Because I love you

※ヒロインのお誕生日、11月30日固定です!

 氷帝テニス部のマネージャーとして、部員を区別しちゃいけないってわかっているけど、どうしても日吉のことはずっと苦手だった。長太郎も樺地も優しくて癒し系なのに、日吉はなんだか目つきも怖いし、無愛想だし。
 でも、関東大会で、青学の一年生・越前くんとの試合を見てから、日吉のことを見る目が変わった。予定になかった第六試合、越前くんに対して一歩も引かずに、演武テニスというあくまで自分のテニスで対峙する日吉の背中には、氷帝学園の全国行きの切符は自分にかかっているという責任感が見えて。
 何を考えているかよくわからないし、口を開けばいつも「下剋上だ」なんて言っていて、変なヤツ、なんて思っていたけど。本当はこんなに心の底に熱いものを持っていたのだ。――そう気づいた瞬間、私は、日吉若にまさかの感情を抱いてしまっていた。いや、きっと気のせいだ。なのに、あの日から私は日吉を直視できない。

 直視できないから、部活が終わった後、自主練でただ一人コートに残っている日吉を、隅からこっそり眺めていた。U-17合宿からつい数日前帰ってきたばかりだというのに、すごい体力だ。いや、逆にあの合宿で刺激を受けたからこそ、今こうして彼は練習に打ち込んでいるのかもしれない。少し見ない間に日吉の顔つきも、微かに大人っぽくなった気がした。合宿中、跡部部長からきちんとバトンを受け継いできたのだろうな。

「――覗きとは悪趣味だな」

 そんな言葉とともに、日吉は不意にコートからこちらに鋭い視線を送ってきたから、思わず肩がびくりと跳ねた。えっ、バレてた!?いつから?!日吉はラケットを振る手を止めて、コートに落ちているボールをひょいとラケットを使って器用に拾うと、スタスタと私のいるところへ向かってくる。目の前に現れた日吉の表情は、もちろん微笑んではいなかったが、怒っているようでもなかったから、少しほっとした。まぁ、相変わらず彼の瞳は直視できないから、鼻から下を見て判断した結果だけれど。

「まだ帰ってなかったのか?」
「ご、ごめんなさい」
「別に怒っているわけじゃない。単純に疑問なだけだ」

 日吉はその冷静な声で言う。なんとなく物理的な距離が近い気がして、身体が緊張する。私の視線はちょうど彼の首元あたりにある。氷帝のジャージの襟からのぞく首筋のしっかりしたラインと、少し汗ばんだ皮膚が、やけに中学生らしからぬ色気を放っていて、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「――だって、今日は誕生日だろう、お前の」

 え?何で知ってるの?!今日、十一月三十日が、私の十四回目のバースデーだってこと。

「……何で知ってるの?」
「朝練の時からいろんな部員に『誕生日おめでとう』って声かけられてるの見て、気づかない方がおかしいだろ」
「――見てたんだ」
「部長だからな」
「そっか、部長だからか」

 そうだよね、部長だからだよね。こっそりシュンとしたのは、一瞬、期待してしまったからだ。日吉が私のことを気にかけて見ていてくれたのは、もしかして、なんて。でもきっと彼は、氷帝テニス部員はおろか、全校生徒の顔と名前を把握しているあの跡部部長に、少しでも近づこうとしているだけなのだ。

「大事な日なんだから、さっさと帰って家族と過ごせよ」
「……うん。そうだね」

 でも大事な日だからこそ、久しぶりに好きな人の姿を目に焼き付けておきたかったのだ。とは言えない。日吉本人に暗にさっさと帰れと言われ少しへこむが、彼の言うことも正しかった。きっと母は今頃ケーキと私の好物を用意して、帰宅を待っているはずだ。父も今日は私の誕生日だからと定時で帰ってきてくれるはず。そう思ったら、主役の私が早く帰らなきゃ。

「日吉の言う通りだ。そろそろ帰るね」

 傍に置いていたスクールバッグを手に取って、じゃまた明日、と帰る方向に足を踏み出そうとしたその時だった。

「待て」
「?」

 日吉は私の手首を掴む。え?どういうこと?さっきこの人さっさと帰れって言ったけど、今は待てって言ったよね?

「帰れって言ったり待てって言ったり、どっちなの?」
「――っ、その」
「?」

 なぜか日吉は言葉に詰まっている。気になって思わず顔を上げてしまった。ずっと直視できていなかった日吉の顔。彼の瞳は私をじっと見つめていて、一気に心臓がどくどくと音を立てた。今、至近距離で彼と私は目が合っていて、しかも手首が掴まれていて――身体が沸騰しそうなくらい熱くなっていく。

「さっきの『部長だから』は嘘だ」
「……え」
「本当は前から知ってた。今日がお前の誕生日だって」

 なんで、『部長だから』なんて嘘ついたんだろう?
 なんで、私の誕生日、知ってるんだろう?
 そんな二つの疑問がくるくると私の脳内で回っている。

「――なんで?」

 思わず問うと、日吉は珍しく赤い顔をして言う。

「何でお前は、俺の自主練、見てたんだ?」
「えっ……質問に質問で返すのはずるいよ……」
「俺のこと、好きなんだろ」

 ?!え、何この人、こういうところまで跡部部長から引き継いじゃったの?!――でも本当にそうだから否定できない。どうしようどうしようどうしよう。反応に困っていると、さらに日吉は言う。

「――俺も、お前が好きだ」
「え」
「好きな奴の誕生日くらい、知ってる」

 嘘。私が勝手に好きでいる一方通行の恋だと思っていたのに。でも、日吉が次期部長になると決まってから、マネージャーとして私にできる仕事は一生懸命頑張ってきたつもりだ。もしかしたらその想いが伝わったのかな。

 想いが通じたと思ったら、いつの間にか視界がゆらゆら揺れている。瞳にたまった涙がすうっと頬を伝って落ちていくと、また視界がクリアになった。クリアになった視界の先には、見たことないくらい優しい顔をした日吉がいた。

「誕生日おめでとう」

 手首を掴む手とは反対の手の親指で、日吉は私の涙を拭う。十四回目のバースデーは、私達の忘れられない記念日になった。

Fin.
2021.11.30 すうさんへ