身長の話

「おっきくなったねえ!越前くん」
「……会った瞬間からめっちゃムカつくんスけど」

 久しぶりに帰国して会った彼女の言うセリフではない。俺が青筋を立てると、まあまあまあ!冗談だって!と麻衣先輩は引きつった笑いを浮かべた。

 麻衣先輩は1つ年上で、今はどうか知らないが去年は図書委員で、桃先輩の友達で、それでもって、俺の彼女だった。全国大会が終わって渡米するときには、自分より背が高い先輩のくちびるを、少し背伸びして奪った。それから帰国するたびに一応暇を見つけて会ってはいるが、超がつく遠距離恋愛だということには変わりない。

「先輩は縮んだっスね」
「あ、さっきの根に持ってる?」
「……」
「ごめんって越前くん。だってさあ、1年前まで私よりちっちゃかったんだよ?なのに今、何これ、見上げなきゃ顔見えないってどういうこと?人体の神秘だよ」

 確かに、先輩の頭が随分下の位置にあるような気がする。この1年で20センチ近く伸びた俺の身長。先輩は、聞けば、この1年で5ミリしか伸びなかったらしい。

「……あーあ、随分とかっこよくなっちゃって」
「へえ。そんなこと思ってたんだ。けど、先輩は変わんないっスね」
「あのね!お世辞でもなんか言っておくところだよここは」
「そう?俺は麻衣先輩が変わってなくて安心した」

 繋いだ手の温もりも、二人の距離も。

「……そっか。それならそれで、いいや」
「変わり身早いっスね」
「だって。越前くんが変わらないほうがいいって言うなら、そっちのほうがいいでしょ」
「基準、俺っスか」
「当然っ」

 そう言って満面の笑みを浮かべる先輩が、かわいいと思う。不意打ちでキスを落とすと、先輩は抗議した。

「ちょっと!ここは日本ですけど!」
「……背が伸びたら伸びたで、今度はかがまなきゃなんないのか」
「……あのねえ」

 口では余裕そうなふりをしているが実際は顔を空と同じ茜色に染めている先輩。
 ほんと、かわいい人だよね、アンタ。
 俺は笑いを堪えるのに必死だった。

Fin.
2010.3.1