「っはあああああ、ほんましばらく立ち直れへんわぁ……」
全力でため息をつきながらもそのドーナツを口に運ぶ手は止まらない麻衣に、俺のほうがため息をつきたくなる。麻衣の、これで何度めかもすでにわからない失恋。そのたびに俺はマクドやらミスドやらに連れて行かれて、愚痴を聞かされる。ちなみに今日は、ミスドや。
「うち、ほんまなんであかんのやろ」
「なんでやろな?」
オールドファッションを食べながらさ適当に返すと、麻衣は「もう、謙也、真剣に考えてや!」 と眉をつり上げた。
「今回は麻衣があかんっちゅーよりは向こうにすでに彼女がおったんやろ?しゃあないやん」
「せやけど、もうこれで10連敗やで10連敗!花の高校2年生やで?恋のひとつやふたつしてみたいやん。彼氏とデートとか行ってみたいやん。けど、いまだ年齢イコール彼氏いない歴て……ほんま焦るわ」
フレンチクルーラー、ポンデリングと2つを食べ終えた麻衣は、ついに3つめのハニーチュロに手を伸ばす。いつも思うことだが、その小っさい身体のどこにドーナツが3つも収納されるのか。前に一度本人に「よお入るな」と言ったら、「女の子にとって甘いもんは別腹なんや」と返された。
「麻衣……さすがにそないに食ったら太るで」
「……今日だけや。今日だけ」
「それ、前にも言うとったやん。そういえば最近顔丸なってきたよな?」
「なっ……謙也のアホ!心で思ってても口に出したらあかんことやろ!」
「あ、す、すまん」
「……けど、ほんまに?最近体重計乗ってへんかったけど、怖なってきた……」
ハニーチュロから手を離しこの世の終わりのような顔をしている麻衣に、思わず吹きだしてしまう。
「ひどい、笑いよった!もう、めっちゃ傷ついてんけど!」
「自分、さんざん食っといて今さら何を言うてんねん」
「……!そらそうやけど!ええもん、ダイエットするし。コレ、謙也食べてええよ」
麻衣は食べかけのハニーチュロが乗った皿ごと、俺に押し付ける。麻衣が前の前……いや、その前か?とりあえず彼女が、前に好きだった男と間接キスをしたときに(といってもただのペットボトルの回し飲みなのだが)、ものすごいハイテンションで俺に報告してきたことを思い出す。それに比べて、この差はどないなっとんねん。
麻衣の残したハニーチュロを食べながら、我ながら、しょっぱい恋だ、と思う。高1のときに同じクラスで出会って意気投合した麻衣に恋をした。しかし、麻衣は俺を好きにはならなかった。そのときから麻衣には他に好きな奴がいて、俺はいつも相談役に回っていた。内心は複雑だったが、一途に恋をする麻衣を応援したいと思った気持ちは本当だった。だから、麻衣がそいつにふられたときには、「そのうちまたええ奴見つかるやろ」と一生懸命励ました。
しかし、だ。それから1週間も経たずして。
「なあ、謙也――うち、好きな人、できた」
「……はあ?!早すぎやろ。ついこないだ失恋したばっかやん」
「そないなこと言われても好きになってもうたもんはしゃぁないやんか…!な、また協力して!」
そんなことを数回繰り返し、俺はやっと彼女は相当惚れっぽい性格をしていることに気づいた。
きっと、今から1週間もすれば、再び麻衣には、新しく好きな奴ができているのだろう。
だが、――それでも麻衣が、この俺を好きになることは、たぶん、あれへん。
「……はあ、でもありがとう。謙也に話聞いてもらったらすっきりした」
「そか。そらよかった」
「うん。うち、謙也と親友でよかったわぁ」
麻衣は笑う。そして、その笑顔を可愛いと思う自分がいる。正直、なんでこないにいちばん近くにおるのに俺を好きにならんのや、と苛々することもあるが、そんなふうに微笑まれると毒気も抜けてしまった。
高校2年、12月。人生ホレたモン負けや、というユウジの座右の銘が身にしみた。