほとんどの人が合格しているようだった。ほっとしてちょっとだけ涙目になった私を見て、白石くんは「ほら、大丈夫やって言ったやろ?」とからかうように笑った。

「そういえば白石くんは、学科試験はいつ受けにいくの?」

 合格祝いということで、検定の後、私たちはディナーをおごりあうことにした。メインディッシュのステーキを食べながらそう問うと、白石くんは「せやなぁ……」と少し目線を上にあげる。

「たぶん春休み中に行けるはずやねんけど、もしかしたらゴールデンウィークとかそのへんかもしれへん。もしくは夏休み」
「え?!そんな遠いの?来週の平日とかかと思ってた」
「ああ、実はな、住民票まだ大阪にあって――せやから大阪で学科受けなあかんねん」
「そっか……住民票、こっちに移さないんだ?」
「まあ、そのテもあんねんけどな。こういうことは一応親に相談せんと」
「そうだよね……でも、どうしよう」
「ん。何が?」
「学科試験、1人じゃ不安だし、白石くんといっしょに受けに行こうかなって思ってたから……」

 すると、白石くんが本当に申し訳なさそうに、そうやったんや、すまんな、なんて言うから、私はここがちょっとおしゃれなレストランだということも忘れて、騒々しく首を横に振った。

「あ、ううん謝らないで!私が勝手にそう思ってただけだし、それに、人に頼りっぱなしじゃだめだし!」

 ね!と同意を求めると、白石くんはフォークを置いて苦笑する。

「んー……でも、逆に俺の方がちょお心配やわ」
「え、それどういう意味。大丈夫だよー、子どもじゃないんだから」

 そうか、白石くんは学科試験はこっちじゃ受けられないんだ。
 そう考えているうちに、ふと、気づいた。
 今日で教習所は卒業。そして、学科試験の受験地は違う。大学の学部も違う。しかも、白石くんとは連絡先すら交換していない。教習所という場所から離れたら、白石くんとは疎遠になること必至だ。今日、このディナーが終わったら最後に連絡先くらいは聞いておこうとは思うけど――でも、白石くんとこうして面と向かって話すのは、きっとかなりの確率で今日で最後になってしまう。

「ん、どないした?」
「へ?」
「いや、支倉さん、ちょっとぼーっとしとったから」

 向かいに座る白石くんは、いつも通り穏やかに微笑んでいる。けれど、私の胸は、なぜかきゅうとしめつけられる。

「……白石くんとこうやっておしゃべりするの、今日で最後なのかもってことにたった今気づいて」

 白石くんはそう呟いた私の顔を見つめて、そして、ふ、と微笑んだ。

「さびしい、って思ってくれるん?」
「そ、そんなの、決まってるじゃない」
「はは。そら嬉しいなぁ」
「……白石くんは?」
「んー、俺は別にさびしないなあ」
「え…!」
「つか、今日で最後にする気がさらさらあらへんし」

 ぽんぽんと衝撃的な台詞を言われて思わず口があんぐりと開いてしまった私を見て、白石くんは「今自分めっちゃおもろい顔してんで」なんて笑っている。失礼な。って、いや、そうじゃなくて。
 白石くんはナイフとフォークを上品に使いながら真面目な顔で言葉を続ける。

「……俺は、また会いたい思うで。教習に関係なくても、こうやって食事したり、いろんな話したい」
「そんなの、私だってそうだよ」
「ほんまに?――毎日でも?」
「へ?」
「俺は毎日でも、会いたい思ってる。――つまりは俺、キミが好きやねん」

 そんなことを言ってのける白石くんの心臓より、たぶん私の心臓のほうがおかしい動きをしているのだろう。白石くんが、私に恋?白石くんが、私のことを、好きなの?思わず手に持っているナイフを落としそうになる。

「……今すぐつきあってくれとまでは言わへん。とりあえず、“教習所でよく会う人”レベルやなくて、“友達”になってくれへんか?」

 どうしよう、どきどきする。白石くんみたいな素敵な人がまさか私みたいな凡人に恋愛感情は抱かないだろう、なんて勝手にわりきっていたからこそ、私は白石くんを恋愛対象として見ることなく今までこうやって友達関係を築けたのだ。逆にいえば、白石くんのことを、恋愛対象で見ないようにする努力をしてきた。気を抜けば、白石くんに恋をしてしまいそうだったのだ。でも、その白石くんが逆に、私を恋愛対象として好いてくれている。

「……あの、白石くん、」
「何?」

 若干声が震えているのがわかる。慣用句ではなく、本当に、喉から心臓が出そう。

「……わ、私も、毎日、会いたいって、思うよ」
「―――」
「だ、だからその――最初から、恋人としてスタートするっていうのは、だめですか?」

 白石くんの顔が見れなくてうつむく。頬が熱い。けど、やっぱりちゃんと向き直らなくちゃ、そう思って顔を上げようとしたときだった。

「あ、そのまま下向いとって」
「え?」
「……俺、今めっちゃ恥ずかしい顔しとるから。顔の筋肉の弛緩具合はんぱないわ」

 そんなことを言われて素直に下を向いたままでいるような性格はしていない。私は思わず顔を上げて、白石くんの顔を見た。しかし、白石くんは嘘つきである。恥ずかしい顔なんて言うからどんな顔かと楽しみにしていたのに、私の目の前にいたのは相変わらずかっこいい白石くんだった。

「あーあ、下向いとって言うたのに」
「だ、だって……」
「はは。悪い子やな。悪い子には罰与えなあかんな」
「え、」
「さっそく今日は終電までつきあってもらうで」

 思わずうなずいてしまった私はすっかり彼に夢中になってしまっているのだろう。

Fin.