隣が気になって眠れない

 月に一度巡ってくる、あの腹痛と頭痛、そして眩暈。毎月ソレのせいでお世話になっているせいか、先生は保健室に訪れた私の顔を見るなり、「もう1か月経ったのねー」なんて軽口をたたく。

「……これでもさっきの時間までは結構がんばって授業受けてたんですよ」
「わかるわよ。ひどい顔色してるもの。ベッド空いてるから好きに休んで」
「え、先生は?」
「私、これから2年生に保健の授業しにいかなきゃならないの。ごめんね?」
「ううん、大丈夫です。……私の場合、病気ちゃうし、さすがに月一でこの痛みやったら、慣れてますから」
「そう。あ、痛み止めだったら、そこの棚の中に入ってるから、辛かったら飲みなさいね」
「はーい……」

 先生は私の返事にクスっと笑うと、それじゃ、と保健室を出ていった。今の時間が体育でよかった。数学だったら1時間いないだけで次の日の授業に全くついていけなくなってしまいそうだけど、体育なら1時間いなくたって、その分ちょっと運動不足になるだけだからだ。
 先生に言われた通り、私は保健室で好きに休ませてもらうことにした。痛みには波があるから、あまり痛くないときを見計らってベッドに移動する。横になって丸くなると、少しは痛みが和らいだ気がした。そのまま瞳を閉じた私が、眠りに落ちるのは時間の問題だった。

 深い眠りから、ふと目を覚ます。とりあえず、さっきより痛みは和らいだみたいだった。ぼーっとした頭で、今が何時なのか考える。そろそろ授業戻らなあかんかなぁ…。

「――……今、何時やろ……」
「1時半過ぎたい」

 は?!
 なぜか、右のほうから返事が返ってきた。おそるおそる仰向けの状態から右に寝がえりを打つと、しっかりと閉めていたはずのカーテンは少しだけ開いていて、そこから隣のベッドが見える。そしてそこには、見覚えのありすぎる男の子がいた。

「千歳くん……! なんでおるん!?」
「お。支倉さん、いい反応ばい」

 寝ぼけた頭も一気に覚めた。同じクラスの千歳くんが、隣のベッドから嫌味のない笑顔を投げかけている。お互い横になりながら目が合っている状態というのもなんだかおかしい。

「千歳くんが保健室におるっちゅうことは――千歳くんも具合悪なったん?大丈夫?」
「いいや、俺はただのサボリばい」
「ええ! ちょ…、千歳くん、さっきの国語もおらんかったやん。授業サボりすぎ」
「はは。まあ、ご指摘の通りだけん、反論はせんよ」

 私の小言に対して、千歳くんは怒るでもなく、ただただ穏やかに受け流す。千歳くんはこのサボリ癖のせいであまりクラスにはいることはないけれど、同じ美化委員のせいか、私と彼はまあまあ仲良しだった。そして、何がどうとは上手く言い表せないのだけれど、不思議と吸い寄せられてしまうような魅力をもっている千歳くんのことが気になっているということは、否定しない。

「それにしても保健室のベッドで居眠りて……堂々とサボリよるなぁ、千歳くん」
「木曜の5時間目は、保健室の先生が授業でおらんけんね」
「そないなことまで把握しとるん?」
「職員室の前に、先生達の授業移動表ばあるけん、チェックしたら大体どこが空いとるかはわかる」
「な、なるほど……って感心してどないすんねん私!」
「はは。支倉さんはおもしろかねー」
「……そうかな」
「ああ。それに、むぞらしか。今も、寝顔も」

 むぞらしか、て何。疑問符を浮かべる私の顔を、千歳くんはじっと見つめる。てゆか今この人、寝顔とか言うた?!むぞらしかの意味はわからないけれど、とりあえず自分の寝顔が千歳くんに見られていて、それが『むぞらしか』と評価されたということくらいは理解できる。ええええ、恥ずかしい…!だからカーテン、微妙に開いとったんや……!

「ち、千歳くん、寝顔見るとかプライバシーの侵害やで!」
「はは。それはすまんばいね。ばってん、最初から寝顔見るつもりでカーテン開けたんじゃなかよ」
「え?」
「支倉さんが保健室におるって聞いたけん、お見舞いに来たったい」

 心配だけんね、と付け足した千歳くんの顔が妙に大人っぽくて、どきっとした。
 え、ほんなら、千歳くんはサボるつもりやなくて、私のお見舞いのためにわざわざここに来てくれたってことなん?

「……そうやったんや。さっきはプライバシーの侵害とか言うてごめん」
「気にしとらんよ。それに元気そうで何よりばい」

 動揺しないふりをしながら、私の鼓動はおそらくいつもより速いテンポを刻んでいる。きっと千歳くんは同じ美化委員のよしみでこうして気にかけてくれていただけなのだ。きっとそうだ。自分に言い聞かせるも、やっぱり意識してしまう。だって、気になる男の子が、わざわざ自分を心配して授業をさぼって(いや、千歳くんの場合、私に関係なく元々授業はサボる予定だったと思うけど)、お見舞いに来てくれたなんて。
 よく考えれば考えるほど、――どうしよう、どきどきする。
 千歳くんはそんな私の内心を知ってか知らずか、また穏やかに笑って「さあ、6時間目まで、もうひと眠りばすっかね」と目を伏せた。もうひと眠りしたいのは私もいっしょなのに、自分の心臓の音がまるで時計の秒針の音のようにそれを阻害した。

Fin.
2010.3.7
title by 確かに恋だった